『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第21話 即位の日、交わらぬ祝福

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第21話 即位の日、交わらぬ祝福

 王都の朝は、祝祭の音で満ちていた。
 鐘が鳴り、旗が掲げられ、石畳には人の波が生まれる。色とりどりの衣装、花束、歓声――それらは確かに「即位の日」にふさわしい光景だった。

 アルベルトは、王冠を前に静かに立っていた。
 鏡に映る自分の姿は、昨夜と変わらない。違うのは、肩にかかる重みだけだ。

(名を得る日ではない。責任を受け取る日だ)

 その理解は、もはや揺らがない。

 儀式は簡潔だった。
 長い言葉は避けられ、誓約は短く、明確に。王宮の新体制と同じく、過剰な装飾はない。

「……国と民の安定を、最優先とする」

 宣誓の一節が、広間に静かに落ちる。
 拍手は遅れて起きたが、確かだった。

 王冠が置かれ、剣が返され、玉座が与えられる。
 その一連を、アルベルトは一歩ずつ受け取った。

(座るのではない。背負うのだ)

 儀式の後、城門前の広場で民への挨拶が行われた。
 祝福の声は高く、子どもたちの笑いが混じる。
 アルベルトは、手を上げ、短く言った。

「今日から、王は一人だ。だが、国は皆で支える」

 それ以上の言葉は、要らなかった。

 一方、公爵家の屋敷。
 エレノアは、同じ時刻、領地の小さな集会所にいた。
 水路の最終点検と、学び舎の新年度準備。机の上には図面と予定表。

「即位式の時間ですね」

 誰かが言う。
 エレノアは、穏やかに頷いた。

「ええ。良い日ですわ」

 それだけだ。

 外では、遠くの鐘の音が、風に乗って届く。
 彼女は一瞬だけ耳を傾け、すぐに視線を戻した。

(祝福は、交わらなくていい)

 王宮の祝福は王宮へ。
 領地の祝福は領地へ。

 それぞれが、それぞれの場で機能すればいい。

 昼過ぎ、王宮では祝宴が始まった。
 杯が交わされ、功績が語られる。
 だが、アルベルトは過度な歓談を避け、必要な挨拶だけを済ませた。

「陛下、新体制の初動は順調です」

「気を緩めるな。祝祭の翌日が、最初の試金石だ」

 その言葉に、側近は深く頷く。

 午後遅く、アルベルトは執務室に戻った。
 即位の日であっても、机の上には案件がある。
 彼はそれを一つ、承認した。

(今日から、だ)

 王である時間は、式の後から始まる。

 同じ頃、エレノアは学び舎の廊下を歩いていた。
 新しい机の配置、掲示板の更新、図書の受け入れ。

「来週から、始まりますね」

「ええ。始まります」

 彼女は微笑み、扉を閉める。

 夕方、王都に小さな知らせが流れた。
 即位の日に、王が最初の決裁を行ったという噂だ。

「派手ではないが、らしい」
「祝祭の裏で、仕事をする王だ」

 評価は静かに広がる。

 夜。
 王宮の灯りは控えめに落とされ、祝宴は終わった。
 アルベルトは窓辺に立ち、星を見上げる。

(交わらぬ祝福――それでいい)

 名を呼ばず、手を取らず。
 だが、同じ国の空の下で、それぞれが役割を果たす。

 公爵家でも、同じ星が見えていた。
 エレノアは、庭の小径を歩き、立ち止まる。

(線は、守られた)

 それが、最も確かな祝福だ。

 即位の日は、終わった。
 だが、物語は続く。

 王は責任を積み重ね、
 公爵令嬢は自由を深める。

 交わらない祝福は、欠落ではない。
 それぞれの場で、未来が動き出した証だった。

 即位の日。
 交わらぬ祝福が、国を前へ押し出した。
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