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異世界急行 第一・第二 異世界事故調編
整理番号24:開拓列車、ベス近郊脱線事故(4)
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支配人であるユミスは、その書類を一瞥して苦笑いを浮かべた。
「困りますなあ、こんなものを書いてもらっては」
そういうと、その書類をエドワードに突き返した。
「これじゃあまるで、我々が悪い、我々が事故原因であるみたいじゃないですか」
「まさか。事故調査は事故の原因を追及するために行われるのであって、事故の責任を追及するために行われるものではない」
エドワードはそう飄々と答えた後で、ただし、と付け加えた。
「事故に関係なく、この鉄道は安全性において少なからぬ問題点を抱えている。今回の事故の遠因になった可能性は否定できない」
その眼光は鋭く、ユミスの身体を射貫いていた。
ユミスは苦笑いを強める。
「馬鹿言いなさんな。安全確保だって? そんな一銭の得にもならんことをなぜせにゃならんのですか」
その笑い声は、まるでせせら笑いのようだった。エドワードは耐える。今すぐ走り出してユミスを殴りつけてしまいたい衝動を必死にこらえる。
「あなたは安全という言葉をご存じか。鉄道は安全が確保されてこその……」
ユミスはハァーとため息をつくと、その言葉を遮った。
「あのねえ、我々が運んでいるのはロクに金になりましない貧民どもですよ。我々は貴族サマの道楽で鉄道をやってるんじゃない。商売で鉄道をやってるんだ。貧民相手に安全? 冗談じゃない」
これだから貴族は、と言いながらユミスはたばこのようなものに火をつけた。
そして紫煙をくゆらせながら馬鹿にしたようにつぶやく。
「安全なんて道楽です。それが金になるんだったら、我々もやぶさかではないがね」
これがエドワードの限界だった。頭の中で、堪忍袋の緒が音を立てて千切れるのが分かる。
だが、エドワードはユミスに対し手を下すことはなかった。その前に、とんだ乱入者がやってきたからである。
その乱入者は、血色の悪い女だった。彼女は長い髪を振り乱してユミスに近づく。
「……父さんが、ころしたの?」
その一言で、エドワードは全てを察し取った。
―――あれが件の娘か―――
ふとエスの方を見ると、彼は目線だけでそれを肯定した。
「ああ、リリーシ。今ね、事故の調査が終わったところだ。どうやら、事故は本当に不幸な偶然だったらしい。さ、これで満足だろう?」
ユミスはそう言ってリリーシを抱擁しようとした。が、次の瞬間、彼女は眼を見開いて断末魔のような叫び声を上げる。
「オマエが、ウィリーをコロしたのか!」
その手にはナイフが握られていた。あまりのことにエドワードもアイリーンも動けない。
リリーシはそのままユミスに突進し、刃をその身体に突き立てようとした。その時。
「まあまあ、まずは落ち着いて」
いつの間にかに飛び出したエスが、彼女から目にもとまらぬ速さでナイフと取り上げた。そして、背後から両手を優しく握って動きを止める。
ナイフがからんと床に落ちた。ユミスは下卑た笑みを消し、脂汗を垂らしながら青白い顔で震えている。
そんなユミスに、エドワードは冷たく言い放った。
「安全の確保は、輸送の生命である」
そういいながらナイフを拾うと、それをユミスののど元に突き立てた。おびえた目を見せるユミスに、彼は絞り出すような声で言う。
「死んでるんだよ、お前の鉄道は」
それだけ言って、エドワードはナイフを投げ捨てた。
放心状態のユミスを置いて、エドワード達は改めてリリーシに全てを伝えた。その間、ずっと彼女は泣きじゃくっていた。
エドワードは、心の奥底から魂をえぐられるような思いがする。愛する人を喪った者の顔は、いつでもエドワードをそんな気持ちにさせた。
「リリーシさん」
エドワードは、きわめて優しい声で彼女に語り掛けた。
「ユミスの事が許せませんか」
彼女はそのきれいな手で、まるで髪の毛を引きちぎらんばかりにしてそれを肯定する。彼女はただひたすらに、実の父への憎悪を膨らませていた。
「復讐は、困難を乗り越えるための儀礼だ。だから、私はそれを否定しない。だが……」
エドワードはそう言って、彼女の手を握った。そして彼女の長い髪の毛をすくうと、彼女に目線を合わせる。
「私も、かつて事故で大切な人たちを喪った。その私から、一つだけ、復讐の仕方を提案させてほしい」
そういうと、彼女は眼を見開いた。そんな彼女に、彼は優しく語りかける。
「こんな事故を、もう二度と起こさない。そんな世の中を創るんだ」
そう語るエドワードの目も、潤んでいた。リリーシは驚く。
「それは、あなたの復讐になったの?」
リリーシは彼の目からこぼれた一粒を、人差し指ですくいあげた。それから、彼の目をまじまじと見つめる。
「ああ、なったさ」
エドワードそういいながら、リリーシを立たせた。
「安全綱領!」
エドワードはいきなり大声を出す。リリーシはその身体を硬直させる。
「安全の確保は、輸送の生命である!」
エドワードはそう叫ぶと、リリーシにそれを繰り返させた。
「あ、安全の確保、は、輸送の生命である?」
「もう一度、繰り返して!」
「安全の確保は、輸送の生命である!」
彼女がしっかりとした口ぶりでそれを言い終えると、エドワードは真剣な目線で語りかける。
「まずはここから。これを徹底するんだ。安全に一切の妥協を許さず、安全よりも優先させるべきものを作らない。それが輸送の生命だ」
「それができたら、どうなるの?」
「もう、彼のような死に方をする者は居なくなる」
彼の目は、一つの信念で燃えているようだった。その炎の熱がリリーシにまで伝わったのか、彼女の目も、元の輝きを取り戻す。
「父が作ったこの鉄道を、ぶっ壊す。そして、もう二度とあんな事故を起こさないような鉄道に創り変える。それが、私の復讐……」
彼女はそうつぶやいた。エドワードは満足げにうなづく。
「そうさ。あなたにナイフは似合わない」
エドワードそう言った。すると、リリーシは言う。
「でも、それじゃあ私には何もないわ」
その言葉を、エドワードは笑い飛ばした。
「俺が手伝うさ。約束しよう、君がこの鉄道を素晴らしいものにするその日まで、俺が必ず支える」
「俺たち、でしょ」
アイリーンはそう言って、彼女の手を取った。
「いくらでも手伝うよ。僕も、悲劇はこりごりさ」
アイリーンはそう言って笑った。
「そうだな。そして、そのほかにもたくさん、君の味方がいる」
エドワードは今度は固くリリーシの手を握る。
「この鉄道には、安全を求めている機関士がいる。それこそ、君が愛した人と同じように。君が安全を求めて動き出せば、それに必ず呼応する者が現れる」
「ほんとう、に?」
彼女は、信じられないという顔をした。その顔にエスは答える。
「もちろん。君が動くことさえできれば、ね」
彼も、リリーシの手を握る。
「まずは、一歩。ここから立ち上がってみせて」
彼はそう言って、リリーシを立たせた。その彼女に向かって、こんどはアイリーンが優しく語りかける。
「鉄道はひとりで動かすものじゃない。大丈夫、あなたの隣には絶対に仲間がいる。あなたは一人じゃない」
「ひとりじゃ、ない?」
「その通りだぜ、お嬢!」
どたどたと、大人数がやってくる音がした。その方を振り返ると、そこには昨日の男がいた。大人数を引き連れて、彼はそこに立っていた。
「今日からこの鉄道は、お嬢と俺らで仕切る。もう二度と事故を起こさない、安全な鉄道をつくるんだ」
「お前たち、裏切るのか!」
「うるせえ!」
正気を取り戻したユミスを、彼は怒鳴り飛ばした。
「今まで黙って聞いてたが、もうカンニンのお袋がブチ切れたってもんだ。さんざん俺たちをバカにしやがって、挙句の果てにはウィリーまで!」
「お前たち、俺に逆らうと給料をやらんぞ」
「やれるもんならやってみろ。俺たちはもう、お前の指示には従わないぞ!」
そう言う中には、昨日取っ組み合った者たちの顔もあった。彼らも、怒りに手を震えさせながら、必死に闘っている。
「鉄道は一人じゃ動かない。現場をないがしろにして、お前はどうして鉄道を動かすつもりだったんだ? なあ、ユミス」
彼はそう言って、ユミスの胸倉をつかんだ。
「一発殴る代わりに、この鉄道をもらってくぜ」
ユミスの体が、高級そうな石畳の床に落ちた。ユミスはその場で、ただ呆けることしかできていなかった。
「あとは、現場の仕事だ」
エドワードはそう言うと、その場を去った。
「彼女は約束したよ。必ず、あんな悲惨な事故を起こさないような、安全な鉄道をつくるって」
屋敷に帰ったエドワードは、うずくまるミヤの背中にそう語りかける。
「なあ、ミヤ」
そう言いかけて、エドワードは言葉を呑んだ。彼女は、庭の一角に転がった石に向かって、必死に祈り続けていたからだ。
「それが、彼女の墓かい」
「はい、エドワード様」
ミヤはそういうと、エドワードに背を向けたまま肩を震わせた。
「彼女は、地獄から私を助け出してくれた人でした」
ぽたりと、地面が濡れた。
「私だけじゃない。たくさんの女の子が、彼女に助け出されました。なぜ、彼女は死ななければならなかったんですか?」
その問いに、エドワードは答えられなかった。
「なあ、ミヤ。私にも拝ませてくれ」
エドワードはそういうと、その小さな石の前に正座して、静かに拝み始めた。
「彼女は、何て名前だい?」
「ミルル。私に名乗った名前は、そうでした」
彼女が絞り出したような声でそう言うと、エドワードはその小さな頭を優しくなでてやった。
「こんど、アイリーンに頼んで名前を彫ってもらおう。シグナレスに相談して、しっかりとした墓にしてやろう。そして……」
こんどは、エドワードがミヤの涙をぬぐった。
「こんな世界、変えてやろう」
彼の言葉に、ミヤは静かに頷いた。
エスは、身軽な体一つで自分の住処へと帰還した。それは、帝都の南側にある小さな家だった。
彼は帰るなり、同居人たちにこう高らかに言い放った。
「やっぱり、彼の言うとおりだったよ」
そういうと、暇そうに寝ころんでいた同居人たちが、半ば興奮気味にエスの元に集った。
「ほう、その心は?」
「彼、逆水平チョップを繰り出しながら『力道山の空手チョップだ!』と叫んでいた」
すると、一人が腹を抱えて大笑いしだした。
「他にも、私の蹴りを見て、『スワンダイブ式のミサイルキックだと……』って」
エスはそういいながらエドワードの物まねを始める。すると、一番老けている男が、耐えられないとばかりに笑いをこぼした。
「いやはや、君の言ったとおりの人間らしいね、あの男は」
笑いながら、彼はそう言った。すると、”君”と呼びかけられた青年が胸を張る。
「やっぱりね。聞き間違いではないと思ったんですよ。だって、藤原不比等ですよ!?」
彼がそう言うと、全員が笑い転げた。まるで、その言葉が世紀の大爆笑ギャグであるかのように。
「白河法皇に明智小五郎だって? 次は誰が出てくるかな。東条英機?」
「いや、桐壺の更衣かもしれん」
「森鴎外かも?」
散々そう言って笑いあっていた彼らだったが、ふと真剣な雰囲気に戻る。
「しかし、これではっきりした。引き続き、彼の監視を行おう。エス、頼めるかい?」
「もちろん。彼は、我々の大いなる計画の歯車の中にいるのだから……」
エスは、そう言って笑みを見せた。
「困りますなあ、こんなものを書いてもらっては」
そういうと、その書類をエドワードに突き返した。
「これじゃあまるで、我々が悪い、我々が事故原因であるみたいじゃないですか」
「まさか。事故調査は事故の原因を追及するために行われるのであって、事故の責任を追及するために行われるものではない」
エドワードはそう飄々と答えた後で、ただし、と付け加えた。
「事故に関係なく、この鉄道は安全性において少なからぬ問題点を抱えている。今回の事故の遠因になった可能性は否定できない」
その眼光は鋭く、ユミスの身体を射貫いていた。
ユミスは苦笑いを強める。
「馬鹿言いなさんな。安全確保だって? そんな一銭の得にもならんことをなぜせにゃならんのですか」
その笑い声は、まるでせせら笑いのようだった。エドワードは耐える。今すぐ走り出してユミスを殴りつけてしまいたい衝動を必死にこらえる。
「あなたは安全という言葉をご存じか。鉄道は安全が確保されてこその……」
ユミスはハァーとため息をつくと、その言葉を遮った。
「あのねえ、我々が運んでいるのはロクに金になりましない貧民どもですよ。我々は貴族サマの道楽で鉄道をやってるんじゃない。商売で鉄道をやってるんだ。貧民相手に安全? 冗談じゃない」
これだから貴族は、と言いながらユミスはたばこのようなものに火をつけた。
そして紫煙をくゆらせながら馬鹿にしたようにつぶやく。
「安全なんて道楽です。それが金になるんだったら、我々もやぶさかではないがね」
これがエドワードの限界だった。頭の中で、堪忍袋の緒が音を立てて千切れるのが分かる。
だが、エドワードはユミスに対し手を下すことはなかった。その前に、とんだ乱入者がやってきたからである。
その乱入者は、血色の悪い女だった。彼女は長い髪を振り乱してユミスに近づく。
「……父さんが、ころしたの?」
その一言で、エドワードは全てを察し取った。
―――あれが件の娘か―――
ふとエスの方を見ると、彼は目線だけでそれを肯定した。
「ああ、リリーシ。今ね、事故の調査が終わったところだ。どうやら、事故は本当に不幸な偶然だったらしい。さ、これで満足だろう?」
ユミスはそう言ってリリーシを抱擁しようとした。が、次の瞬間、彼女は眼を見開いて断末魔のような叫び声を上げる。
「オマエが、ウィリーをコロしたのか!」
その手にはナイフが握られていた。あまりのことにエドワードもアイリーンも動けない。
リリーシはそのままユミスに突進し、刃をその身体に突き立てようとした。その時。
「まあまあ、まずは落ち着いて」
いつの間にかに飛び出したエスが、彼女から目にもとまらぬ速さでナイフと取り上げた。そして、背後から両手を優しく握って動きを止める。
ナイフがからんと床に落ちた。ユミスは下卑た笑みを消し、脂汗を垂らしながら青白い顔で震えている。
そんなユミスに、エドワードは冷たく言い放った。
「安全の確保は、輸送の生命である」
そういいながらナイフを拾うと、それをユミスののど元に突き立てた。おびえた目を見せるユミスに、彼は絞り出すような声で言う。
「死んでるんだよ、お前の鉄道は」
それだけ言って、エドワードはナイフを投げ捨てた。
放心状態のユミスを置いて、エドワード達は改めてリリーシに全てを伝えた。その間、ずっと彼女は泣きじゃくっていた。
エドワードは、心の奥底から魂をえぐられるような思いがする。愛する人を喪った者の顔は、いつでもエドワードをそんな気持ちにさせた。
「リリーシさん」
エドワードは、きわめて優しい声で彼女に語り掛けた。
「ユミスの事が許せませんか」
彼女はそのきれいな手で、まるで髪の毛を引きちぎらんばかりにしてそれを肯定する。彼女はただひたすらに、実の父への憎悪を膨らませていた。
「復讐は、困難を乗り越えるための儀礼だ。だから、私はそれを否定しない。だが……」
エドワードはそう言って、彼女の手を握った。そして彼女の長い髪の毛をすくうと、彼女に目線を合わせる。
「私も、かつて事故で大切な人たちを喪った。その私から、一つだけ、復讐の仕方を提案させてほしい」
そういうと、彼女は眼を見開いた。そんな彼女に、彼は優しく語りかける。
「こんな事故を、もう二度と起こさない。そんな世の中を創るんだ」
そう語るエドワードの目も、潤んでいた。リリーシは驚く。
「それは、あなたの復讐になったの?」
リリーシは彼の目からこぼれた一粒を、人差し指ですくいあげた。それから、彼の目をまじまじと見つめる。
「ああ、なったさ」
エドワードそういいながら、リリーシを立たせた。
「安全綱領!」
エドワードはいきなり大声を出す。リリーシはその身体を硬直させる。
「安全の確保は、輸送の生命である!」
エドワードはそう叫ぶと、リリーシにそれを繰り返させた。
「あ、安全の確保、は、輸送の生命である?」
「もう一度、繰り返して!」
「安全の確保は、輸送の生命である!」
彼女がしっかりとした口ぶりでそれを言い終えると、エドワードは真剣な目線で語りかける。
「まずはここから。これを徹底するんだ。安全に一切の妥協を許さず、安全よりも優先させるべきものを作らない。それが輸送の生命だ」
「それができたら、どうなるの?」
「もう、彼のような死に方をする者は居なくなる」
彼の目は、一つの信念で燃えているようだった。その炎の熱がリリーシにまで伝わったのか、彼女の目も、元の輝きを取り戻す。
「父が作ったこの鉄道を、ぶっ壊す。そして、もう二度とあんな事故を起こさないような鉄道に創り変える。それが、私の復讐……」
彼女はそうつぶやいた。エドワードは満足げにうなづく。
「そうさ。あなたにナイフは似合わない」
エドワードそう言った。すると、リリーシは言う。
「でも、それじゃあ私には何もないわ」
その言葉を、エドワードは笑い飛ばした。
「俺が手伝うさ。約束しよう、君がこの鉄道を素晴らしいものにするその日まで、俺が必ず支える」
「俺たち、でしょ」
アイリーンはそう言って、彼女の手を取った。
「いくらでも手伝うよ。僕も、悲劇はこりごりさ」
アイリーンはそう言って笑った。
「そうだな。そして、そのほかにもたくさん、君の味方がいる」
エドワードは今度は固くリリーシの手を握る。
「この鉄道には、安全を求めている機関士がいる。それこそ、君が愛した人と同じように。君が安全を求めて動き出せば、それに必ず呼応する者が現れる」
「ほんとう、に?」
彼女は、信じられないという顔をした。その顔にエスは答える。
「もちろん。君が動くことさえできれば、ね」
彼も、リリーシの手を握る。
「まずは、一歩。ここから立ち上がってみせて」
彼はそう言って、リリーシを立たせた。その彼女に向かって、こんどはアイリーンが優しく語りかける。
「鉄道はひとりで動かすものじゃない。大丈夫、あなたの隣には絶対に仲間がいる。あなたは一人じゃない」
「ひとりじゃ、ない?」
「その通りだぜ、お嬢!」
どたどたと、大人数がやってくる音がした。その方を振り返ると、そこには昨日の男がいた。大人数を引き連れて、彼はそこに立っていた。
「今日からこの鉄道は、お嬢と俺らで仕切る。もう二度と事故を起こさない、安全な鉄道をつくるんだ」
「お前たち、裏切るのか!」
「うるせえ!」
正気を取り戻したユミスを、彼は怒鳴り飛ばした。
「今まで黙って聞いてたが、もうカンニンのお袋がブチ切れたってもんだ。さんざん俺たちをバカにしやがって、挙句の果てにはウィリーまで!」
「お前たち、俺に逆らうと給料をやらんぞ」
「やれるもんならやってみろ。俺たちはもう、お前の指示には従わないぞ!」
そう言う中には、昨日取っ組み合った者たちの顔もあった。彼らも、怒りに手を震えさせながら、必死に闘っている。
「鉄道は一人じゃ動かない。現場をないがしろにして、お前はどうして鉄道を動かすつもりだったんだ? なあ、ユミス」
彼はそう言って、ユミスの胸倉をつかんだ。
「一発殴る代わりに、この鉄道をもらってくぜ」
ユミスの体が、高級そうな石畳の床に落ちた。ユミスはその場で、ただ呆けることしかできていなかった。
「あとは、現場の仕事だ」
エドワードはそう言うと、その場を去った。
「彼女は約束したよ。必ず、あんな悲惨な事故を起こさないような、安全な鉄道をつくるって」
屋敷に帰ったエドワードは、うずくまるミヤの背中にそう語りかける。
「なあ、ミヤ」
そう言いかけて、エドワードは言葉を呑んだ。彼女は、庭の一角に転がった石に向かって、必死に祈り続けていたからだ。
「それが、彼女の墓かい」
「はい、エドワード様」
ミヤはそういうと、エドワードに背を向けたまま肩を震わせた。
「彼女は、地獄から私を助け出してくれた人でした」
ぽたりと、地面が濡れた。
「私だけじゃない。たくさんの女の子が、彼女に助け出されました。なぜ、彼女は死ななければならなかったんですか?」
その問いに、エドワードは答えられなかった。
「なあ、ミヤ。私にも拝ませてくれ」
エドワードはそういうと、その小さな石の前に正座して、静かに拝み始めた。
「彼女は、何て名前だい?」
「ミルル。私に名乗った名前は、そうでした」
彼女が絞り出したような声でそう言うと、エドワードはその小さな頭を優しくなでてやった。
「こんど、アイリーンに頼んで名前を彫ってもらおう。シグナレスに相談して、しっかりとした墓にしてやろう。そして……」
こんどは、エドワードがミヤの涙をぬぐった。
「こんな世界、変えてやろう」
彼の言葉に、ミヤは静かに頷いた。
エスは、身軽な体一つで自分の住処へと帰還した。それは、帝都の南側にある小さな家だった。
彼は帰るなり、同居人たちにこう高らかに言い放った。
「やっぱり、彼の言うとおりだったよ」
そういうと、暇そうに寝ころんでいた同居人たちが、半ば興奮気味にエスの元に集った。
「ほう、その心は?」
「彼、逆水平チョップを繰り出しながら『力道山の空手チョップだ!』と叫んでいた」
すると、一人が腹を抱えて大笑いしだした。
「他にも、私の蹴りを見て、『スワンダイブ式のミサイルキックだと……』って」
エスはそういいながらエドワードの物まねを始める。すると、一番老けている男が、耐えられないとばかりに笑いをこぼした。
「いやはや、君の言ったとおりの人間らしいね、あの男は」
笑いながら、彼はそう言った。すると、”君”と呼びかけられた青年が胸を張る。
「やっぱりね。聞き間違いではないと思ったんですよ。だって、藤原不比等ですよ!?」
彼がそう言うと、全員が笑い転げた。まるで、その言葉が世紀の大爆笑ギャグであるかのように。
「白河法皇に明智小五郎だって? 次は誰が出てくるかな。東条英機?」
「いや、桐壺の更衣かもしれん」
「森鴎外かも?」
散々そう言って笑いあっていた彼らだったが、ふと真剣な雰囲気に戻る。
「しかし、これではっきりした。引き続き、彼の監視を行おう。エス、頼めるかい?」
「もちろん。彼は、我々の大いなる計画の歯車の中にいるのだから……」
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