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A09運行:国鉄ミステリー②蒲須坂事件
0091A:列車は東京へ向かって走った。走ってしまったのである
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「ええ、ええ。そうです。確かに事故は解決いたしました。では、今から特急で東京へ戻ります」
すべてが終わり、本庁に電話を入れる。電話口に出たのは嶋技師で、彼は「よくやりました。東京へ戻っていらっしゃい」と言った。
井関はすべての肩の荷が降りた気がした。
列車は東北本線を南へ南へと走る。仙台から白石、福島、郡山と過ぎていく。
「福島を越えると、なんだか関東に戻ってきたような気がしてしまうね」
郡山駅を発車すると、井関がそんな感想を漏らす。
「そろそろ白河、それを過ぎると御用邸がある那須野で、そこまでくるともう宇都宮ですね」
「なんだ、まだまだ東京は遠いじゃないか」
「ボクたちは今までどこに居たと思う?」
「俺は思うに、仙台と樺太を比べちゃいけないねえ……」
二等車のゆったりとした座椅子に腰かけながら、そんな他所事を語り合う。仙台発車がだいぶ夜遅く、既に時刻は午前になっている。運転士は途中で降りてしまい、二等車内は自分たち以外に人気がない。
こうなってしまっては、おしゃべりに興じるほかない。どうせガタガタと煩く眠れない時間。そんな時でも、四人の間に会話があれば、それほど苦でもない……。
夜を徹して無駄話をする光景に、井関はまるで学生時代の頃の様だと笑った。
「変わらんな、我々は」
「そう言うもんじゃないかな。変わるのはいつだって時代で、我々じゃない」
「それでいい、それでいいよ」
列車は白河駅を過ぎ、黒磯へ。ふと車窓に目を凝らすと、駅で寝ている普通列車の看板に”東京行”と書いてある。東京が、実感として足音を立てて近づいてくる。
「宇都宮まで行くと、もう国電が見えるのかな?」
「そうだね。そうすると本当にもう、”首都圏”だ」
「長かったねえ、東京まで」
「日本は広いということですね」
黒磯駅発車。東那須野駅を通過して、西那須野駅へと至る。停車時間は一分。すぐに発車する……はずだった。
だが、発車時刻になっても列車は発車しない。
おかしいな、と訝しんでいると、駅員が車内に飛び込んできた。
……どうにも、嫌な予感がする。
「なあ、まさか……」
それを言う前に、駅員は井関に頭を下げた。
「失礼します。”臨時”特殊事故調査掛の方とお見受けいたします」
やはり、我々を探していたようだ。井関は苦い表情を噛み殺しながら敬礼する。
「はい……。井関ですが……」
「本庁から緊急の命令です。”臨時”特殊事故調査掛は急行を西那須野駅で下車し、至急事故調査へ向かえ、と」
「なんだって、聞いていないぞ!」
やっと帰れると思っていた小林は喚く。だが、命令は変えられない。慌てて荷物をまとめて列車を降りると、駅員が車掌に合図を出した。
車掌は合図と、そして四人が確実に列車を降りたことを確認してからゆっくりと出発の合図を出す。
「東北下り134レ、西那須野発車ー」
「134レ、発車!」
汽笛が鳴る。機関車が先へ一歩踏み出す。飛び移れば乗れそうなほどにゆっくりとした速度で、列車は東京へと過ぎ去る。
「ああ、ああ……」
東京への望郷の念を捨てきれない小林は、一人崩れ落ちた。
「まあ、なんだ。そう気を落とすなよ」
「久しぶりに母ちゃんに会えると思ったのに……」
小林の実家の近くでは、そろそろ東京タワーという名前の電波塔が建つらしい。東京を離れて早二年。小林の忍耐はそろそろ限界を向かえていた。
「あのタフネス小林がこうも崩れるとは。東京人は東京に弱いのかね」
「まあボクみたいな東北人は、家を出たら二度と親の顔を見ることはできない覚悟だけど、関東人はそうじゃないんだろう」
「……私にもちょっとわからないですね、それは」
うなだれる小林をどうにかこうにか宥めすかして、四人は駅長室へと向かった。
すべてが終わり、本庁に電話を入れる。電話口に出たのは嶋技師で、彼は「よくやりました。東京へ戻っていらっしゃい」と言った。
井関はすべての肩の荷が降りた気がした。
列車は東北本線を南へ南へと走る。仙台から白石、福島、郡山と過ぎていく。
「福島を越えると、なんだか関東に戻ってきたような気がしてしまうね」
郡山駅を発車すると、井関がそんな感想を漏らす。
「そろそろ白河、それを過ぎると御用邸がある那須野で、そこまでくるともう宇都宮ですね」
「なんだ、まだまだ東京は遠いじゃないか」
「ボクたちは今までどこに居たと思う?」
「俺は思うに、仙台と樺太を比べちゃいけないねえ……」
二等車のゆったりとした座椅子に腰かけながら、そんな他所事を語り合う。仙台発車がだいぶ夜遅く、既に時刻は午前になっている。運転士は途中で降りてしまい、二等車内は自分たち以外に人気がない。
こうなってしまっては、おしゃべりに興じるほかない。どうせガタガタと煩く眠れない時間。そんな時でも、四人の間に会話があれば、それほど苦でもない……。
夜を徹して無駄話をする光景に、井関はまるで学生時代の頃の様だと笑った。
「変わらんな、我々は」
「そう言うもんじゃないかな。変わるのはいつだって時代で、我々じゃない」
「それでいい、それでいいよ」
列車は白河駅を過ぎ、黒磯へ。ふと車窓に目を凝らすと、駅で寝ている普通列車の看板に”東京行”と書いてある。東京が、実感として足音を立てて近づいてくる。
「宇都宮まで行くと、もう国電が見えるのかな?」
「そうだね。そうすると本当にもう、”首都圏”だ」
「長かったねえ、東京まで」
「日本は広いということですね」
黒磯駅発車。東那須野駅を通過して、西那須野駅へと至る。停車時間は一分。すぐに発車する……はずだった。
だが、発車時刻になっても列車は発車しない。
おかしいな、と訝しんでいると、駅員が車内に飛び込んできた。
……どうにも、嫌な予感がする。
「なあ、まさか……」
それを言う前に、駅員は井関に頭を下げた。
「失礼します。”臨時”特殊事故調査掛の方とお見受けいたします」
やはり、我々を探していたようだ。井関は苦い表情を噛み殺しながら敬礼する。
「はい……。井関ですが……」
「本庁から緊急の命令です。”臨時”特殊事故調査掛は急行を西那須野駅で下車し、至急事故調査へ向かえ、と」
「なんだって、聞いていないぞ!」
やっと帰れると思っていた小林は喚く。だが、命令は変えられない。慌てて荷物をまとめて列車を降りると、駅員が車掌に合図を出した。
車掌は合図と、そして四人が確実に列車を降りたことを確認してからゆっくりと出発の合図を出す。
「東北下り134レ、西那須野発車ー」
「134レ、発車!」
汽笛が鳴る。機関車が先へ一歩踏み出す。飛び移れば乗れそうなほどにゆっくりとした速度で、列車は東京へと過ぎ去る。
「ああ、ああ……」
東京への望郷の念を捨てきれない小林は、一人崩れ落ちた。
「まあ、なんだ。そう気を落とすなよ」
「久しぶりに母ちゃんに会えると思ったのに……」
小林の実家の近くでは、そろそろ東京タワーという名前の電波塔が建つらしい。東京を離れて早二年。小林の忍耐はそろそろ限界を向かえていた。
「あのタフネス小林がこうも崩れるとは。東京人は東京に弱いのかね」
「まあボクみたいな東北人は、家を出たら二度と親の顔を見ることはできない覚悟だけど、関東人はそうじゃないんだろう」
「……私にもちょっとわからないですね、それは」
うなだれる小林をどうにかこうにか宥めすかして、四人は駅長室へと向かった。
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