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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件
A0065A:それはそうと、いま彼はどうしているかね
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苫小牧へ向かうと、二人の刑事が立っていた。一人は草薙と思しき人相の者で、もう一人は電話口に出た小向だった。
「申し訳ない!」
小向は開口一番に頭を下げた。となりで草薙が蒼い顔をしている。
「何がありましたか」
「実は、規則を違反して、証拠品を小荷物便で送ってしまったんです」
「何ですって!?」
思わず、大きな声が漏れる。朝ぼらけのホームに大きな声が響いて消えた。井関は慌てて口をふさぐ。その隣でシゲがマズッたとばかりにおでこをペシンと叩いた。
「そういえば、よくあることだった。すっかり失念していた」
「ですが幸いにも、ここに伝票の控えがあります」
小向が差し出したもの。それは、荷物を預けたときに受け取る送り人控え。そこには受取先の人間の名前と住所が事細かに書かれている。
「そして、ここにはおおよそどの時間に着くのかも書かれています」
そう言いながら小向は時刻表を提示した。
「ダイヤと照らし合わせれば、荷物は第504列車によって小樽に運ばれたのち、第208列車によって室蘭に運ばれます。ここ苫小牧には、9時53分に到着するはずです」
「なるほど、だからここを集合場所に指定したと」
「ええ。国鉄の皆さんのお力を借りれば、苫小牧に停車中の列車に無理を言って、荷物の捜索を頼むのは容易でしょう」
「ええ、まあ、そうですが……」
しかし、井関は何となく腑に落ちない。もう一度”控え”をしげしげと見つめる。
「なあ水野、わかるか?」
「草薙さんが網走駅に荷物を預けた時刻が13時8分と記載されています。本来なら、13時10分発の第510列車に荷物を積み込むはずなのでしょうが、締め切り時刻を過ぎていたために3時間後の第504列車を案内されたのでしょう。しかし……」
水野はそこに書かれている一点を指摘した。
「『満載の場合はご了承願います』と書かれています。これは、荷物室が満載になってしまった場合は、第504列車とは別の列車で目的地に運ぶことを了承してくれ、という意味です」
水野は何かに気が付いたようだったが、小林がその思考を止めた。
「悪いが、時間が来たようだ。第208列車が来た」
蒸気機関車がこげ茶色の客車を引っ張ってホームにやってきた。その一番後ろには、「荷物車」と書かれた車両がある。
水野は時刻表を閉じて荷物車へ向かった。
荷物車を管理している荷物車掌は、二つ返事で捜索を了承してくれた。苫小牧駅長も捜索が終わるまでの間、列車を止めておくことを承知した。
「先に、室蘭本線の列車を室蘭まで通してしまいますので、ゆっくりと探してください」
「その列車は旅客列車ですか?」
「いえ、網走からの貨物列車です」
そう言って、駅長は仕事に戻ってしまった。井関も捜索に戻る。
荷物車は走る物置のようなものだ。中には荷物が乱雑に置かれている。特に、終点の室蘭まで向かう荷物は奥の方に積みあがっていた。
「途中駅でおろす荷物は、手に取りやすいところに置いておくのですが……」
荷物車掌はそう言った。
さて、シゲや小向は伝票と荷札を見比べながら荷物を探す。しかし、なかなか見つからない。
「本当にこの列車か?」
小林が泣き言を言う。水野は再び時刻表を開く。
「なあ、さっきの話」
井関が声をかけると、水野も頷いた。
「ええ。もし万が一、第504列車の荷物室が満載だった場合」
水野は業務用の時刻表を指さす。
「第504列車の後を走る、貨物第886列車に積載されます」
「第504列車の荷物室の状況、どうなっていたかわかるか?」
「わかりません。が、昨日乗った第510列車は最後尾車輛の半分が荷物室でしたよね?」
井関はふと思い出す。確かに、一番最後に乗った車輛の後ろ半分が荷物室だった。それ以外に荷物を積み込む場所はなかったように思える。
「第504列車も、同様である可能性は高いか」
「網走周辺から札幌・小樽方面への荷物車は、軍関係の需要が高いです。ともすれば数日前から予約で埋まっているなんてこともあり得ます」
水野は眉間にシワを寄せる。後輩が肩に力を入れていることを慮った井関は、ぐりぐりと彼の方を揉んだ。
「ともかく、この荷物車に無かったら貨物列車を探せばいい。それだけだから、あまり思い詰めるな」
「……はい。では、貨物列車に積載された場合、いつどこに到着するのかを調べておきます」
水野の顔が少し柔らかくなったのを見届けて、井関は荷物車に戻る。中では、駅員と荷物車掌まで動員して中の荷物を調べていた。
「どえらい量の荷物だなあ」
「まだマシな方ですよ。夏場はもっと大変ですから……。しかし、やっぱりないですよ」
「他の駅へ行く荷物の中に紛れ込んでしまっている可能性は?」
「ちょっと待ってください」
”登別”や”東室蘭”と書かれた場所も当然探す。しかし、出てこない。
「これは本当に貨物列車に積載されてしまったかもしれん。水野、そっちはどうだい」
「ええっと、貨物列車は10時03分に当駅を通過する予定です」
「ん? それってまさか……」
その時、大きな汽笛と共に轟音が迸った。
「しまった、この列車か!」
目の前を、真っ黒な貨物列車が高速で駆け抜ける。それは本来なら、この第208列車の後を走るはずだった貨物列車だ。
「どうされましたか?」
駅長が騒ぎに気が付いて慌てて飛んでくる。
「あれです! あれに証拠品が載っています!」
「なんですと! 話が違うじゃありませんか!」
駅長は頭を抱える。だがもう遅い。貨物列車は証拠品を積載したまま、室蘭へ向けて過ぎ去ってしまった。
「このまま室蘭まで先着して、犯人の手に証拠品が渡ってしまう」
井関が観念したように手を挙げると、そんな彼の背中を突き飛ばすものがいた。
「バカモン! 早く乗れ!」
振り返ると、第208列車の機関士がそこにいた。
「あれを追いかけるんだろう、早くしろ!」
「申し訳ない!」
小向は開口一番に頭を下げた。となりで草薙が蒼い顔をしている。
「何がありましたか」
「実は、規則を違反して、証拠品を小荷物便で送ってしまったんです」
「何ですって!?」
思わず、大きな声が漏れる。朝ぼらけのホームに大きな声が響いて消えた。井関は慌てて口をふさぐ。その隣でシゲがマズッたとばかりにおでこをペシンと叩いた。
「そういえば、よくあることだった。すっかり失念していた」
「ですが幸いにも、ここに伝票の控えがあります」
小向が差し出したもの。それは、荷物を預けたときに受け取る送り人控え。そこには受取先の人間の名前と住所が事細かに書かれている。
「そして、ここにはおおよそどの時間に着くのかも書かれています」
そう言いながら小向は時刻表を提示した。
「ダイヤと照らし合わせれば、荷物は第504列車によって小樽に運ばれたのち、第208列車によって室蘭に運ばれます。ここ苫小牧には、9時53分に到着するはずです」
「なるほど、だからここを集合場所に指定したと」
「ええ。国鉄の皆さんのお力を借りれば、苫小牧に停車中の列車に無理を言って、荷物の捜索を頼むのは容易でしょう」
「ええ、まあ、そうですが……」
しかし、井関は何となく腑に落ちない。もう一度”控え”をしげしげと見つめる。
「なあ水野、わかるか?」
「草薙さんが網走駅に荷物を預けた時刻が13時8分と記載されています。本来なら、13時10分発の第510列車に荷物を積み込むはずなのでしょうが、締め切り時刻を過ぎていたために3時間後の第504列車を案内されたのでしょう。しかし……」
水野はそこに書かれている一点を指摘した。
「『満載の場合はご了承願います』と書かれています。これは、荷物室が満載になってしまった場合は、第504列車とは別の列車で目的地に運ぶことを了承してくれ、という意味です」
水野は何かに気が付いたようだったが、小林がその思考を止めた。
「悪いが、時間が来たようだ。第208列車が来た」
蒸気機関車がこげ茶色の客車を引っ張ってホームにやってきた。その一番後ろには、「荷物車」と書かれた車両がある。
水野は時刻表を閉じて荷物車へ向かった。
荷物車を管理している荷物車掌は、二つ返事で捜索を了承してくれた。苫小牧駅長も捜索が終わるまでの間、列車を止めておくことを承知した。
「先に、室蘭本線の列車を室蘭まで通してしまいますので、ゆっくりと探してください」
「その列車は旅客列車ですか?」
「いえ、網走からの貨物列車です」
そう言って、駅長は仕事に戻ってしまった。井関も捜索に戻る。
荷物車は走る物置のようなものだ。中には荷物が乱雑に置かれている。特に、終点の室蘭まで向かう荷物は奥の方に積みあがっていた。
「途中駅でおろす荷物は、手に取りやすいところに置いておくのですが……」
荷物車掌はそう言った。
さて、シゲや小向は伝票と荷札を見比べながら荷物を探す。しかし、なかなか見つからない。
「本当にこの列車か?」
小林が泣き言を言う。水野は再び時刻表を開く。
「なあ、さっきの話」
井関が声をかけると、水野も頷いた。
「ええ。もし万が一、第504列車の荷物室が満載だった場合」
水野は業務用の時刻表を指さす。
「第504列車の後を走る、貨物第886列車に積載されます」
「第504列車の荷物室の状況、どうなっていたかわかるか?」
「わかりません。が、昨日乗った第510列車は最後尾車輛の半分が荷物室でしたよね?」
井関はふと思い出す。確かに、一番最後に乗った車輛の後ろ半分が荷物室だった。それ以外に荷物を積み込む場所はなかったように思える。
「第504列車も、同様である可能性は高いか」
「網走周辺から札幌・小樽方面への荷物車は、軍関係の需要が高いです。ともすれば数日前から予約で埋まっているなんてこともあり得ます」
水野は眉間にシワを寄せる。後輩が肩に力を入れていることを慮った井関は、ぐりぐりと彼の方を揉んだ。
「ともかく、この荷物車に無かったら貨物列車を探せばいい。それだけだから、あまり思い詰めるな」
「……はい。では、貨物列車に積載された場合、いつどこに到着するのかを調べておきます」
水野の顔が少し柔らかくなったのを見届けて、井関は荷物車に戻る。中では、駅員と荷物車掌まで動員して中の荷物を調べていた。
「どえらい量の荷物だなあ」
「まだマシな方ですよ。夏場はもっと大変ですから……。しかし、やっぱりないですよ」
「他の駅へ行く荷物の中に紛れ込んでしまっている可能性は?」
「ちょっと待ってください」
”登別”や”東室蘭”と書かれた場所も当然探す。しかし、出てこない。
「これは本当に貨物列車に積載されてしまったかもしれん。水野、そっちはどうだい」
「ええっと、貨物列車は10時03分に当駅を通過する予定です」
「ん? それってまさか……」
その時、大きな汽笛と共に轟音が迸った。
「しまった、この列車か!」
目の前を、真っ黒な貨物列車が高速で駆け抜ける。それは本来なら、この第208列車の後を走るはずだった貨物列車だ。
「どうされましたか?」
駅長が騒ぎに気が付いて慌てて飛んでくる。
「あれです! あれに証拠品が載っています!」
「なんですと! 話が違うじゃありませんか!」
駅長は頭を抱える。だがもう遅い。貨物列車は証拠品を積載したまま、室蘭へ向けて過ぎ去ってしまった。
「このまま室蘭まで先着して、犯人の手に証拠品が渡ってしまう」
井関が観念したように手を挙げると、そんな彼の背中を突き飛ばすものがいた。
「バカモン! 早く乗れ!」
振り返ると、第208列車の機関士がそこにいた。
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