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A09運行:国鉄ミステリー②蒲須坂事件
0092A:こうしてボクらは、この何もない平野に降ろされた
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事故が起こったのは井関達が帰国する少し前のことである。
「412レ、発車―!」
第412列車は、矢板駅を2時25分に発車した。この列車は青森発の二等車連結普通列車で、安価に移動したい旅客がすし詰めになりながら夜を明かしていた。
先頭に立つのは、先日投入されたばかりのEF58形電気機関車である。東北本線は陸軍の方針転換により急遽電化され、この辺りを走るのは”国電”と呼ばれる茶色の電車か、このEF58ばかりだ。
何の変哲もない普通列車。何の変哲もない、午前未明。
しかしそれは突然、非日常へと向かう。
412列車は片岡を通過し、次は蒲須坂。この時、時刻は2時22分。
列車は平行して走る国道と最も接近する地点へ差し掛かる。ここは右カーブであり、そこを越えればもう蒲須坂駅……。
2時23分、列車は線路を踏み外し脱線。周囲の民家を巻き込み、横転。
衝撃音とほぼ時刻を同じくして、炎があがる。あたりはまばゆい光に包まれた。
翌日、禍々しい写真が社会面を飾った。
「国鉄大惨事、またもや大事故」
毎朝新聞社の記事によれば、乗客死者は24名、それに加え周辺民家の一世帯2人が犠牲となった。記者は未亡人となった夫人に取材している。
「目の前で、列車が息子と主人を連れ去っていきました。それからは、もう何も……」
当然、市民は起こる。犠牲者の中には毎朝新聞傘下の地方紙の記者も含まれていた。毎朝新聞は当時の社会デスク・荒巻琢信を中心に論陣を張った。
これに対し国鉄総裁・十合信也は泣きながら謝罪の弁を語る。
「この度は本当に、どう謝罪してよいか……」
次の日の経産新聞の一面は、号泣する十合の写真で飾られた。世論は一気に、国鉄ガンバレ! の様相を呈する。
しかし、ここで思いもよらないことが起きる。
この事件の捜査を担当したのは、内務省傘下の警察庁である。本件は業務上過失致死の疑いがあることから、警察庁は総力を挙げての捜査を行った。
「機関士は何故、事故を防げなかったのか。なぜ、脱線は起きたのか……」
きっと、機関士の怠慢だろう。市民はそのような結論を期待する。
だが、警察庁の出した結論は違った。
「本件は親パルチザン勢力によるテロ事件である」
警察庁曰く、現場には線路に細工した痕跡があったという。そしてその手管からして、相応の専門知識が無ければ不可能だと断じた。
そこから彼らは、本件がテロであるというシナリオを打ち上げたのである。
鉄道院は内務省傘下の組織である。当然、市民は怒った。毎朝新聞の荒巻はこう語気を荒らげる。
「老いぼれ総裁の手によって、内務省の腐敗が進んでいる。元を辿れば関東大震災の疑獄で内務省と日本を追われたタヌキが、なぜまた内務省傘下の組織に返り咲いているのか。徹底的な利権構造の洗い出しが必要だ……」
荒巻の個人的なイデオロギーは横に置いておくとしても、市民は内務省が身内を庇ったと見た。全日本的な国鉄批判ムーブメントが巻き起こる。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「この事件は、やはり国鉄の手で解決するしかないかもしれません」
「何はともかく、真実が必要でしょう」
「丁度いい、”臨時”特殊事故調査掛とやらがウチにはありましたな」
鉄道会議で幹部共が口々にそう言い合う。総裁はついに、受話器を取った。
「……嶋君、彼らの出番だ」
こうして彼らは、那須野の高原で列車を引きずり降ろされたのである。
「412レ、発車―!」
第412列車は、矢板駅を2時25分に発車した。この列車は青森発の二等車連結普通列車で、安価に移動したい旅客がすし詰めになりながら夜を明かしていた。
先頭に立つのは、先日投入されたばかりのEF58形電気機関車である。東北本線は陸軍の方針転換により急遽電化され、この辺りを走るのは”国電”と呼ばれる茶色の電車か、このEF58ばかりだ。
何の変哲もない普通列車。何の変哲もない、午前未明。
しかしそれは突然、非日常へと向かう。
412列車は片岡を通過し、次は蒲須坂。この時、時刻は2時22分。
列車は平行して走る国道と最も接近する地点へ差し掛かる。ここは右カーブであり、そこを越えればもう蒲須坂駅……。
2時23分、列車は線路を踏み外し脱線。周囲の民家を巻き込み、横転。
衝撃音とほぼ時刻を同じくして、炎があがる。あたりはまばゆい光に包まれた。
翌日、禍々しい写真が社会面を飾った。
「国鉄大惨事、またもや大事故」
毎朝新聞社の記事によれば、乗客死者は24名、それに加え周辺民家の一世帯2人が犠牲となった。記者は未亡人となった夫人に取材している。
「目の前で、列車が息子と主人を連れ去っていきました。それからは、もう何も……」
当然、市民は起こる。犠牲者の中には毎朝新聞傘下の地方紙の記者も含まれていた。毎朝新聞は当時の社会デスク・荒巻琢信を中心に論陣を張った。
これに対し国鉄総裁・十合信也は泣きながら謝罪の弁を語る。
「この度は本当に、どう謝罪してよいか……」
次の日の経産新聞の一面は、号泣する十合の写真で飾られた。世論は一気に、国鉄ガンバレ! の様相を呈する。
しかし、ここで思いもよらないことが起きる。
この事件の捜査を担当したのは、内務省傘下の警察庁である。本件は業務上過失致死の疑いがあることから、警察庁は総力を挙げての捜査を行った。
「機関士は何故、事故を防げなかったのか。なぜ、脱線は起きたのか……」
きっと、機関士の怠慢だろう。市民はそのような結論を期待する。
だが、警察庁の出した結論は違った。
「本件は親パルチザン勢力によるテロ事件である」
警察庁曰く、現場には線路に細工した痕跡があったという。そしてその手管からして、相応の専門知識が無ければ不可能だと断じた。
そこから彼らは、本件がテロであるというシナリオを打ち上げたのである。
鉄道院は内務省傘下の組織である。当然、市民は怒った。毎朝新聞の荒巻はこう語気を荒らげる。
「老いぼれ総裁の手によって、内務省の腐敗が進んでいる。元を辿れば関東大震災の疑獄で内務省と日本を追われたタヌキが、なぜまた内務省傘下の組織に返り咲いているのか。徹底的な利権構造の洗い出しが必要だ……」
荒巻の個人的なイデオロギーは横に置いておくとしても、市民は内務省が身内を庇ったと見た。全日本的な国鉄批判ムーブメントが巻き起こる。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「この事件は、やはり国鉄の手で解決するしかないかもしれません」
「何はともかく、真実が必要でしょう」
「丁度いい、”臨時”特殊事故調査掛とやらがウチにはありましたな」
鉄道会議で幹部共が口々にそう言い合う。総裁はついに、受話器を取った。
「……嶋君、彼らの出番だ」
こうして彼らは、那須野の高原で列車を引きずり降ろされたのである。
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