白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第34話 過去から届いた報せ

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第34話 過去から届いた報せ

 その報せは、ある意味で唐突だった。

 だが、同時に――
 いずれ来ると分かっていた報せでもあった。

 ***

 午後の執務室。

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、
 領内から届いた報告書に目を通していた。

 孤児院支援の進捗。
 街道整備の要望。
 小麦の価格変動。

 どれも、現実的で、生活に近い話だ。

(……こういう日常が、今は大切)

 白い結婚が正式に終わり、
 関係性が更新された今。

 彼女はようやく、
 “未来の話”を扱えている実感があった。

 そこへ、侍女が控えめに声をかける。

「奥様」 「王都からの報せが一通……至急とのことです」

「至急?」

 ディアナは、顔を上げた。

 差し出された封書には、
 王宮印――ではない。

 法務院の封だった。

(……やはり、来ましたか)

 心臓が、わずかに強く打つ。

 だが、恐怖はない。

 封を切り、
 ゆっくりと読み進める。

 内容は、簡潔だった。

『元王太子エドガルド・ヴァルシュタインに関する処遇について
 関係者として、事実のみ通知する』

 感情のない文章。

 それが、却って重い。

 ***

 処遇は、こうだった。

 王太子位剥奪後、
 王都郊外の旧離宮にて、事実上の幽閉。

 政治的発言権は、完全に停止。
 王宮行事への出席は禁止。

 称号は保持されるが、
 実権は一切なし。

 財産は、管理下に置かれ、
 自由に使える資金は最低限。

 表向きは「静養」。
 実際は――
 公の場からの消失だった。

 ディアナは、書簡を読み終え、
 静かに机に置いた。

(……終わったのですね)

 思っていたよりも、
 感情は揺れなかった。

 憎しみも、達成感もない。

 ただ、
 遠い出来事のように感じる。

 ***

 夕刻。

 クロヴィスが、執務室を訪れる。

「……届いたか」

「ええ」

 ディアナは、書簡を差し出した。

 クロヴィスは、一読し、
 小さく息を吐く。

「……妥当だ」

「はい」

 それ以上の言葉は、要らなかった。

 二人は、しばらく沈黙する。

 その沈黙の中で、
 ディアナは自分の胸を確かめる。

(私は……どう感じているのだろう)

 問いかけてみる。

 答えは、
 少し考えれば分かった。

(……何も、取り戻したいと思っていない)

 それが、答えだった。

 クロヴィスが、静かに言う。

「彼は」 「最後まで、あなたに会うことはなかったそうだ」

 ディアナは、少し驚いた。

「……そうですか」

「ああ」

「面会の希望は、何度か出したようだが」 「却下された」

「……なぜ、教えてくださるのですか」

 クロヴィスは、正直に答えた。

「あなたが」 「知る権利を、持っているからだ」

 ディアナは、頷く。

 だが、胸は乱れない。

「……会わなくて、良かったです」

「後悔は?」

「ありません」

 はっきりと言える。

「彼と話す言葉は」 「もう、残っていませんから」

 クロヴィスは、その言葉を肯定するように、
 小さく頷いた。

 ***

 その夜。

 ディアナは、一人で庭園を歩いていた。

 月が、静かに照らす。

 過去の記憶が、
 ふと、よぎる。

 王太子の婚約者として過ごした日々。
 評価され、使われ、期待され。

 それでも――
 心が置き去りだった時間。

「……終わったのですね」

 今度は、
 胸の奥から自然に言葉が出た。

 風が、木々を揺らす。

 それは、
 何かを断ち切る音ではない。

 過ぎ去ったものを、遠ざける音だ。

 ***

 数日後。

 王都の社交界では、
 すでに新しい話題が主流になっていた。

「元王太子? ああ……」 「今は、静養中だとか」

 その言葉に、
 強い感情は伴わない。

 それが、
 完全に舞台から降りた証だった。

 一方で。

 ディアナの名は、
 別の形で語られるようになる。

「公爵夫人として、手腕がある」 「孤児院支援の件、素晴らしい判断だった」

 比較されることは、
 もうない。

 彼女は、
 過去の誰かの“その後”ではなく
 自分自身の現在として見られていた。

 ***

 夜。

 ディアナは、書斎でクロヴィスと向かい合っていた。

「……これで」

 彼女は、静かに言う。

「本当に、過去と決別できた気がします」

「そうか」

「ええ」

 微笑む。

「もう」 「振り返らなくて、いいのですね」

 クロヴィスは、答える。

「振り返るかどうかを」 「選べるようになった」 「それで、十分だ」

 ディアナは、その言葉を噛みしめる。

 奪われない。
 縛られない。

 選べるということ。

 それが、
 彼女が手に入れた、何よりの自由だった。

 過去からの報せは、
 確かに届いた。

 だがそれは――
 彼女を縛るためのものではなかった。

 ただ、
 “もう戻らなくていい”と告げるための、
 最後の通知だった。


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