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A08運行:はつかり、がっかり、じこばっかり
0089A:事故は解決した。その裏で、ボクらは恐ろしい事実の一端を見た
しおりを挟む「こんな結論は本当にどうかと思うよ」
東京へ向かう列車の中で、笹井は苦言を呈した。
「ダメだろう。贈収賄疑惑の真相が、ただ単に”担当者が無能だった”というのは」
「だが現実の疑獄はだいたいこんなところが結末だ」
小林があきらめたように笑う。
「しかし恐ろしいことだね。これはつまり、このあまりにも愚かな決定が、派閥争いや贈収賄によって意思決定が歪められたのではなく、意思決定者がただただ愚かだったからこそ発生した事案、ということだろう?」
「簡単に言えば、近衛が無能だったということですか」
「水野君、俺は一応配慮をしたんだよ」
小林は笑った。
「しかしながらこの問題の真相にはあまりにも深い問題がある」
対して、笹井の顔は険しい。井関もげんなりと同意した。
「日本の鉄道技術は急成長を遂げた。あまりにも目覚ましい成長だ。米国じゃこれをジャップ・マジックと言うらしい。これは独自の発展を遂げた日本の鉄道に、外国から技術が供与されたことが主因として引き起こされた奇蹟だ」
だがその一方で、と井関は続ける。
「技術力を米国をはじめとする外国に頼り切った結果、今の日本の官僚クラスには決定的に技術的な知識が欠如しているんだ」
「それは科学技術だけじゃない。政策決定全般に言えることかもしれないね」
小林も賛同した。
「米国は確かに、日本にとって鉄道の大先輩だ。だからといってそれを右から左に猿真似すればよいというものではないだろうに。この国にはこの国のやり方があるはずなのに、今の官吏はそれを探し求めるのを放棄しているように見えるね」
「ああ。まったくもってその通りだよ」
車窓には優美な北上山地が見える。井関は雄大な景色をもっとよく見ようと窓を開けようとした。が、そこで窓が開かないことに気が付いた。
「おっと、この列車は特急列車だったね」
「なかなか二等車で窓をお開けになろうとする方はいらっしゃいませんね」
ふと、声をかけられる。そこには件の火災事故に遭った運転手が居た。
「事故はもう、起きないですかね」
「少なくとも、もうこんな火災は起きんでしょう。設計者はきちんと問題を把握したようです」
「そうですか。それはよかった」
彼は心から安心したように胸をなでおろした。
「どうも設計者が問題を認めないようなウワサえお聞いておりましたからね、どうしてもだめなら仲間内で本庁を焼き討ちしようかと言っておりました」
わっはっは、と快闊そうにそんなことを言うが、聞いている方は気が気じゃない。冷や汗を垂らしながらなんとか作り笑いで答えた。
「あんなオカシな車輛ばかり作られたんじゃ、もう現場は限界ですよ。大したことない賃金、過酷な勤務。それで背中が燃えあがっちゃうんじゃ、我々はもうデモでも起こすしかない」
「ハハ……。縁起でもない……」
「冗談じゃありませんよ」
運転士は睨みを聞かせながらこちらを見据える。
「もうそろそろ、我々の我慢は限界かもしれません」
「……。もう二度と、あのような火災は起きないはずですから」
井関は、そう言うのが精一杯だった。
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