白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第38話 理想が試される場所

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第38話 理想が試される場所

 試練は、成功のあとにやってくる。

 それは、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、王都で学んだ現実だった。

 

 移行支援制度が始動して、ひと月。

 南部を皮切りに、制度は静かに、しかし確実に根を張り始めていた。

 孤児院出身の若者が、商会で見習いとして働き始める。
 一度失敗した職人が、工房で再挑戦の機会を得る。

 目立たないが、確かな成果。

 ――だからこそ。

 反発も、同時に生まれた。

「最近の制度は、甘すぎる」 「失敗した人間を助ける余裕が、どこにある?」

 公爵邸に集まった報告書の中に、
 不穏な一文が混じっていた。

『支援対象者による契約違反が発生
 商会側より、制度見直しの要望あり』

 ディアナは、書類を読みながら眉をひそめた。

「……来ましたわね」

 クロヴィスが、向かいの席で静かに答える。

「ああ」 「想定内だ」

「ですが」 「軽視できません」

 契約違反の内容は、
 支援対象の青年が、業務中に無断離脱したというもの。

 理由は――
 家族の急病。

 だが、商会側にとっては、
 理由よりも「信用」が問題だった。

「この件が、表に出れば」 「制度全体が叩かれます」

「……そうだな」

 クロヴィスは、淡々としている。

「だが」 「切り捨てれば、制度の意味も失われる」

 ディアナは、深く息を吸った。

(……選択の時)

 支援制度を守るために、
 一人を切るか。

 一人を守るために、
 制度全体を危険に晒すか。

 その二択に見える状況が、
 何よりも厄介だった。

「……現地へ、行きます」

 ディアナは、決断した。

「直接、話を聞きたい」

「俺も行く」

 クロヴィスの声は、迷いがない。

 

 問題の商会は、王都近郊にあった。

 広い倉庫と、整った事務所。
 成功している商会だ。

 応接室に通され、
 責任者が不満を隠さず切り出す。

「正直に申し上げます」 「今回の件は、想定外でした」

「支援対象者とはいえ」 「最低限の契約は守ってもらわねば」

 ディアナは、頷く。

「おっしゃる通りです」

 即座に否定しない。

 それが、
 彼女の選んだ立ち位置だった。

「今回の無断離脱は」 「明確な契約違反です」

 責任者の表情が、わずかに緩む。

 だが、ディアナは続けた。

「ただし」 「背景を確認した上で」 「処遇を決めさせてください」

「……背景、ですか」

「はい」

 青年は、別室で待機していた。

 呼ばれ、俯いたまま立つ。

「……すみません」

 その声は、かすれていた。

「理由を、聞かせてください」

「母が……急に倒れて」 「病院から連絡が来て」

 連絡は、勤務中だった。

 報告の余裕がなかった、
 という言い分。

 ディアナは、問いを重ねる。

「報告しなかった理由は」

「……怒られると思いました」

 正直な答え。

 未熟さの、証明。

 責任者が、苛立ちを隠さず言う。

「それが、信用の問題です」

「ええ」

 ディアナは、静かに同意する。

「ですから」

 視線を青年に向ける。

「あなたは」 「今回の違反について」 「正式な処分を受けます」

 青年の肩が、震えた。

「……解雇、でしょうか」

 ディアナは、首を振る。

「いいえ」

 一拍置いて。

「再教育と、条件付き継続です」

 責任者が、驚いたように眉を上げる。

「条件、とは?」

「無断離脱による損失分は」 「給与から分割で返済」

「加えて」 「緊急時の連絡手順を含む」 「再研修を受けていただきます」

 理屈は、通っている。

 だが、それでも――
 甘いと受け取られかねない。

 ディアナは、責任者を見た。

「そして」 「もし、同様の違反が再び起きた場合」 「その時は、制度からも外します」

 責任者は、しばらく考え込み、
 やがて息を吐いた。

「……分かりました」

「条件付きで、続けましょう」

 青年の顔に、安堵が広がる。

 だが、ディアナはそこで終わらせなかった。

「ただし」

 全員の視線が、彼女に集まる。

「この判断について」 「批判が出た場合」 「責任は、私が引き受けます」

 責任者が、目を見開く。

「公爵夫人が……?」

「はい」

 迷いはなかった。

「制度を作ったのは、私です」 「ならば」 「その運用の責任も、私にあります」

 その言葉は、
 場の空気を変えた。

 ***

 帰り道。

 馬車の中で、
 ディアナは少し疲れた表情を見せていた。

「……正しかったでしょうか」

 珍しく、不安を口にする。

 クロヴィスは、すぐには答えなかった。

 そして、静かに言う。

「正しいかどうかは」 「すぐには、分からない」

「ですが」

 彼女を見る。

「逃げなかった」 「責任を、背負った」

「それが」 「あなたの選んだ役割だ」

 ディアナは、ゆっくりと頷いた。

「……はい」

「怖くなったか」

「少し」

 正直な答え。

「でも」

 小さく、笑う。

「逃げたいとは、思いませんでした」

 クロヴィスの口元が、わずかに緩む。

「それでいい」

 

 夜。

 ディアナは、執務室で一人、書類を書いていた。

 商会への正式な通知。
 制度運用の改善案。

 手は、止まらない。

(……理想は)

(守るものではなく、試されるもの)

 今日、身をもって学んだ。

 だが、後悔はない。

 窓の外には、静かな夜。

 その静けさの中で、
 ディアナは確信していた。

 選んだ役割は、
 簡単ではない。

 それでも。

 自分で選んだ道だからこそ、歩き続けられる。

 そして、その隣には――
 黙って支える存在がいる。

 それで、十分だった。


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