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第1話 婚約破棄宣言
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第1話 婚約破棄宣言
その日は、春の祝賀式典としては不釣り合いなほど、空気が張りつめていた。
王宮大広間。
貴族たちがずらりと並ぶ中、壇上に立つ王太子エドガルド・ヴァルシュタインの表情は、どこか芝居がかった高揚に満ちている。
そして、その数歩後ろに立つのが――
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ侯爵令嬢だった。
背筋を伸ばし、淡い銀色のドレスに身を包んだ彼女は、周囲の視線を一身に集めていた。
整った容姿、非の打ちどころのない所作。
その完璧さが、彼女を称賛と嫉妬の両方の的にしていることを、ディアナ自身はよく理解している。
(……ずいぶんと、もったいぶった演出ですわね)
内心でそう呟きながらも、彼女の表情は穏やかな微笑みを崩さない。
やがて、エドガルドが大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「諸君! 本日は、皆に重大な発表がある!」
ざわり、と空気が揺れる。
ディアナは、ほんのわずかに目を伏せた。
来る――そう確信していた。
「私は本日をもって、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベとの婚約を破棄する!」
瞬間、大広間が凍りついた。
次いで、遅れてざわめきが爆発する。
「なっ……」 「婚約破棄ですって……?」 「侯爵家の令嬢を?」
視線が一斉にディアナへと集まる。
彼女は、その重圧を真正面から受け止め――そして、ゆっくりと唇を震わせた。
「……え……?」
声はかすれ、瞳は潤む。
完璧に計算された反応だった。
エドガルドは、その様子に満足そうに頷き、続ける。
「理由は簡単だ。彼女は……完璧すぎる」
ざわり。
「正論ばかりを口にし、感情というものがない。常に正しく、常に有能……だが、それでは息が詰まる!」 「私は、もっと“可愛げのある女性”を妻に迎えたいのだ」
そう言って、彼は一人の少女を手招きした。
淡い色のドレスを着た、華奢な平民令嬢――フィオナ。
「彼女こそ、私が真に愛する女性だ」
フィオナは怯えたように一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。
同情を誘うには十分な仕草だった。
その光景を前に、貴族たちの視線は再びディアナへと戻る。
「可哀想に……」 「完璧すぎるのも罪なのね……」
囁き声が耳に届く。
――けれど。
(……ああ、やっぱり)
ディアナの胸の内には、怒りも悲しみもなかった。
(来ましたわね。ついに)
長年、彼女は支えてきた。
王太子の無数の失策を、帳簿の裏で。
外交文書の矛盾を、夜通しで。
彼が「有能」と評価される裏で、黙って。
それが当然だと思っていた。
思っていた、のだ。
だが――。
(完璧すぎて、可愛げがない……ですか)
心の奥で、静かな笑いがこみ上げる。
(それはつまり、あなたが“何もできていなかった”という告白では?)
しかし、それを口にするつもりはない。
ディアナは一歩前に出て、深く頭を下げた。
「……王太子殿下。ご判断、謹んでお受けいたします」
その声は震え、涙が一粒、床に落ちる。
だが、それは演技だった。
(やっと……やっとですわ)
内心では、盛大な拍手喝采が鳴り響いている。
(これで、解放される)
王太子の無能を隠す役目から。
王宮という名の檻から。
「完璧であれ」と押し付けられた役割から。
エドガルドは、ディアナが素直に引き下がったことに拍子抜けしたようだったが、すぐに満足げな笑みを浮かべた。
「理解が早くて助かる。これで互いに前に進めるだろう」
「……はい。お二人のご多幸を、お祈り申し上げます」
ディアナはそう言い、静かに場を辞した。
背中に注がれる視線を感じながら、彼女は心の中でそっと呟く。
(前に進むのは――私の方ですわ)
この婚約破棄が、
“終わり”ではなく、“始まり”であることを。
まだ誰も、知らなかった。
その日は、春の祝賀式典としては不釣り合いなほど、空気が張りつめていた。
王宮大広間。
貴族たちがずらりと並ぶ中、壇上に立つ王太子エドガルド・ヴァルシュタインの表情は、どこか芝居がかった高揚に満ちている。
そして、その数歩後ろに立つのが――
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ侯爵令嬢だった。
背筋を伸ばし、淡い銀色のドレスに身を包んだ彼女は、周囲の視線を一身に集めていた。
整った容姿、非の打ちどころのない所作。
その完璧さが、彼女を称賛と嫉妬の両方の的にしていることを、ディアナ自身はよく理解している。
(……ずいぶんと、もったいぶった演出ですわね)
内心でそう呟きながらも、彼女の表情は穏やかな微笑みを崩さない。
やがて、エドガルドが大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「諸君! 本日は、皆に重大な発表がある!」
ざわり、と空気が揺れる。
ディアナは、ほんのわずかに目を伏せた。
来る――そう確信していた。
「私は本日をもって、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベとの婚約を破棄する!」
瞬間、大広間が凍りついた。
次いで、遅れてざわめきが爆発する。
「なっ……」 「婚約破棄ですって……?」 「侯爵家の令嬢を?」
視線が一斉にディアナへと集まる。
彼女は、その重圧を真正面から受け止め――そして、ゆっくりと唇を震わせた。
「……え……?」
声はかすれ、瞳は潤む。
完璧に計算された反応だった。
エドガルドは、その様子に満足そうに頷き、続ける。
「理由は簡単だ。彼女は……完璧すぎる」
ざわり。
「正論ばかりを口にし、感情というものがない。常に正しく、常に有能……だが、それでは息が詰まる!」 「私は、もっと“可愛げのある女性”を妻に迎えたいのだ」
そう言って、彼は一人の少女を手招きした。
淡い色のドレスを着た、華奢な平民令嬢――フィオナ。
「彼女こそ、私が真に愛する女性だ」
フィオナは怯えたように一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。
同情を誘うには十分な仕草だった。
その光景を前に、貴族たちの視線は再びディアナへと戻る。
「可哀想に……」 「完璧すぎるのも罪なのね……」
囁き声が耳に届く。
――けれど。
(……ああ、やっぱり)
ディアナの胸の内には、怒りも悲しみもなかった。
(来ましたわね。ついに)
長年、彼女は支えてきた。
王太子の無数の失策を、帳簿の裏で。
外交文書の矛盾を、夜通しで。
彼が「有能」と評価される裏で、黙って。
それが当然だと思っていた。
思っていた、のだ。
だが――。
(完璧すぎて、可愛げがない……ですか)
心の奥で、静かな笑いがこみ上げる。
(それはつまり、あなたが“何もできていなかった”という告白では?)
しかし、それを口にするつもりはない。
ディアナは一歩前に出て、深く頭を下げた。
「……王太子殿下。ご判断、謹んでお受けいたします」
その声は震え、涙が一粒、床に落ちる。
だが、それは演技だった。
(やっと……やっとですわ)
内心では、盛大な拍手喝采が鳴り響いている。
(これで、解放される)
王太子の無能を隠す役目から。
王宮という名の檻から。
「完璧であれ」と押し付けられた役割から。
エドガルドは、ディアナが素直に引き下がったことに拍子抜けしたようだったが、すぐに満足げな笑みを浮かべた。
「理解が早くて助かる。これで互いに前に進めるだろう」
「……はい。お二人のご多幸を、お祈り申し上げます」
ディアナはそう言い、静かに場を辞した。
背中に注がれる視線を感じながら、彼女は心の中でそっと呟く。
(前に進むのは――私の方ですわ)
この婚約破棄が、
“終わり”ではなく、“始まり”であることを。
まだ誰も、知らなかった。
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