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異世界急行 第一・第二 異世界事故調編
整理番号40:異世界盆踊り(Ver.丸の内)
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「うちのマリーに婚姻の話がやってきた」
レルフは呆れたような顔を見せた。
「どうやら、彼女をアリアル君と結婚させて、我々を支配するつもりらしい」
「あなたたちが実の親子だとしたら、それはてきめんだったかもしれませんね」
シグナレスも頭を抱えた。まさか、事態がこんな進展を見せよう事は、まったくもって彼女の想定外、いや、予想外だった。
「彼らの真の目的は?」
「我々の支配下にあるエドワード君を飼殺しにしたいようだ。彼は今、狂犬のごとき活躍をしているからね。この間も、エスパノ家との間でひと悶着あったようだ」
「我々を支配すればエドワードを押さえつけることができるだろうという発想それ自体があまりにも貧困ですわ。彼は根っからのレジスタンスでありプロレタリアート。支配者に支配されたままでいるわけがないじゃない」
彼らは純粋に考えが足りない、とシグナレスは切って捨てた。
「しかし、どうする。うちは下手に断ることはできんよ。同じ公爵家でも、あっちは親藩、こっちは外様だ。とても逆らえん」
一昔前なら我々の方が格上だったのに、とレルフはぼやく。そんな彼に対し、シグナレスの表情は冷ややかだ。
「まあそれは、そちらの都合に決めていただくことになるでしょう」
「何を言っているんだ。マリーを拾ったのは君で、時が来るまで彼女を預かってくれと頼んだのも君じゃないか」
レルフはその視線に抗議の色をにじませた。シグナレスはそれを笑っていなす。
「誰かが運命の歯車をいじったのよ」
「歯数比が変わったのか歯車比が変わったのかで状況は変わってくるぞ」
「そういう具体的な話をしてるんじゃないのです。問題は、私の予想の範疇を超えた方向へ事態が突き進んでいるということですわ」
シグナレスは呆れ半分といった口調でそう言う。
「問題の発端は、君の所のエドワード君だ。まずは彼の安全を確保するのが最優先だ」
「いえ、彼はこの世界に来てすぐに不潔な水を飲もうとした豪傑です。多少のことでは死にませんから後回しでよいでしょう。問題はマリーヌです」
事は思ったより深刻だ、と彼女は言う。
「運命線が遷移した以上、私のプランは崩壊しています。彼女の保護を優先しつつ、事をとりあえず前に進めましょう」
「わかった。ここは君の言うとおりにしよう。いやはや、やはりこういう時に頼りになるのは年の功……」
「女性の前で歳の話なんて、失礼な話だわ」
レルフのつぶやきに、シグナレスは露骨にへそを曲げた。それがおかしくて、レルフはころころ笑う。
「ともかく、これはエドワード君の存亡に関わる問題だ。これからは緊密に連絡を取り合い、行動を起こす必要がある。……君も、せっかく拾った彼を、ふいにしたくはないだろう」
「私は、彼がこの世界に登場するのをずっと待ちわびていたんですもの。逃しはしませんわ」
シグナレスがそう言うと、レルフは少し変な顔をした。
「ああ、もしかして、そういうことなのかい?」
「今はまだ、なんとも」
そう言って、シグナレスはいたずらっぽく口角をあげた。
「まったく、君といると退屈しないよ。私が君を拾い上げたのも、何かの運命だったのかもしれないね」
「きっと、そうに違いありませんわ」
シグナレスは、遠い目をしながらそう言った。
「あなたにはパーティーに出てもらうわ」
寝ぼけまなこのエドワードに、メイドのクリスはいきなりそう告げた。
「パーチー? なんだいそれは」
「貴族たちが集まっておしゃべりするの」
彼はそう聞いて、すぐに頭の中に政治資金パーティーが思い浮かんだ。
「汚職のにおいがするな。そんなものに私が出ないといけないのか」
「あなたが想像しているようなものじゃないわよ、きっと」
クリスはそう言った後で、その栗色の紙をくりくりといじりながら適当なたとえを思い浮かべた。
「そうね、いうなればお茶会みたいなものよ。みんなでお茶やお菓子をしばいて、ぺちゃくちゃしゃべったり、音楽を聴いたりするの」
「しばく?」
「ああ、えっと、食べたり、飲んだり」
エドワードはクリスの妙な言葉遣いが気になったが、今はそれどころではなかった。
「ともかく、私はそれに出席すればいいわけだ。だいたい何時間ぐらいで終わるかい?」
「あら、パーティーが始まる前から宴のたけなわを考えるだなんて、そんなの駄目よ。めんどうくさいって気持ちが前に出すぎだわ」
彼女はそう言って笑った。
「だいたい、なんで私はそんなものに出席せねばならんのだ」
「あなたは少し、貴族界に敵を作りすぎているわ。ここらであなたが人畜無害な人間だってことを示しておかないと」
「私は貴族社会の打倒を志している人間だぞ? 従順なわけあるか」
エドワードの口答えに、クリスは呆れたような顔をした。
「あなたは能ある鷹なんだから、爪は隠しなさってーの!」
ばしっ! 彼女はそう言いながらエドワードの背中に平手で赤い斑を付ける。
「ほら、さっさと着替えて!」
彼女は、自分でできるからと言い張るエドワードを無理やり着替えさせたのちに、やっと部屋から去ろうとした。
安堵のため息をつくエドワードに向かって、クリスはいう。
「……あなたが頑張ってるのは知っているから。いざとなったら、私はあなたの味方よ」
「姉さんみたいなことを言うんだな、君は」
クリスはやさしい顔をしていた。エドワードついそんなことを言ってしまった後で、その口を慌ててつぐんだ。
「そうね。わたしも、昔は誰かの姉だったわ」
彼女はそれだけ言うと、微笑みながら部屋を後にした。
パーチーというものは、社交を楽しみにしているものでなければずいぶんと退屈なものだ。
と、エドワードは目の前の状況を見ながら思うわけである。
「いやに場内が明るい。目がちかちかする」
魔法石で作られたランプは、エドワードの目には明るすぎた。エドワードはこっそり、その場を抜けようとする。と、その時、貴族の一人に声をかけられた。
「エドワード閣下ですな。ラッセル家の」
その男は嫌味な笑みを浮かべて、エドワードの手を引いた。
「今からはダンスの時間です。どうぞ踊っていってください」
横の女も、そんなことを言い出す。エドワードはきわめて不愉快だった。
「私はそう言うのは心得ていない」
「またまた、ご冗談を。あなたは東の国に留学なさっていたと聞きました。東方はこの世界でもダンスの盛んな地域です。さぞ、素晴らしいものを見せていただけるかと」
そう言う彼女は笑っていたが、目は冷えていた。エドワードの腹の中にふつふつと怒りが湧いてくるが、しかしここでケンカをおっぱじめても一銭の得にもならない。
エドワードは堪えに堪えて、いきなり手を叩き出した。
「私が滞在したのは辺境の辺境であるから、諸君らの求めるものと違うものかもしれん」
彼はおもむろに二歩下がると、前へ向かって歩みながら手で丸を作ったり、左右の手をそれぞれ前に突き出すなどの行動を始めた。
そして彼はその節々で必ず手を叩く。
「ちょちょんがちょん、ハイ!」
それは日本人が見れば誰でも一目でわかる、盆踊りスタイルだった。
彼は彼自身が丸の内音頭と呼ぶその歌を大声で歌いながら、パーティー会場のど真ん中で盆踊りを、それも燕尾服を着ながらやってのける。
当然、彼自身もそれが場違いな行為であることは知っていた。だが、彼に出来る踊りはこれか阿波踊りぐらいしかないのである。
エドワードは、もしこれで文句を言われたり嘲笑されたりしたら、それは東国への差別だと言いがかりをつけ、ひと悶着を起こしてやろうと思っていた。
だが、彼の音頭が終わると、エドワードの予想に反して彼らは拍手でそれを歓迎した。
「すばらしい民族舞踊だ。地元のエスニック文化まで会得してくるとは、並々ならぬ勉強をされたのだろう」
彼らはそんな事を口々に言い出した。
―――さすが国鉄スワローズの応援歌だ。この世界でもこの歌は受け入れられるようだな―――
エドワードはそんなことを思いながら、パーティーを抜け出した。
エドワードは会場を出たところにある庭に佇んでいた。夜はすっかり更けていて、見たこともない星空が空に浮かんでいた。
―――この世界に天の川は無いのだな。もしかしたら銀河系がないのかもしれん―――
星空に思いをはせていると、後ろから声をかけられる。
「エドワード様、ですよね?」
彼が振り返ると、そこには可憐な女性が居た。エドワードは少し驚きながら、彼女に挨拶をした。
「いかにも、私がエドワードです。あなたは?」
エドワードが少し慇懃に挨拶をすると、彼女も淑やかに返した。
「私はマリーヌ・マックレーでございます。エドワード様、お噂はかねがね」
そう聞いて、エドワードは背筋が凍る思いだった。
アリアルによれば、エドワードがエスパノ家相手に大暴れをしたその余波で、とばっちりを食う形で婚姻の話が持ち上がった人物である。
彼女に望まない結婚を強いた遠因が自分にあると思うと、エドワードは背筋が伸びる思いだ。
「この度は申し訳ない。私のせいで、あなたにも、あなたの親父さんにも迷惑をかけた」
エドワードは貴族が嫌いだ。だが、あの気のいい親父は嫌いではなかった。そして、彼女は全く関係のない赤の他人である。そんな二人に迷惑をかけたとあっては、エドワードは挙げる顔がない。
エドワードは深々と頭を下げた。
「いえ、これもなにかの運命ですから。どうか、エドワード様はお気になさらないでください」
さあ、お顔を上げてください。彼女はそう言って微笑んでくれた。
エドワードの心に、そのやさしさが染み渡る。
―――あの気のいい親父さんの娘だけあって、とてもいい人じゃないか―――
エドワードが顔を上げると、マリーヌはくすりと笑った。
「先ほどは、とても素晴らしい踊りをなさっていたそうですね。私はちょうど外していまして、見れませんでしたの」
彼女は残念そうにそう言った。
「なに、見るほどのものではありません。どうせ宴会の余興程度のものです」
彼は自嘲気味にそう言う。だが、それでもマリーヌは見てみたかったというのである。
「いずれ、見せてくださいね」
今度は、エドワードに向けてにっこりと微笑んだ。エドワードはなぜだか、心が跳ね上がる。
―――女はあいつ一人と決めたのだがな。まだまだ精進が足りん―――
エドワードは彼女からプイと顔をそむけた。そのまま見続けていると、謎の感情が彼を蝕んで悶えさせそうだったのだ。
「マックレー家とラッセル家は手を取り合って生きてきたと聞きます。どうかこれからも、よろしくお願いしますね」
彼女はそう言い残して、夜闇に消えた。
レルフは呆れたような顔を見せた。
「どうやら、彼女をアリアル君と結婚させて、我々を支配するつもりらしい」
「あなたたちが実の親子だとしたら、それはてきめんだったかもしれませんね」
シグナレスも頭を抱えた。まさか、事態がこんな進展を見せよう事は、まったくもって彼女の想定外、いや、予想外だった。
「彼らの真の目的は?」
「我々の支配下にあるエドワード君を飼殺しにしたいようだ。彼は今、狂犬のごとき活躍をしているからね。この間も、エスパノ家との間でひと悶着あったようだ」
「我々を支配すればエドワードを押さえつけることができるだろうという発想それ自体があまりにも貧困ですわ。彼は根っからのレジスタンスでありプロレタリアート。支配者に支配されたままでいるわけがないじゃない」
彼らは純粋に考えが足りない、とシグナレスは切って捨てた。
「しかし、どうする。うちは下手に断ることはできんよ。同じ公爵家でも、あっちは親藩、こっちは外様だ。とても逆らえん」
一昔前なら我々の方が格上だったのに、とレルフはぼやく。そんな彼に対し、シグナレスの表情は冷ややかだ。
「まあそれは、そちらの都合に決めていただくことになるでしょう」
「何を言っているんだ。マリーを拾ったのは君で、時が来るまで彼女を預かってくれと頼んだのも君じゃないか」
レルフはその視線に抗議の色をにじませた。シグナレスはそれを笑っていなす。
「誰かが運命の歯車をいじったのよ」
「歯数比が変わったのか歯車比が変わったのかで状況は変わってくるぞ」
「そういう具体的な話をしてるんじゃないのです。問題は、私の予想の範疇を超えた方向へ事態が突き進んでいるということですわ」
シグナレスは呆れ半分といった口調でそう言う。
「問題の発端は、君の所のエドワード君だ。まずは彼の安全を確保するのが最優先だ」
「いえ、彼はこの世界に来てすぐに不潔な水を飲もうとした豪傑です。多少のことでは死にませんから後回しでよいでしょう。問題はマリーヌです」
事は思ったより深刻だ、と彼女は言う。
「運命線が遷移した以上、私のプランは崩壊しています。彼女の保護を優先しつつ、事をとりあえず前に進めましょう」
「わかった。ここは君の言うとおりにしよう。いやはや、やはりこういう時に頼りになるのは年の功……」
「女性の前で歳の話なんて、失礼な話だわ」
レルフのつぶやきに、シグナレスは露骨にへそを曲げた。それがおかしくて、レルフはころころ笑う。
「ともかく、これはエドワード君の存亡に関わる問題だ。これからは緊密に連絡を取り合い、行動を起こす必要がある。……君も、せっかく拾った彼を、ふいにしたくはないだろう」
「私は、彼がこの世界に登場するのをずっと待ちわびていたんですもの。逃しはしませんわ」
シグナレスがそう言うと、レルフは少し変な顔をした。
「ああ、もしかして、そういうことなのかい?」
「今はまだ、なんとも」
そう言って、シグナレスはいたずらっぽく口角をあげた。
「まったく、君といると退屈しないよ。私が君を拾い上げたのも、何かの運命だったのかもしれないね」
「きっと、そうに違いありませんわ」
シグナレスは、遠い目をしながらそう言った。
「あなたにはパーティーに出てもらうわ」
寝ぼけまなこのエドワードに、メイドのクリスはいきなりそう告げた。
「パーチー? なんだいそれは」
「貴族たちが集まっておしゃべりするの」
彼はそう聞いて、すぐに頭の中に政治資金パーティーが思い浮かんだ。
「汚職のにおいがするな。そんなものに私が出ないといけないのか」
「あなたが想像しているようなものじゃないわよ、きっと」
クリスはそう言った後で、その栗色の紙をくりくりといじりながら適当なたとえを思い浮かべた。
「そうね、いうなればお茶会みたいなものよ。みんなでお茶やお菓子をしばいて、ぺちゃくちゃしゃべったり、音楽を聴いたりするの」
「しばく?」
「ああ、えっと、食べたり、飲んだり」
エドワードはクリスの妙な言葉遣いが気になったが、今はそれどころではなかった。
「ともかく、私はそれに出席すればいいわけだ。だいたい何時間ぐらいで終わるかい?」
「あら、パーティーが始まる前から宴のたけなわを考えるだなんて、そんなの駄目よ。めんどうくさいって気持ちが前に出すぎだわ」
彼女はそう言って笑った。
「だいたい、なんで私はそんなものに出席せねばならんのだ」
「あなたは少し、貴族界に敵を作りすぎているわ。ここらであなたが人畜無害な人間だってことを示しておかないと」
「私は貴族社会の打倒を志している人間だぞ? 従順なわけあるか」
エドワードの口答えに、クリスは呆れたような顔をした。
「あなたは能ある鷹なんだから、爪は隠しなさってーの!」
ばしっ! 彼女はそう言いながらエドワードの背中に平手で赤い斑を付ける。
「ほら、さっさと着替えて!」
彼女は、自分でできるからと言い張るエドワードを無理やり着替えさせたのちに、やっと部屋から去ろうとした。
安堵のため息をつくエドワードに向かって、クリスはいう。
「……あなたが頑張ってるのは知っているから。いざとなったら、私はあなたの味方よ」
「姉さんみたいなことを言うんだな、君は」
クリスはやさしい顔をしていた。エドワードついそんなことを言ってしまった後で、その口を慌ててつぐんだ。
「そうね。わたしも、昔は誰かの姉だったわ」
彼女はそれだけ言うと、微笑みながら部屋を後にした。
パーチーというものは、社交を楽しみにしているものでなければずいぶんと退屈なものだ。
と、エドワードは目の前の状況を見ながら思うわけである。
「いやに場内が明るい。目がちかちかする」
魔法石で作られたランプは、エドワードの目には明るすぎた。エドワードはこっそり、その場を抜けようとする。と、その時、貴族の一人に声をかけられた。
「エドワード閣下ですな。ラッセル家の」
その男は嫌味な笑みを浮かべて、エドワードの手を引いた。
「今からはダンスの時間です。どうぞ踊っていってください」
横の女も、そんなことを言い出す。エドワードはきわめて不愉快だった。
「私はそう言うのは心得ていない」
「またまた、ご冗談を。あなたは東の国に留学なさっていたと聞きました。東方はこの世界でもダンスの盛んな地域です。さぞ、素晴らしいものを見せていただけるかと」
そう言う彼女は笑っていたが、目は冷えていた。エドワードの腹の中にふつふつと怒りが湧いてくるが、しかしここでケンカをおっぱじめても一銭の得にもならない。
エドワードは堪えに堪えて、いきなり手を叩き出した。
「私が滞在したのは辺境の辺境であるから、諸君らの求めるものと違うものかもしれん」
彼はおもむろに二歩下がると、前へ向かって歩みながら手で丸を作ったり、左右の手をそれぞれ前に突き出すなどの行動を始めた。
そして彼はその節々で必ず手を叩く。
「ちょちょんがちょん、ハイ!」
それは日本人が見れば誰でも一目でわかる、盆踊りスタイルだった。
彼は彼自身が丸の内音頭と呼ぶその歌を大声で歌いながら、パーティー会場のど真ん中で盆踊りを、それも燕尾服を着ながらやってのける。
当然、彼自身もそれが場違いな行為であることは知っていた。だが、彼に出来る踊りはこれか阿波踊りぐらいしかないのである。
エドワードは、もしこれで文句を言われたり嘲笑されたりしたら、それは東国への差別だと言いがかりをつけ、ひと悶着を起こしてやろうと思っていた。
だが、彼の音頭が終わると、エドワードの予想に反して彼らは拍手でそれを歓迎した。
「すばらしい民族舞踊だ。地元のエスニック文化まで会得してくるとは、並々ならぬ勉強をされたのだろう」
彼らはそんな事を口々に言い出した。
―――さすが国鉄スワローズの応援歌だ。この世界でもこの歌は受け入れられるようだな―――
エドワードはそんなことを思いながら、パーティーを抜け出した。
エドワードは会場を出たところにある庭に佇んでいた。夜はすっかり更けていて、見たこともない星空が空に浮かんでいた。
―――この世界に天の川は無いのだな。もしかしたら銀河系がないのかもしれん―――
星空に思いをはせていると、後ろから声をかけられる。
「エドワード様、ですよね?」
彼が振り返ると、そこには可憐な女性が居た。エドワードは少し驚きながら、彼女に挨拶をした。
「いかにも、私がエドワードです。あなたは?」
エドワードが少し慇懃に挨拶をすると、彼女も淑やかに返した。
「私はマリーヌ・マックレーでございます。エドワード様、お噂はかねがね」
そう聞いて、エドワードは背筋が凍る思いだった。
アリアルによれば、エドワードがエスパノ家相手に大暴れをしたその余波で、とばっちりを食う形で婚姻の話が持ち上がった人物である。
彼女に望まない結婚を強いた遠因が自分にあると思うと、エドワードは背筋が伸びる思いだ。
「この度は申し訳ない。私のせいで、あなたにも、あなたの親父さんにも迷惑をかけた」
エドワードは貴族が嫌いだ。だが、あの気のいい親父は嫌いではなかった。そして、彼女は全く関係のない赤の他人である。そんな二人に迷惑をかけたとあっては、エドワードは挙げる顔がない。
エドワードは深々と頭を下げた。
「いえ、これもなにかの運命ですから。どうか、エドワード様はお気になさらないでください」
さあ、お顔を上げてください。彼女はそう言って微笑んでくれた。
エドワードの心に、そのやさしさが染み渡る。
―――あの気のいい親父さんの娘だけあって、とてもいい人じゃないか―――
エドワードが顔を上げると、マリーヌはくすりと笑った。
「先ほどは、とても素晴らしい踊りをなさっていたそうですね。私はちょうど外していまして、見れませんでしたの」
彼女は残念そうにそう言った。
「なに、見るほどのものではありません。どうせ宴会の余興程度のものです」
彼は自嘲気味にそう言う。だが、それでもマリーヌは見てみたかったというのである。
「いずれ、見せてくださいね」
今度は、エドワードに向けてにっこりと微笑んだ。エドワードはなぜだか、心が跳ね上がる。
―――女はあいつ一人と決めたのだがな。まだまだ精進が足りん―――
エドワードは彼女からプイと顔をそむけた。そのまま見続けていると、謎の感情が彼を蝕んで悶えさせそうだったのだ。
「マックレー家とラッセル家は手を取り合って生きてきたと聞きます。どうかこれからも、よろしくお願いしますね」
彼女はそう言い残して、夜闇に消えた。
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