白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

文字の大きさ
15 / 41

第15話 王宮の焦り

しおりを挟む
第15話 王宮の焦り

 王宮の空気は、目に見えないところで確実に変わっていた。

 静かに、しかし確実に――
 歯車が噛み合わなくなっている。

「……以上が、今月分の報告です」

 重臣の一人が、慎重な口調で告げた。

 王太子エドガルド・ヴァルシュタインは、玉座の脇に設けられた席で腕を組み、黙って報告書を睨んでいる。

 内容は、どれも些細だ。

 地方からの嘆願が増えている。
 判断が遅れている。
 対応に一貫性がない。

 ――どれも、致命傷ではない。

 だが。

(……以前は、こんなことはなかった)

 エドガルドは、無意識に舌打ちしそうになるのを堪えた。

「殿下?」

 声をかけられ、顔を上げる。

「……続けろ」

 次に差し出されたのは、外交関係の進捗表だった。

「隣国との交渉ですが……」 「条件整理に時間を要しております」

「なぜだ」

 低く問う。

 重臣は、一瞬言葉を詰まらせた。

「……優先順位が、定まらず」

 その瞬間、エドガルドの胸に、はっきりとした苛立ちが生じた。

(そんなはずはない)

 王太子である自分がいる。
 決断するのは、自分だ。

 だが――。

(……なぜ、決めきれない)

 かつては、迷いなく処理できていた。

 書類は自然と整理され、
 重要なものは前に出てきた。

 それを――。

(……誰が、やっていた?)

 答えは、分かっている。

 だが、認めたくなかった。

「……殿下」

 今度は、別の重臣が声を上げる。

「最近、民の間で噂がございます」

「噂?」

「シュヴァルツハルト公爵領のことです」

 エドガルドの指が、ぴくりと動いた。

「……続けろ」

「公爵領では、嘆願の処理が早く、治安も安定していると」 「“無駄がなくなった”と評判です」

 重臣は、言葉を選びながら続ける。

「そして……」 「公爵夫人の評判が、非常に良い」

 沈黙。

 エドガルドの視線が、報告書からゆっくりと持ち上がる。

「……公爵夫人?」

「はい。ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ様です」

 その名を聞いた瞬間、
 胸の奥が、はっきりと軋んだ。

(……またか)

 白い結婚。
 形だけの妻。

 そう思っていたはずなのに。

「……具体的には?」

 声が、思った以上に硬かった。

「使用人の動線整理、嘆願の分類、領民への対応方針……」 「公爵が前から行っていたこともありますが……」 「“整えた”のは、夫人だと」

 エドガルドは、無言で聞いている。

(……整えた)

 その言葉が、胸に刺さる。

 王宮で、同じことをしていた人物を――
 彼は、知っている。

 会議が終わり、人が去った後。

 エドガルドは、一人で席に残っていた。

「……なぜ、こうなる」

 呟きは、誰にも届かない。

 ディアナは、完璧すぎる。
 そう思っていた。

 感情がない。
 面白みがない。

 ――だから、不要だと。

 だが。

(……不要だったのは、本当に彼女か?)

 机の上の書類に、視線を落とす。

 整理されていない。
 重要度が混在している。

 以前なら、
 「これは後で」「これは今」
 そう自然に分かれていた。

 誰が、それをしていた?

 答えは、もう否定できない。

「……セシ……いや」

 口にしかけて、止める。

 今の婚約者、フィオナは――
 悪いわけではない。

 だが、政治の場では、軽すぎる。

(……気づかなかった)

 いや。

(……見ないようにしていた)

 その日の夜。

 エドガルドは、王宮の回廊を歩いていた。

 ふと、窓の外を見る。

 遠く、シュヴァルツハルト公爵領の方角。

(……白い結婚、だったはずだ)

 だが、噂はこうだ。

 ――公爵が、夫人を守っている。
 ――屋敷の空気が変わった。
 ――領民が、安心している。

 それは。

(……失敗、だったのか?)

 婚約破棄は、自分の選択だった。

 だからこそ。

(……なぜ、今になって)

 胸が、ざわつく。

 翌日。

 エドガルドは、側近を呼びつけた。

「……シュヴァルツハルト公爵領の情報を、集めろ」

「……殿下?」

「“噂”ではない」 「実情だ」

 側近は、一瞬驚いたが、すぐに頭を下げる。

「承知しました」

 一人になった後、エドガルドは深く椅子にもたれた。

(……遅すぎるかもしれない)

 だが、止まれなかった。

 白い結婚。
 形式的な関係。

 そう決めつけていた先で――
 ディアナは、確実に“必要とされている”。

 その事実が、
 王太子の胸に、重くのしかかっていた。

 そして、王宮の焦りは――
 やがて、直接的な行動へと変わっていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

妹のために愛の無い結婚をすることになりました

バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」 愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。 婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。 私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。 落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。 思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

処理中です...