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第36話 私が選ぶ、私の役割
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第36話 私が選ぶ、私の役割
人は、肩書きなしでは生きられない。
それは、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、王都で過ごした日々から学んだことだった。
婚約者。
調整役。
公爵夫人。
どれも、間違いではない。
だが――
どれも「自分が選んだ言葉」ではなかった。
***
南部の村での一件から数日後。
公爵邸の会議室には、領内各地から集まった代表者たちが座っていた。
商人。
農村の代表。
孤児院の運営責任者。
そして、ディアナ。
彼女は、会議の主催者としてそこに立っていた。
「本日は」 「お集まりいただき、ありがとうございます」
柔らかく、しかしはっきりとした声。
「今日は」 「報告ではなく」 「“話し合い”の場として設けました」
ざわり、と空気が動く。
こうした場は、通常、公爵か代理人が仕切るものだ。
公爵夫人が前に立つのは、まだ珍しい。
だが、誰も反対しなかった。
これまでの積み重ねが、
その沈黙を成立させていた。
「私は」 「これまで、いくつかの支援に関わってきました」
孤児院。
教育。
職業訓練。
「ですが」 「それらは、すべて“点”でした」
ディアナは、手元の資料を示す。
「点は、大切です」 「ですが、点だけでは」 「人は、立ち続けられません」
視線が、自然と彼女に集まる。
「必要なのは」 「つながりです」
孤児院を出た後の進路。
学び直しの場。
仕事と、支え。
「だから、私は提案します」
一息。
「領内に」 「“移行支援の仕組み”を作りたい」
会議室が、静まった。
誰かが、慎重に問いかける。
「それは……新たな制度、ということですか」
「はい」
ディアナは、迷いなく頷く。
「孤児院を出た若者」 「事情を抱えた者」 「一度、つまずいた者が」 「再び、社会に立てるように」
南部の村の青年の姿が、脳裏をよぎる。
彼だけではない。
同じ境遇の者は、いくらでもいる。
「失敗を理由に、切り捨てるのではなく」 「支え直す仕組みを」
沈黙。
だが、それは否定ではなかった。
商人の一人が、口を開く。
「……理想論、と言われるかもしれません」
「承知しています」
ディアナは、即座に答える。
「だから」 「現実的に、進めます」
予算。
段階的導入。
成果の可視化。
感情だけで語らない。
それが、
彼女が“ここに立つ”と決めた理由だった。
「私は」 「慈善家になりたいわけではありません」
静かに、だが力強く。
「仕組みを作る人間になりたいのです」
その言葉が、
会議室に残った。
***
会議は、予想以上に前向きに進んだ。
「試験的に、南部から始めましょう」 「商会として、受け入れ枠を設けられます」
具体的な話が、次々と出る。
ディアナは、その流れを見ながら思う。
(……これが)
(私が、選んだ役割)
誰かの後ろで、整えるだけではない。
誰かに与えられた椅子に座るだけでもない。
自分で、道筋を示す。
***
夜。
会議を終え、ディアナは書斎で一息ついていた。
そこへ、クロヴィスが現れる。
「……聞いた」
「早いですね」
「噂になる程度には」 「はっきりした話だった、ということだ」
クロヴィスは、彼女を見つめる。
「……決めたな」
ディアナは、少し照れたように微笑む。
「はい」
「もう」 「迷いません」
クロヴィスは、静かに頷いた。
「それが」 「あなたの役割か」
「ええ」
ディアナは、胸に手を当てる。
「私は」 「誰かに選ばれることで、生きてきました」
王太子の婚約者。
調整役。
象徴。
「でも、もう」 「選ばれる側でいるのは、終わりです」
視線を上げる。
「私は」 「“選ぶ側”になります」
クロヴィスの口元が、わずかに緩む。
「……似合っている」
「本当ですか」
「ああ」
即答だった。
「無理をしていない」 「それが、一番だ」
ディアナは、息を吐き、笑った。
「……怖くないと言えば、嘘になります」
「当然だ」
「でも」
一歩、彼に近づく。
「隣に、立ってくれる人がいるなら」 「進めます」
クロヴィスは、静かに言った。
「それは」 「俺の役割だな」
ディアナは、驚いたように目を瞬かせ、
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……はい」
***
その夜、ディアナは窓辺に立ち、夜空を見上げた。
星は、変わらずそこにある。
だが、見え方は違う。
(私は、もう)
(誰かの物語の脇役ではない)
肩書きではなく。
契約でもなく。
自分で選んだ役割。
それを胸に、
彼女は歩き出す。
公爵夫人としてではなく。
元王太子の婚約者としてでもなく。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベとして。
人は、肩書きなしでは生きられない。
それは、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、王都で過ごした日々から学んだことだった。
婚約者。
調整役。
公爵夫人。
どれも、間違いではない。
だが――
どれも「自分が選んだ言葉」ではなかった。
***
南部の村での一件から数日後。
公爵邸の会議室には、領内各地から集まった代表者たちが座っていた。
商人。
農村の代表。
孤児院の運営責任者。
そして、ディアナ。
彼女は、会議の主催者としてそこに立っていた。
「本日は」 「お集まりいただき、ありがとうございます」
柔らかく、しかしはっきりとした声。
「今日は」 「報告ではなく」 「“話し合い”の場として設けました」
ざわり、と空気が動く。
こうした場は、通常、公爵か代理人が仕切るものだ。
公爵夫人が前に立つのは、まだ珍しい。
だが、誰も反対しなかった。
これまでの積み重ねが、
その沈黙を成立させていた。
「私は」 「これまで、いくつかの支援に関わってきました」
孤児院。
教育。
職業訓練。
「ですが」 「それらは、すべて“点”でした」
ディアナは、手元の資料を示す。
「点は、大切です」 「ですが、点だけでは」 「人は、立ち続けられません」
視線が、自然と彼女に集まる。
「必要なのは」 「つながりです」
孤児院を出た後の進路。
学び直しの場。
仕事と、支え。
「だから、私は提案します」
一息。
「領内に」 「“移行支援の仕組み”を作りたい」
会議室が、静まった。
誰かが、慎重に問いかける。
「それは……新たな制度、ということですか」
「はい」
ディアナは、迷いなく頷く。
「孤児院を出た若者」 「事情を抱えた者」 「一度、つまずいた者が」 「再び、社会に立てるように」
南部の村の青年の姿が、脳裏をよぎる。
彼だけではない。
同じ境遇の者は、いくらでもいる。
「失敗を理由に、切り捨てるのではなく」 「支え直す仕組みを」
沈黙。
だが、それは否定ではなかった。
商人の一人が、口を開く。
「……理想論、と言われるかもしれません」
「承知しています」
ディアナは、即座に答える。
「だから」 「現実的に、進めます」
予算。
段階的導入。
成果の可視化。
感情だけで語らない。
それが、
彼女が“ここに立つ”と決めた理由だった。
「私は」 「慈善家になりたいわけではありません」
静かに、だが力強く。
「仕組みを作る人間になりたいのです」
その言葉が、
会議室に残った。
***
会議は、予想以上に前向きに進んだ。
「試験的に、南部から始めましょう」 「商会として、受け入れ枠を設けられます」
具体的な話が、次々と出る。
ディアナは、その流れを見ながら思う。
(……これが)
(私が、選んだ役割)
誰かの後ろで、整えるだけではない。
誰かに与えられた椅子に座るだけでもない。
自分で、道筋を示す。
***
夜。
会議を終え、ディアナは書斎で一息ついていた。
そこへ、クロヴィスが現れる。
「……聞いた」
「早いですね」
「噂になる程度には」 「はっきりした話だった、ということだ」
クロヴィスは、彼女を見つめる。
「……決めたな」
ディアナは、少し照れたように微笑む。
「はい」
「もう」 「迷いません」
クロヴィスは、静かに頷いた。
「それが」 「あなたの役割か」
「ええ」
ディアナは、胸に手を当てる。
「私は」 「誰かに選ばれることで、生きてきました」
王太子の婚約者。
調整役。
象徴。
「でも、もう」 「選ばれる側でいるのは、終わりです」
視線を上げる。
「私は」 「“選ぶ側”になります」
クロヴィスの口元が、わずかに緩む。
「……似合っている」
「本当ですか」
「ああ」
即答だった。
「無理をしていない」 「それが、一番だ」
ディアナは、息を吐き、笑った。
「……怖くないと言えば、嘘になります」
「当然だ」
「でも」
一歩、彼に近づく。
「隣に、立ってくれる人がいるなら」 「進めます」
クロヴィスは、静かに言った。
「それは」 「俺の役割だな」
ディアナは、驚いたように目を瞬かせ、
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……はい」
***
その夜、ディアナは窓辺に立ち、夜空を見上げた。
星は、変わらずそこにある。
だが、見え方は違う。
(私は、もう)
(誰かの物語の脇役ではない)
肩書きではなく。
契約でもなく。
自分で選んだ役割。
それを胸に、
彼女は歩き出す。
公爵夫人としてではなく。
元王太子の婚約者としてでもなく。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベとして。
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