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第15話 王宮の焦り
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第15話 王宮の焦り
王宮の空気は、目に見えないところで確実に変わっていた。
静かに、しかし確実に――
歯車が噛み合わなくなっている。
「……以上が、今月分の報告です」
重臣の一人が、慎重な口調で告げた。
王太子エドガルド・ヴァルシュタインは、玉座の脇に設けられた席で腕を組み、黙って報告書を睨んでいる。
内容は、どれも些細だ。
地方からの嘆願が増えている。
判断が遅れている。
対応に一貫性がない。
――どれも、致命傷ではない。
だが。
(……以前は、こんなことはなかった)
エドガルドは、無意識に舌打ちしそうになるのを堪えた。
「殿下?」
声をかけられ、顔を上げる。
「……続けろ」
次に差し出されたのは、外交関係の進捗表だった。
「隣国との交渉ですが……」 「条件整理に時間を要しております」
「なぜだ」
低く問う。
重臣は、一瞬言葉を詰まらせた。
「……優先順位が、定まらず」
その瞬間、エドガルドの胸に、はっきりとした苛立ちが生じた。
(そんなはずはない)
王太子である自分がいる。
決断するのは、自分だ。
だが――。
(……なぜ、決めきれない)
かつては、迷いなく処理できていた。
書類は自然と整理され、
重要なものは前に出てきた。
それを――。
(……誰が、やっていた?)
答えは、分かっている。
だが、認めたくなかった。
「……殿下」
今度は、別の重臣が声を上げる。
「最近、民の間で噂がございます」
「噂?」
「シュヴァルツハルト公爵領のことです」
エドガルドの指が、ぴくりと動いた。
「……続けろ」
「公爵領では、嘆願の処理が早く、治安も安定していると」 「“無駄がなくなった”と評判です」
重臣は、言葉を選びながら続ける。
「そして……」 「公爵夫人の評判が、非常に良い」
沈黙。
エドガルドの視線が、報告書からゆっくりと持ち上がる。
「……公爵夫人?」
「はい。ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ様です」
その名を聞いた瞬間、
胸の奥が、はっきりと軋んだ。
(……またか)
白い結婚。
形だけの妻。
そう思っていたはずなのに。
「……具体的には?」
声が、思った以上に硬かった。
「使用人の動線整理、嘆願の分類、領民への対応方針……」 「公爵が前から行っていたこともありますが……」 「“整えた”のは、夫人だと」
エドガルドは、無言で聞いている。
(……整えた)
その言葉が、胸に刺さる。
王宮で、同じことをしていた人物を――
彼は、知っている。
会議が終わり、人が去った後。
エドガルドは、一人で席に残っていた。
「……なぜ、こうなる」
呟きは、誰にも届かない。
ディアナは、完璧すぎる。
そう思っていた。
感情がない。
面白みがない。
――だから、不要だと。
だが。
(……不要だったのは、本当に彼女か?)
机の上の書類に、視線を落とす。
整理されていない。
重要度が混在している。
以前なら、
「これは後で」「これは今」
そう自然に分かれていた。
誰が、それをしていた?
答えは、もう否定できない。
「……セシ……いや」
口にしかけて、止める。
今の婚約者、フィオナは――
悪いわけではない。
だが、政治の場では、軽すぎる。
(……気づかなかった)
いや。
(……見ないようにしていた)
その日の夜。
エドガルドは、王宮の回廊を歩いていた。
ふと、窓の外を見る。
遠く、シュヴァルツハルト公爵領の方角。
(……白い結婚、だったはずだ)
だが、噂はこうだ。
――公爵が、夫人を守っている。
――屋敷の空気が変わった。
――領民が、安心している。
それは。
(……失敗、だったのか?)
婚約破棄は、自分の選択だった。
だからこそ。
(……なぜ、今になって)
胸が、ざわつく。
翌日。
エドガルドは、側近を呼びつけた。
「……シュヴァルツハルト公爵領の情報を、集めろ」
「……殿下?」
「“噂”ではない」 「実情だ」
側近は、一瞬驚いたが、すぐに頭を下げる。
「承知しました」
一人になった後、エドガルドは深く椅子にもたれた。
(……遅すぎるかもしれない)
だが、止まれなかった。
白い結婚。
形式的な関係。
そう決めつけていた先で――
ディアナは、確実に“必要とされている”。
その事実が、
王太子の胸に、重くのしかかっていた。
そして、王宮の焦りは――
やがて、直接的な行動へと変わっていく。
王宮の空気は、目に見えないところで確実に変わっていた。
静かに、しかし確実に――
歯車が噛み合わなくなっている。
「……以上が、今月分の報告です」
重臣の一人が、慎重な口調で告げた。
王太子エドガルド・ヴァルシュタインは、玉座の脇に設けられた席で腕を組み、黙って報告書を睨んでいる。
内容は、どれも些細だ。
地方からの嘆願が増えている。
判断が遅れている。
対応に一貫性がない。
――どれも、致命傷ではない。
だが。
(……以前は、こんなことはなかった)
エドガルドは、無意識に舌打ちしそうになるのを堪えた。
「殿下?」
声をかけられ、顔を上げる。
「……続けろ」
次に差し出されたのは、外交関係の進捗表だった。
「隣国との交渉ですが……」 「条件整理に時間を要しております」
「なぜだ」
低く問う。
重臣は、一瞬言葉を詰まらせた。
「……優先順位が、定まらず」
その瞬間、エドガルドの胸に、はっきりとした苛立ちが生じた。
(そんなはずはない)
王太子である自分がいる。
決断するのは、自分だ。
だが――。
(……なぜ、決めきれない)
かつては、迷いなく処理できていた。
書類は自然と整理され、
重要なものは前に出てきた。
それを――。
(……誰が、やっていた?)
答えは、分かっている。
だが、認めたくなかった。
「……殿下」
今度は、別の重臣が声を上げる。
「最近、民の間で噂がございます」
「噂?」
「シュヴァルツハルト公爵領のことです」
エドガルドの指が、ぴくりと動いた。
「……続けろ」
「公爵領では、嘆願の処理が早く、治安も安定していると」 「“無駄がなくなった”と評判です」
重臣は、言葉を選びながら続ける。
「そして……」 「公爵夫人の評判が、非常に良い」
沈黙。
エドガルドの視線が、報告書からゆっくりと持ち上がる。
「……公爵夫人?」
「はい。ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ様です」
その名を聞いた瞬間、
胸の奥が、はっきりと軋んだ。
(……またか)
白い結婚。
形だけの妻。
そう思っていたはずなのに。
「……具体的には?」
声が、思った以上に硬かった。
「使用人の動線整理、嘆願の分類、領民への対応方針……」 「公爵が前から行っていたこともありますが……」 「“整えた”のは、夫人だと」
エドガルドは、無言で聞いている。
(……整えた)
その言葉が、胸に刺さる。
王宮で、同じことをしていた人物を――
彼は、知っている。
会議が終わり、人が去った後。
エドガルドは、一人で席に残っていた。
「……なぜ、こうなる」
呟きは、誰にも届かない。
ディアナは、完璧すぎる。
そう思っていた。
感情がない。
面白みがない。
――だから、不要だと。
だが。
(……不要だったのは、本当に彼女か?)
机の上の書類に、視線を落とす。
整理されていない。
重要度が混在している。
以前なら、
「これは後で」「これは今」
そう自然に分かれていた。
誰が、それをしていた?
答えは、もう否定できない。
「……セシ……いや」
口にしかけて、止める。
今の婚約者、フィオナは――
悪いわけではない。
だが、政治の場では、軽すぎる。
(……気づかなかった)
いや。
(……見ないようにしていた)
その日の夜。
エドガルドは、王宮の回廊を歩いていた。
ふと、窓の外を見る。
遠く、シュヴァルツハルト公爵領の方角。
(……白い結婚、だったはずだ)
だが、噂はこうだ。
――公爵が、夫人を守っている。
――屋敷の空気が変わった。
――領民が、安心している。
それは。
(……失敗、だったのか?)
婚約破棄は、自分の選択だった。
だからこそ。
(……なぜ、今になって)
胸が、ざわつく。
翌日。
エドガルドは、側近を呼びつけた。
「……シュヴァルツハルト公爵領の情報を、集めろ」
「……殿下?」
「“噂”ではない」 「実情だ」
側近は、一瞬驚いたが、すぐに頭を下げる。
「承知しました」
一人になった後、エドガルドは深く椅子にもたれた。
(……遅すぎるかもしれない)
だが、止まれなかった。
白い結婚。
形式的な関係。
そう決めつけていた先で――
ディアナは、確実に“必要とされている”。
その事実が、
王太子の胸に、重くのしかかっていた。
そして、王宮の焦りは――
やがて、直接的な行動へと変わっていく。
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