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異世界急行 第一・第二

整理番号11:シ=ク鉄道線内における連続脱線事故(後編)

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 事故から数日後、エドワードが最も恐れていたことが起こった。脱線事故の再発だ。今回の事故も同様に、何もない直線上で脱線が発生した。

 エドワードは即座に、原因が究明されるまでの間、速度を制限して運転することをヨステンに進言した。

 だが、その提案はシク鉄首脳部により退けられる。

「今回の事故は、低速運転時に発生したんだ。運転速度は問題じゃない」

 首脳部の一人は、そう言って困った顔をした。

 列車は駅を出発してすぐ、まだ十分に加速できていない状況で脱線を起こしていた。であれば、速度が原因とは言うことができない。

 なまじ首脳部の意見が正しいだけに、エドワードはそれ以上何も言えなかった。

―――ダメだ、なんとか首脳部を納得させられる事故原因を見つけないと―――

 エドワードは一人、悶々としながら事故原因について思いを巡らせる日々を送った。









 そんなある日、エドワードの居室にミヤがやってきた。通常、エドワードの居室にはミヤは愚か、クリス以外の者はシグナレスを含めやってこない。
 エドワードは突然のミヤの訪問に驚きつつ、彼女を迎え入れた。

「用は何だい?」

 エドワードが優しく問いかけると、ミヤはノートを取り出した。

 エドワードがそれを受け取り中を見ると、そこには詳細な事故現場のスケッチが書かれていた。

「驚いた。どうしたんだい?」

「あの、なにかお役に立てることは、ないかと……」

 消え入りそうな声で彼女はそう呟き、そのまま一言も何も言わず部屋を出て行ってしまった。

「ああ、礼も言えなかった。しかし、これは見事なものだ。素晴らしいな……。彼女にこんな才能があったとは」

「たまに居るのよね、ああいう子」

 エドワードが感心していると、クリスがやってきた。クリスはエドワードに、眠気が取れるという飲み物を渡すと、ミヤについて語り始めた。

「瞬間記憶能力と呼ばれるものがあって、一部の種族はそれを使えると聞いているわ。きっと、ミヤちゃんはプロト族の子なのね」

「そのプロト族というのが、瞬間記憶能力とやらを使えるのかい?」

「ええ。プロト族はあまり外見的特徴が普通の人と変わらないから苦労するそうよ。やっぱりミヤちゃん、苦労人さんなのねえ」

 改めて、ミヤの書いたノートに目を落とす。そのスケッチはあまりにも詳細で正確だった。

「これを一度見ただけで書ききれてしまうのか」

「そういう特殊能力なのよ。ミヤちゃん、大事にした方がいいわよ」

 クリスはそれだけ言って部屋から出て行った。

 エドワードはクリスの淹れてくれた飲み物を呑みながら、そのスケッチと格闘する。このスケッチがあれば、証拠を手に入れたも同然。捜査はずっとしやすくなった。

 気持ちに余裕ができたエドワードは、一枚一枚懇切丁寧に見てみる。

 事故を起こした貨車の台車から、貨車の扉、連結器、そういった細かいところまでしっかりとスケッチされていた。その一つ一つに舌を巻きながら眺めていると、エドワードは一つのスケッチが気になった。
 それは、貨車内の荷物をスケッチしたものだ。

―――……。なんだろう、この引っかかりは―――

 貨車の中に荷物が積まれている。ただそれだけである。

 だが、それは立派に事故原因となりうるものだった。エドワードは思い出す。

―――そうか、この状況であれば、これが一番有力な事故原因と言えるのではないだろうか? だとしたら、当面の安全対策としてはかなり有力だ―――

 エドワードはそう確信した。次の瞬間、エドワードはもうすでに部屋を飛び出していた。

―――急ぐんだ! もう二度と事故を起こさないために―――









「事故原因が分かった?」

 エドワードの言葉に、ヨステンは素っ頓狂な声を出した。

「ああ。だが、原因を聞く前にちょっとだけ、無蓋車に荷物を積み込むところを見せてくれ。あと、アイリーンを呼んでくれ」

 ヨステンは言われるがままにエドワードの要求に応えた。その要求に応えるために、機関区は上に下にの大騒ぎになった。更に、その話を聞きつけた首脳陣が集まってきて、エドワードの言葉を今か今かと待ちわびていた。

 全ての準備が整う頃には、エドワードの周りはさながら推理ショーの様相を呈していた。エドワードはそんな中で、咳ばらいを一つしてゆっくりとその口を開く。

「事故原因について解説いたします。この脱線は、競合脱線と呼ばれるものです」

「競合脱線?」

 聞いたことのない言葉に、一同が顔をしかめた。エドワードはそれには気を留めず、説明を続ける。

「この競合脱線と言うのは、様々な要因が重なり合って脱線が起きた、という意味です。直線区間で何の前触れもなく脱線をした、という事実から、この結論に至りました」

「まるで言葉遊びだ。そんなことを言うために、我々を集めたのかね」

 一人が不快感をあらわにする。エドワードは毅然と言い返した。

「いえ、もちろん違います。これからその様々な原因、というものを解説いたします」

 エドワードはそう言うと、手近にあった貨車を指差した。

「あれはこの鉄道で主に使用されている有蓋貨車ですね?」

「ああそうだ。一号有蓋貨車と呼んでいる」

 ヨステンが答えた。エドワードは続けて問いかける。

「あの貨車の制限速度は?」

 ヨステンはそれを聞かれて目を白黒させた。まるで今までそんなこと考えたこともなかった言わんばかりに。

「体感だけれど、六十キロマイジを超えると、ちょっと怖いかなって思うな」

 代わりに、アイリーンが答えた。エドワードはその答えに大きくうなづく。

「この貨車は私の国では一段リンク式と呼ばれる足回りを有しています。私の国では、これを六十五キロマイジの制限で使用しています」

 第一の事故発生時、列車は七十キロマイジを出していたとの証言がある。それを思い出した首脳陣の一人がこう口走った。

「なるほど。第一の事故においては速度超過が原因であったわけだ。しかし、それでは第二の事故は防げない」

 それを即座に、エドワードは否定して見せた。

「違います。概ね五キロマイジ程度の誤差であれば、通常なら、それはすなわち他に何も問題が無ければ、許容されてしかるべきです。つまり、この事故は速度とはあまり関係がないのです」

「なんだって? じゃあ」

 原因はどこに……。首脳陣は一様にそんな顔になる。エドワードは、そのタネを明かした。

「今からお見せします。ミヤ、その貨車の扉を開いてくれ!」

 ミヤは言われるままに、用意された貨車の扉を開いた。すると、中から荷物が崩れて落っこちてくる。

 ドサドサドサ、とまるで雪崩か土砂崩れかのように、中の荷物があふれてくる。ミヤはそれに巻き込まれそうになって、慌てたアイリーンに間一髪救出された。

「危ないなあまったく、雑に積みよって。それで、君は一体何を言いたいのだね」

「そう! そこなのです」

 エドワードはピシッと指をさした。首脳陣たちは、まだ何を言いたいのかがわからないようだ。そんな彼らに、エドワードは易しくかみ砕いて話す。

「このように、貨車には乱雑に荷物が積み込まれています。そして、今まさにこの荷物が崩れました。さて、これがもし、走行中に崩れたら?」

 そう言われて、アイリーンはハッとしたような顔を見せた。

「まさか、走行中に荷崩れを起こし、それが原因で脱線を引き起こした、とでも言うのかい?」

「まさに、だ」

 エドワードは一呼吸置くと、まだわかっていない者たちに向けてさらに易しく説明を続けた。

「乱雑に荷物を積むことによって、積荷の偏積……。まあつまり、ぐらぐらと不安定な積み方をされた荷物が、走行中にバランスを崩す。すると、その荷物を積んでいる貨車まで一緒にバランスを崩してしまう。そうなったら、もう脱線。こういうことです」

「じゃあ、原因は荷役だというのかね」

 荷役とは、荷物の積み下ろしやそれに付帯する作業のことである。エドワードは首を少しだけ縦に振った。

「正確には、これを主因とする様々な現象の積み重ねです。高速度走行や車輛の構造も、直接ではないにしろ原因の一つです。が……」

 エドワードは、今度は確信をもって答えた。

「私の国では、この荷役の問題を改善することによって、荷崩れ・偏積による事故の発生件数を極限まで減らすことに成功しました。近い将来、零にすることも可能と考えています」

「荷物の積み下ろし一つでそこまで変わるのか……。盲点だった」

 一人が膝を打った。その反応に、エドワードは非常に満足だった。

「荷役を正しく、かつ効率的に行うことは、停車駅での荷扱い時間の短縮や貨車運用の効率化に繋がります。そうすれば、更に効率化した鉄道運営も可能でしょう」

「それは、君のおかげで急増した貨物需要に応えることが出来るのかね?」

 その問いにも、エドワードは自信をもって答える。

「もちろん。我が国では、現場の努力で積みあがっていた滞荷を解消した実績があります。我が国のような小さき未開の国でも成し得たのですから、この鉄道に出来ぬはずはないと確信しております」

 エドワードの言葉に歓声が上がった。実際、国鉄は現場や外郭団体の努力により荷役の効率化が行われ、劇的な輸送改善を行った事がある。
 エドワード生前、その渦中にいた。あの時の希望の光を、開けていく未来への展望を、エドワードの身体はまだ覚えていた。

「当然、貨車の改良や、制限速度の設定も大事です。なぜなら、第一の事故の荷崩れは、高速走行時の振動により誘発されたと考えられるからです」

「なるほど、競合脱線というからには、ひとつの原因をつぶしただけではダメか」

「そうです。全ての原因をつぶさねばなりません。ただ、それには時間がかかります。荷役の改善は、今日の今この瞬間から行えます」

 エドワードがそう言った瞬間、事態はもう既に動き出していた。ヨステンはエドワードの言葉が終わらないうちに走り出す。

「おい、荷役の連中を全員集めろ! 作業はいったん中止だ!」

 その言葉に呼応するように、首脳陣たちも一斉にその場を飛び出した。

「技術班を呼び集める。直ちに貨車の構造についての緊急会議を行うぞ」

「おい、至急数学者を集めてくれ。設計には彼らの力が必要だ」

 矢継ぎ早に指示が飛んでいく。エドワードは思わず舌を巻いた。そんなエドワードに、一人の男が近付いてきた。

「ありがとう、エドワード君。早速取り掛かろう。折角今、我が鉄道は拡大期にあるというのに、変なことでケチが付いたらかなわん」

 初老の男が、エドワードにそう言ってウインクした。エドワードはにやりと笑った後、深く頭を下げる。

「どうか、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそだ」









 エドワードの提言で、荷役の質は急激に向上した。その中でエドワードが一番驚いたのは、彼らが自主的にパレット式の荷役を考案したことである。

 パレット輸送というのは、荷物をパレットと呼ばれる台に載せて管理し扱うというものでエドワードのいた昭和五十年代においてもかなり新しい思想の一つだった。

 エドワードがそれについて一言ふたこと助言をくれてやるだけで、彼らは勝手に荷役の質を改善させていった。エドワードはやはり、なにかを変えるのは現場の力であると確信した。

 それ以上にエドワードを驚かせ、そして困惑させたのは、制限速度標識の設置についてである。彼らはエドワードになにを言われるでもなく、自らその概念を作り出し、線路へと設置した。

 制限速度標識の作成はアイリーンが担当した。その標識には発光石と呼ばれる魔法石が埋め込まれていて、夜間でもよく視認できるように工夫がなされている。

 更に、標識に風車のようなものを取り付け、風による回転で自動で標識を掃除してくれるほか、風車の回転により一部の発光石が隠されたり露出したりを繰り返すことであたかも点滅しているかのように見えるように設計されていた。

 風車を発光する標識に取り付けて掃除を行うことは、例えば高速道路の標識などで行われていることであるが、鉄道への使用例は聞いたことが無かった。
 また、その回転を利用して点滅効果を得ようという考え方は、電子制御に慣れてしまった日本人にはとうてい考え出せないものだった。

 点滅は確かに意識を集中させる効果があるもので、機関士は否が応でもそれに注意せざるを得ない。

「アイリーンはとんでもないアイデアマンだ。日本に居たら、今頃新幹線でも創っていそうだな」

 エドワードはそれを見て、ただただ嘆息することしかできなかった。
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