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A09運行:国鉄ミステリー②蒲須坂事件

0093A:お清めの塩は霊媒師曰く西洋の怨霊にも効果があるそうだ。邪を祓うという覚悟が大事らしい

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 事故現場は既に綺麗に片付けられているが、被害に遭った民家はそのままだった。

 現場付近に近づくと、警察庁の捜査本部の人間が出迎えてくれた。彼らは警察式の敬礼をしたので、こちらは鉄道式の敬礼で返した。

「酷い有様ですよ」

 刑事は率直な感想を語る。

「こんな事故、そうそう見たことが無い」

「事故だと思われますか?」

 井関の言葉尻を掴むような物言いに、刑事は思わず吹き出して”さすがは官僚サマだ”と苦々し気に言い放った。

「失礼。気になったもので……」

「構いやしませんよ。ただ、調べてみるとどうにもタダの脱線には思えんのです」

 そう言って刑事は線路を指さす。

「そこのレールに細工がしてありました。ご存じの通り、レールは枕木と呼ばれる木の上に設置され、その枕木の下に砂利が敷かれるわけですが……。どうも、枕木とレールを固定するところに小細工がありました」

「固定具……。いわゆる犬釘と呼ばれる奴ですね」

「さすが国鉄さん話が早い。これを本部の人間に説明するのに骨が折れました……。お察しの通り、この犬釘が抜かれておりました。それから、付近には犬釘を抜くために使ったと思しき”テコ”も発見されとります」

 そう言って、刑事はその犬釘を見せてくれた。

「十中八九、故意ですな」

「ええ。過失ではなく、明確な殺意と計画性がここに在ります。さあて、犯人はどこのどいつ様か……」

 刑事は被害に遭った民家を指さす。

「どうもあそこの未亡人が何か重要な証拠を握っていそうなのです」

「ほう、といいますと」

 井関が前のめりになって先を促すが、刑事は肩をすくめるばかりで何も言わない。とにかく、一度会ってみろ……。とだけ、彼は言った。

 じゃあ、というわけ井関達は促されるままに目の前の被害者遺族宅へ足を進めた。だが……。


「帰りな!」

 出迎えた未亡人。もとい、被害者遺族は、井関の姿を認めるなり、そう言い残して鎧戸をピシャリと閉じてしまった。

「あ、あの、すみませ~ん」

 井関が情けない声で鎧戸をノックする。すると、しばらくして戸が開いた。パァっと顔を明るくする井関に対し、未亡人は塩を投げつけた。

「話すことはないよ!」

 ピシャリ。また戸が閉められる。


「……とまあ、こんな感じだ」

 呆れたように頭を抱える刑事が出迎えてくれた。

「彼女に任意で事情聴取を受けたのだが、タイミングが悪かった」

「と、いいますと」

 刑事は、これは警察の失態だ、と前置きして詳細を話してくれた。

「彼女に詳しい聴取を行ったのは、偶然にも警察が『本件はテロである』という声明を出した後だった。彼女は途中まで協力的にしゃべってくれていたのだが、急に……」


―――……もしかしてこれは、内務省に責任が無いという口実づくりに利用されているのでしょうか?―――


「と言い出し、それから一切口をつぐんでしまったんだ」

「なんてこった。なんでもっと早く聴取しなかったんですか」

「彼女もけがをしていたから、回復を待っていたんだ」

「彼女への事情聴取もなく、声明を発表したんですか?」

「仕方がないだろう。証言よりももっと効力のある証拠が発見されたのだから」

 それはそうだが……と井関が頭を痛めている横で、笹井がふと疑問に思ったことを問いただした。

「しかし彼女は、口をつぐむ直前に何を言おうとしていたんですか」

「それなんだが、彼女の証言ではこうだ。『列車が脱線する数時間前、線路上で……』」

 刑事が未亡人の声音をマネしながらそう言う。そして刑事は自分でその滑稽さに吹き出していたが、その横で水野は一つの可能性にひらめいた。

「……もしかして、線路に細工をした人間を目撃していた?」

「ほう、兄ちゃん。だいぶ君はカンが良いと見た」

 刑事は目を光らせる。

「おそらく、彼女は犯人を見ている。だが、何らかの理由で我々にそれを言いたくないんだ」

「何らかの理由、とは?」

 笹井が刑事を問い質す。すると、刑事は変な顔になった。

「それを調べるのが、君たちの仕事じゃないのかい。ええっと……、”臨時”特殊事故調査掛の皆々様方?」

 刑事は涼しい顔でそう言った。

 井関は、グゥの音しか出なかった。
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