白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第40話 選び続けるということ

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第40話(最終話) 選び続けるということ

 朝の光は、容赦なく平等だった。

 誰かの勝利を祝うこともなく、
 誰かの敗北を嘆くこともない。

 ただ、昨日の続きとして、
 今日を運んでくる。

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、窓辺に立ち、
 その光を静かに受け止めていた。

(……終わったのですね)

 長かったようで、短かった日々。

 王太子の婚約者として生きていた頃。
 婚約破棄を受け、立場を失った日。
 白い結婚という選択。
 断罪の場に立った時間。
 そして、選び直した人生。

 それらすべてが、
 確かに自分の中にある。

 だが、もう――
 縛りつけるものではなかった。

 ***

 朝食の席。

 長いテーブルの向かいに、
 クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトが座っている。

 以前と同じ光景。

 だが、空気は違った。

「……今日は、王都へ?」

「ええ」

 ディアナは、紅茶に手を伸ばしながら答える。

「移行支援制度の件で」 「法務院と、最終確認があります」

「俺も同行しよう」

「ありがとうございます」

 そのやり取りは、
 あまりにも自然だった。

 白い結婚だった頃は、
 必要な会話だけが交わされていた。

 今は――
 生活の会話が、そこにある。

 ***

 王都・法務院。

 最終確認は、拍子抜けするほど淡々と終わった。

「これにて」 「本制度は、正式に制度化されます」

 署名がなされ、
 書類が揃えられる。

 ディアナは、深く息を吐いた。

(……一区切り)

 だが、それは終着点ではない。

 始まりの合図だ。

 法務官が、ふと穏やかな声で言った。

「……この制度」 「今後、他領にも広がるでしょう」

「そうなれば」 「王都としても、連携を検討せねばなりません」

 ディアナは、驚かなかった。

「必要であれば」 「協力いたします」

 それは、以前のような
 “利用されるための返答”ではない。

 自分で、選んだ言葉だった。

 ***

 帰り道。

 馬車の中で、
 ディアナは窓の外を眺めていた。

「……大きくなりましたね」

「何がだ」

「話が、です」

 クロヴィスは、小さく息を吐く。

「最初は」 「領内の小さな仕組みだった」

「ええ」

「だが」 「大きくなるのは、自然なことだ」

 ディアナは、少しだけ不安そうに笑った。

「また」 「狙われるかもしれませんね」

「その時は」

 クロヴィスは、静かに言う。

「対処する」

 それだけ。

 だが、その言葉は、
 これ以上ないほど頼もしかった。

 ***

 夕刻。

 二人は、屋敷の庭園を歩いていた。

 初夏の花が、穏やかに揺れている。

「……不思議です」

 ディアナが言う。

「私は」 「“幸せになりたい”と」 「強く願ったことは、なかったのかもしれません」

「ほう」

「ただ」 「自分で選びたかった」

 誰と生きるか。
 どこに立つか。
 何を守るか。

「それが」 「今は、ここにあります」

 クロヴィスは、歩みを止め、
 彼女を見た。

「……それなら」

 ゆっくりと、だがはっきりと。

「俺の答えも」 「もう一度、言っておこう」

 ディアナは、少し驚いたように目を瞬かせる。

「俺は」 「あなたの選択を、尊重する」

 公爵としてではない。
 制度の後ろ盾としてでもない。

「その上で」 「共に歩きたいと、思っている」

 ディアナは、胸がいっぱいになり、
 すぐには言葉が出なかった。

 だが、やがて――
 穏やかに、笑った。

「……はい」

 短い返事。

 だが、そこに迷いはない。

 ***

 その夜。

 ディアナは、机に向かい、
 一通の手紙を書いていた。

 宛先は、ない。

 誰かに送るためのものではない。

 ――自分自身に、残すための言葉。

 『私は、選ばれる人生を終えた
 これからは、選び続ける人生を生きる』

 筆を置き、
 静かに封をする。

(……もう、戻らなくていい)

 過去は、確かに存在する。
 だが、未来を縛るものではない。

 ***

 翌朝。

 屋敷に、新しい一日が訪れる。

 使用人たちが動き、
 街が目を覚まし、
 世界は、当たり前に続いていく。

 その中で、ディアナは歩き出す。

 元王太子の婚約者としてではない。
 白い結婚の象徴としてでもない。

 自分で選び、責任を引き受ける一人の人間として。

 隣には、
 同じ速度で歩く人がいる。

 前には、
 まだ見ぬ道が続いている。

 それで、いい。

 物語は、ここで幕を下ろす。

 だが――
 彼女の人生は、
 これからも、選び続けられていく。

 静かに、確かに。

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