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異世界急行 第三 サンロード事故調査会編
整理番号41:邂逅
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エドワードにも休みというものがある。
事故調査に運転と多忙を極めている彼ではあったが、いや、そうであるからこそ、彼には休息というものがあった。
きっかけはヨステンの一言である。
「エドワードさんや、最近ちぃと働きすぎやしませんかね」
この一言で、エドワードはしばらくのあいだ休暇を強制されることになってしまった。
幸いなことに近頃は事故も少なく、エドワードへの出動要請もない。エドワードはこの休暇を、精一杯満喫することにした。
エドワードは仕事人間である。最初からそうであったわけではないが、少なくとも死んだその時には昭和の人間でさえ呆れかえるほどの仕事人間であった。
そんな彼が休暇にすることと言えば、それは一つに決まっている。
そう、仕事である。
彼は屋敷のボイラーにやってきて、発火石の投げ込みを手伝い始めた。
「やあみんな、久しぶりだな。元気にしていたか」
朗らかにそう挨拶しながら、彼は上機嫌にスコップを手に取った。
「エドワードの兄貴! お久しぶりです。今日は休暇だときいてましたけど」
一人が挨拶を返してくれた。彼はエドワードが屋敷に来たときに、一番先頭でせせら笑っていた男だ。そんな彼も、今ではエドワードと良好な関係を築いている。
「ああ。だからたまには、ここで汗を流そうと思ってね」
そう言ってエドワードがボイラーの方へ近寄ると、見慣れない顔がそこにはあった。
「もーまじ最悪。つらたん」
彼女はそう言いながらスコップを放り投げた。
「彼女は?」
エドワードがそう聞くと彼が答えてくれた。
「ゲラルドの兄貴が奴隷市場で拾ってきた子ですよ。何をやらせてもからっきしなので困っているところです」
「ほう。何て名前だい」
「本人は”ヒメリン”と名乗っていました。全く聞いたことが無い名前です。いやあ、どこの種族の出身なんでしょうね」
エドワードはそう言われて俄然興味が湧いてきた。こういうやる気のなさそうな人間を根気よく教育するのは、エドワードが最も大好きなことだ。
エドワードが彼女のふてくされた顔を見て、男庭を思い出した。彼女はどことなく、懐かしい雰囲気があった。
「よし、俺が指導してやろう」
エドワードは意気揚々と彼女に近づいて行った。その時だった。
「ああ、エドワードの兄貴! だめですよ!」
後ろからガシッと大男に羽交い絞めにされた。その大男とは、ボイラー番の棟梁であるゲラルドの事である。
「なんだゲラルド、いたのか」
「久しぶりに釜に来てくれたのはうれしいですけれども、今日の兄貴は休暇なのでダメです!」
「なぜだ。これは仕事に入らんだろう」
「何を言ってるんですか。これは立派な労働ですよ! ほら、今日はお茶でも呑んでゆっくりするなり、散歩でもするなりして体を休めてください!」
そう言うゲラルドに押し出され、エドワードは屋敷を追い出された。
「まったく、まさか労働を拒否される日が来るとは思わなんだ」
彼はそうつぶやいて、散歩を始めた。
太陽が高く昇り始め、気温は真夏のように上がり始める。ついこの前まで快適なからっ風を提供していた空気も、今は不愉快なほどに湿り気を帯びていた。
その風に触れ、エドワードはつい笑みがこぼれた。
「まるで日本の夏のようだ」
不愉快極まりない、日本の夏。蚊取り線香を焚いても蚊はやってくるし、呼吸が苦しくなるほどに湿気は多く、太陽は容赦なく照り付けてくる。
そんな世界には、別れを告げたはずだった。
あの日、目覚めたとき。湿気の少ない空気に、エドワードは清々した想いだった。だけれども、この世界がまるで日本の夏のような空気になっていくことが、エドワードの心を少しだけくすぐった。
エドワードは照り付ける太陽を睨みつけながら思う。
「喪ったとたんに恋しくなるのが、親と祖国ってね」
炎天で彼は一人、つばを飲み込んだ。そののどは、麦茶を欲していた。
空を見上げていると、向こうから鳥のようなものが飛んでくるのが見えた。それは近づいてくるほどに姿が大きくなってくる。エドワードはびっくりして声を上げた。
「でっかい鳥だなぁ。恐竜ぐらいあるんじゃないのか」
彼のそれは純然たる独り言であったが、しかしその言葉に答える者がいた。
「あれはドラゴンですよ。つまりは龍です。ご存じありませんか」
その声の主はエスだった。エドワードはそれに驚いて振り返ると、エスは笑いながら会釈をした。
「屋敷に伺ったら、散歩に出たと言われたもんでね」
「身体を休めろと追い出されっちまったもんだから、仕方なく」
エドワードがそう言うと、上空で龍が啼いた。
その声はぴんひょろろと情けのない、それでいて少し情緒がある啼き声だった。エドワードはそれが少し懐かしく感じる。
「龍はまるでとんびの用に啼くんですなぁ」
「ええ。私も初めて聞いたときは驚きました。童謡と同じ啼き方をするもんですから」
エスはそう言って歌を歌い始めた。
飛べ、飛べ、とんび。そらたかく。
ぴんひょろろ、ぴんひょろろ。
エドワードにも聴きなじみのある、昔懐かしい童謡だ。
「懐かしいなぁ。滅多に見なくなってしまって……」
「時代劇なんかだと、いつもこの鳥の音色が響きますよね。ちなみに、エドワードさんはなんの時代劇がお好きですか?」
「私は忠臣蔵が好きだ。あれはいつ見てもいいものだ……。え?」
そこまで言って、エドワードの意識が凍り付いた。手がひとりでに震えだす。それは何かのまやかしではなく、エドワードの魂が異常な興奮を覚えているからである。
「なあ、君。なぜ君がその歌を知っているんだ?」
エスにそう問いかける。すると、彼は邪悪な笑みを見せた。
「私は、平家物語が好きですよ」
彼はそれだけ言うと、混乱するエドワードの手を引いた。
エスは小さな家に連れ込まれた。靴を脱がされ、薄暗い部屋に追いやられる。混乱したままのエドワードは大声で叫んだ。
「何が何だかわからん。説明をしてくれ!」
「まあまあお客人、そう慌てなさんな」
暗闇の中で一人がそう声をかけた。エドワードがその声の主を探すと、その主はのっそりとエドワードの目の前に現れた。
「エドワード・ラッセルさん。事故調査に鉄道の運転にと面目躍如のご活躍をされているようですな」
目の前の男は、面妖な爺だった。彼は淡々とエドワードについての情報を読み上げる。
「やい、爺さん。いったい何が目的だ!」
気が付くと、エドワードはエスを含む数人に囲まれていた。そう言えばと、エドワードは思い出す。
―――ダクターはその身柄を狙われるとシグナレスから教わったじゃないか。まかさ、こいつらは……!―――
エドワードは身構える。そんな彼を嘲笑うように、爺は一言、エドワードに問いかけた。
「エドワードさん。あなた……日本人ですね?」
それはあくまでも問いかけではあったが、雰囲気が問いかけの体をなしていない。それは間違いなく、事実の確認であった。
「だったら、どうする……っ!」
エドワードはもう、こういうしかない。渋面から飛び出した言葉に、爺は笑った。
「さて、そろそろ種明かしと行きましょうか」
爺がそう言うと、部屋に明かりが灯った。エドワードはそのまぶしさに目をくらましていたが、だんだんとあたりが見えてくるようになる。すると、目の前に衝撃的な光景が広がっていた。
「なんだ、ここは……」
そこは、床がフローリングであることを除けば、まるで日本家屋のようであった。
漆喰で固められた壁、茶と白の色彩だけで構成された間取り。そして奥の壁にはまるで床の間のような場所があり、そこには生け花と何らかの書のようなものが飾られている。
エドワードはびっくりしてひっくり返った。なぜなら、そこに書いてあったのはまぎれもなく漢字だったからだ。
「なんだこれは……。あんたら、まさか!」
エドワードの言葉に、爺は微笑んだ。
「ようこそ、サンロード日本人組合へ。我々はあなたを歓迎する」
その顔はまるで、ドッキリ大成功、とでも言いたげな顔だった。その顔に一人、エドワードは頭を抱えた。
事故調査に運転と多忙を極めている彼ではあったが、いや、そうであるからこそ、彼には休息というものがあった。
きっかけはヨステンの一言である。
「エドワードさんや、最近ちぃと働きすぎやしませんかね」
この一言で、エドワードはしばらくのあいだ休暇を強制されることになってしまった。
幸いなことに近頃は事故も少なく、エドワードへの出動要請もない。エドワードはこの休暇を、精一杯満喫することにした。
エドワードは仕事人間である。最初からそうであったわけではないが、少なくとも死んだその時には昭和の人間でさえ呆れかえるほどの仕事人間であった。
そんな彼が休暇にすることと言えば、それは一つに決まっている。
そう、仕事である。
彼は屋敷のボイラーにやってきて、発火石の投げ込みを手伝い始めた。
「やあみんな、久しぶりだな。元気にしていたか」
朗らかにそう挨拶しながら、彼は上機嫌にスコップを手に取った。
「エドワードの兄貴! お久しぶりです。今日は休暇だときいてましたけど」
一人が挨拶を返してくれた。彼はエドワードが屋敷に来たときに、一番先頭でせせら笑っていた男だ。そんな彼も、今ではエドワードと良好な関係を築いている。
「ああ。だからたまには、ここで汗を流そうと思ってね」
そう言ってエドワードがボイラーの方へ近寄ると、見慣れない顔がそこにはあった。
「もーまじ最悪。つらたん」
彼女はそう言いながらスコップを放り投げた。
「彼女は?」
エドワードがそう聞くと彼が答えてくれた。
「ゲラルドの兄貴が奴隷市場で拾ってきた子ですよ。何をやらせてもからっきしなので困っているところです」
「ほう。何て名前だい」
「本人は”ヒメリン”と名乗っていました。全く聞いたことが無い名前です。いやあ、どこの種族の出身なんでしょうね」
エドワードはそう言われて俄然興味が湧いてきた。こういうやる気のなさそうな人間を根気よく教育するのは、エドワードが最も大好きなことだ。
エドワードが彼女のふてくされた顔を見て、男庭を思い出した。彼女はどことなく、懐かしい雰囲気があった。
「よし、俺が指導してやろう」
エドワードは意気揚々と彼女に近づいて行った。その時だった。
「ああ、エドワードの兄貴! だめですよ!」
後ろからガシッと大男に羽交い絞めにされた。その大男とは、ボイラー番の棟梁であるゲラルドの事である。
「なんだゲラルド、いたのか」
「久しぶりに釜に来てくれたのはうれしいですけれども、今日の兄貴は休暇なのでダメです!」
「なぜだ。これは仕事に入らんだろう」
「何を言ってるんですか。これは立派な労働ですよ! ほら、今日はお茶でも呑んでゆっくりするなり、散歩でもするなりして体を休めてください!」
そう言うゲラルドに押し出され、エドワードは屋敷を追い出された。
「まったく、まさか労働を拒否される日が来るとは思わなんだ」
彼はそうつぶやいて、散歩を始めた。
太陽が高く昇り始め、気温は真夏のように上がり始める。ついこの前まで快適なからっ風を提供していた空気も、今は不愉快なほどに湿り気を帯びていた。
その風に触れ、エドワードはつい笑みがこぼれた。
「まるで日本の夏のようだ」
不愉快極まりない、日本の夏。蚊取り線香を焚いても蚊はやってくるし、呼吸が苦しくなるほどに湿気は多く、太陽は容赦なく照り付けてくる。
そんな世界には、別れを告げたはずだった。
あの日、目覚めたとき。湿気の少ない空気に、エドワードは清々した想いだった。だけれども、この世界がまるで日本の夏のような空気になっていくことが、エドワードの心を少しだけくすぐった。
エドワードは照り付ける太陽を睨みつけながら思う。
「喪ったとたんに恋しくなるのが、親と祖国ってね」
炎天で彼は一人、つばを飲み込んだ。そののどは、麦茶を欲していた。
空を見上げていると、向こうから鳥のようなものが飛んでくるのが見えた。それは近づいてくるほどに姿が大きくなってくる。エドワードはびっくりして声を上げた。
「でっかい鳥だなぁ。恐竜ぐらいあるんじゃないのか」
彼のそれは純然たる独り言であったが、しかしその言葉に答える者がいた。
「あれはドラゴンですよ。つまりは龍です。ご存じありませんか」
その声の主はエスだった。エドワードはそれに驚いて振り返ると、エスは笑いながら会釈をした。
「屋敷に伺ったら、散歩に出たと言われたもんでね」
「身体を休めろと追い出されっちまったもんだから、仕方なく」
エドワードがそう言うと、上空で龍が啼いた。
その声はぴんひょろろと情けのない、それでいて少し情緒がある啼き声だった。エドワードはそれが少し懐かしく感じる。
「龍はまるでとんびの用に啼くんですなぁ」
「ええ。私も初めて聞いたときは驚きました。童謡と同じ啼き方をするもんですから」
エスはそう言って歌を歌い始めた。
飛べ、飛べ、とんび。そらたかく。
ぴんひょろろ、ぴんひょろろ。
エドワードにも聴きなじみのある、昔懐かしい童謡だ。
「懐かしいなぁ。滅多に見なくなってしまって……」
「時代劇なんかだと、いつもこの鳥の音色が響きますよね。ちなみに、エドワードさんはなんの時代劇がお好きですか?」
「私は忠臣蔵が好きだ。あれはいつ見てもいいものだ……。え?」
そこまで言って、エドワードの意識が凍り付いた。手がひとりでに震えだす。それは何かのまやかしではなく、エドワードの魂が異常な興奮を覚えているからである。
「なあ、君。なぜ君がその歌を知っているんだ?」
エスにそう問いかける。すると、彼は邪悪な笑みを見せた。
「私は、平家物語が好きですよ」
彼はそれだけ言うと、混乱するエドワードの手を引いた。
エスは小さな家に連れ込まれた。靴を脱がされ、薄暗い部屋に追いやられる。混乱したままのエドワードは大声で叫んだ。
「何が何だかわからん。説明をしてくれ!」
「まあまあお客人、そう慌てなさんな」
暗闇の中で一人がそう声をかけた。エドワードがその声の主を探すと、その主はのっそりとエドワードの目の前に現れた。
「エドワード・ラッセルさん。事故調査に鉄道の運転にと面目躍如のご活躍をされているようですな」
目の前の男は、面妖な爺だった。彼は淡々とエドワードについての情報を読み上げる。
「やい、爺さん。いったい何が目的だ!」
気が付くと、エドワードはエスを含む数人に囲まれていた。そう言えばと、エドワードは思い出す。
―――ダクターはその身柄を狙われるとシグナレスから教わったじゃないか。まかさ、こいつらは……!―――
エドワードは身構える。そんな彼を嘲笑うように、爺は一言、エドワードに問いかけた。
「エドワードさん。あなた……日本人ですね?」
それはあくまでも問いかけではあったが、雰囲気が問いかけの体をなしていない。それは間違いなく、事実の確認であった。
「だったら、どうする……っ!」
エドワードはもう、こういうしかない。渋面から飛び出した言葉に、爺は笑った。
「さて、そろそろ種明かしと行きましょうか」
爺がそう言うと、部屋に明かりが灯った。エドワードはそのまぶしさに目をくらましていたが、だんだんとあたりが見えてくるようになる。すると、目の前に衝撃的な光景が広がっていた。
「なんだ、ここは……」
そこは、床がフローリングであることを除けば、まるで日本家屋のようであった。
漆喰で固められた壁、茶と白の色彩だけで構成された間取り。そして奥の壁にはまるで床の間のような場所があり、そこには生け花と何らかの書のようなものが飾られている。
エドワードはびっくりしてひっくり返った。なぜなら、そこに書いてあったのはまぎれもなく漢字だったからだ。
「なんだこれは……。あんたら、まさか!」
エドワードの言葉に、爺は微笑んだ。
「ようこそ、サンロード日本人組合へ。我々はあなたを歓迎する」
その顔はまるで、ドッキリ大成功、とでも言いたげな顔だった。その顔に一人、エドワードは頭を抱えた。
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