白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第14話 無意識の保護

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第14話 無意識の保護

 異変は、ある朝のことだった。

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが中庭を散策しようと部屋を出た瞬間、いつもより多くの気配を感じ取った。

(……?)

 回廊の角。
 階段の下。
 庭へ続く扉の脇。

 ――人がいる。

 しかも、気配を消そうとしている、訓練されたそれだ。

「……侍女さん」

 そっと声をかける。

「今日、何かありましたか?」

 侍女は一瞬だけ視線を泳がせ、すぐに微笑みを作った。

「い、いえ。特には……」

 だが、その返答は明らかに不自然だった。

 中庭に出ると、その違和感はさらに強まる。

 庭師が作業しているふりをしているが、立ち位置が妙に一定だ。
 通路沿いに立つ者の視線は、常にディアナの周囲をなぞっている。

(……護衛、ですわね)

 軍事と治安を司る公爵領らしい配置。
 隠す気はあるが、完璧ではない。

 ディアナは、足を止めた。

(いつから……?)

 思い返せば、数日前から少しずつ増えていた。
 偶然を装った人影。
 すれ違いざまの視線。

 そのすべてが、今ははっきりと一本の線につながっている。

「……どうして」

 独り言のように呟く。

 白い結婚。
 干渉しないという条件。

 護衛の増強は、その条件を明確に越えている。

 午後。

 ディアナは、意を決してクロヴィスを訪ねた。

 執務室の扉をノックすると、すぐに声が返る。

「入れ」

 中に入ると、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは書類から顔を上げた。

「何かあったか」

 その声音は、いつも通り淡々としている。

「……お聞きしたいことがあります」

「答えられる範囲なら」

 ディアナは、一歩前に進んだ。

「最近、私の周囲に護衛が増えています」 「それは……あなたの判断ですか?」

 クロヴィスは、即答しなかった。

 その沈黙こそが、答えだった。

「……危険が増している」

 ようやく、そう言う。

「王都からの視線が、こちらに向き始めた」 「噂話だけで済まない可能性がある」

 ディアナは、静かに息を吐いた。

「それは、私が原因ですか?」

「……間接的には」

 クロヴィスは、目を逸らさずに続ける。

「あなたがここにいるという事実自体が、政治的価値を持つ」 「それを軽視する者はいない」

 理屈は、理解できる。

 だが――。

「それでも、これは“干渉”ではありませんか?」

 ディアナの声は、責める調子ではない。
 確認だ。

 クロヴィスは、ほんの一瞬だけ眉を寄せた。

「……必要な措置だ」

「私には、判断する権利があるはずです」

 その言葉に、空気が張りつめる。

 だが、クロヴィスは声を荒げなかった。

「ある。だからこそ、説明している」

 彼は、静かに言う。

「これは、あなたを縛るためのものではない」 「危険から遠ざけるためのものだ」

「……私は、守られる存在だとは思っていません」

 ディアナは、はっきりと告げた。

「自分の身は、自分で管理できます」

 クロヴィスは、その言葉を否定しなかった。

 ただ、少し間を置いてから言う。

「それでも、守る」

 短く、断定的な言葉。

 ディアナは、思わず言葉を失った。

(……条件の話ではない)

 彼の判断は、契約の枠外にある。

「理由を、聞いても?」

 ディアナは、静かに尋ねた。

 クロヴィスは、ほんの少しだけ視線を下げた。

「……事故は、防げるなら防ぐ」 「失ってからでは、遅い」

 その言葉は、合理的でありながら――
 どこか、個人的だった。

 ディアナは、胸の奥に小さなざわめきを感じる。

(……これは、無意識)

 彼は、守ろうとしている自覚すらないのかもしれない。

「……分かりました」

 ディアナは、折れることにした。

「ただし、過剰にならないこと」 「私の日常を、奪わないこと」

「約束する」

 即答だった。

 執務室を出た後、ディアナは回廊を歩きながら考える。

(……理想の距離、だったはずなのに)

 白い結婚。
 干渉しない関係。

 それが、いつの間にか――
 “見えない手”に包まれ始めている。

 夕刻。

 中庭を歩くディアナの背後に、自然な距離で人影が動く。

 今度は、はっきり分かる。

 護衛は、彼女を監視しているのではない。
 ――守っている。

(……本当に、不思議ですわ)

 夜。

 クロヴィスは、執務室で一人、報告書に目を通していた。

「……無意識、か」

 自分の判断を振り返り、そう呟く。

 守る理由を、明確に説明できない。

 だが。

(……手放す想定をしていない)

 その事実に気づいたとき、
 彼はペンを止めた。

 白い結婚。
 合理的な契約。

 その中で、自分が“保護”という選択をしている。

 それは、
 想定外で、
 説明不能で、
 ――だが、自然だった。

 クロヴィスは、窓の外を見た。

 灯りの下、ディアナが静かに歩いている。

(……問題は)

 この“無意識の保護”が、
 どこまで進むのか。

 それを止めるつもりがない自分に、
 彼はまだ、気づいていなかった。
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