聖女と呼ばれたくなかった公爵令嬢は、静かにざまぁを選ぶ

ふわふわ

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第六話 値段が語るもの

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第六話 値段が語るもの

 聖女マルガリータの護符が、値上がりした――。

 その噂が王都に広がるまで、時間はかからなかった。

 最初は、ほんの小さな変化だった。
 これまで銀貨一枚で手に入った護符が、二枚になった。
 理由は簡単で、そして曖昧だ。

「聖女様の力が、さらに高まったから」

 人々は、疑わなかった。
 奇跡は目に見えず、力の増減を測る術もない。
 ならば、値段が上がるのも当然だと、自然に受け入れられた。

 だが、それは始まりに過ぎなかった。

 数日後には、護符は銀貨五枚。
 さらにその翌週には、十枚。

 それでも――売れた。

 むしろ、以前よりもよく売れているという。

「高いからこそ、ありがたい」
「安い奇跡なんて、効き目がなさそうだろう?」

 そんな言葉が、笑い混じりに交わされている。

 ヘレン・バートンは、屋敷の応接室で、侍女から報告を受けていた。

「……護符の価格が、また改定されたそうです」

「そう」

 短く答え、紅茶を口に運ぶ。
 声にも表情にも、変化はない。

 侍女は少し躊躇ったあと、続けた。

「それから……護符の種類が増えたと」

「種類?」

「はい。病気除け、災厄除け、縁結び……用途別だそうで」

 ヘレンは、カップを置いた。

(なるほど)

 商品が増え、価格が上がる。
 次に来るのは、限定品。
 そして、上位互換。

 商売としては、実に教科書通りだ。

「購入者は?」

「主に、平民と……下位の貴族が」

「無理をして?」

「……はい」

 ヘレンは、それ以上何も聞かなかった。

 午後、馬車で王都を通る機会があった。
 通り沿いの露店では、聖女の名を冠した護符が、誇らしげに並べられている。

「こちらは、新しくなった聖女様の護符です!」
「前のものより、ずっと強い祝福が!」

 売り子の声は、明るく、熱心だ。
 人々は立ち止まり、財布を開く。

 ある老婆が、震える手で銅貨を数えていた。
 足りない分を補うため、指輪を外す姿も見える。

 ヘレンは、視線を逸らした。

(……それでも)

 彼女は、思う。

(買うと決めたのは、本人ですわ)

 救われたい。
 安心したい。
 何かに縋りたい。

 その気持ちを、否定する権利は誰にもない。

 夕刻、屋敷に戻ると、別の報告が入った。

「教会が、新たな寄付制度を始めたそうです」

「寄付、ですか」

「一定額以上の寄付をした方には、
 聖女様が直接祈りを捧げてくださると……」

 ヘレンは、小さく息を吐いた。

(段階を、一つ飛ばしましたわね)

 本来なら、もう少し時間をかけて浸透させるはずだ。
 だが、彼らは急いでいる。

 成功体験が、判断を鈍らせている。

「反応は?」

「申し込みが、殺到しているようです」

「……そう」

 それ以上、感想はなかった。

 夜。
 書斎で帳簿の写しを眺めながら、ヘレンは考える。

 護符の原価。
 流通量。
 寄付金の流れ。

 数字は、正直だ。
 そして、嘘はつけない。

(もう、民衆相手の商売ではありませんわね)

 次に狙うのは、
 より金を持つ層。

 貴族。
 商人。
 成金。

 信仰ではなく、
 投資と見栄で動く人間たち。

(そこまで行けば……)

 ヘレンは、そっと帳簿を閉じた。

(必ず、調べる人が出ます)

 騙された平民は、泣いて終わる。
 だが、騙された貴族は、黙っていない。

 その違いを、教会は理解していない。
 いや――理解したくないのだろう。

 成功している間は、
 誰も、止まれない。

 ヘレンは、椅子に深く腰掛け、目を閉じた。

(私は、まだ関わりません)

 値段が上がっただけだ。
 やりすぎではあるが、
 越えてはいけない“線”の、手前。

 誰かの名を使ったわけでもない。
 自分に触れてきたわけでもない。

(……まだ)

 その“まだ”が、
 どれほど脆いものかを、
 彼女は知っていた。

 だからこそ――
 静かに、
 距離を保ち続ける。

 値段は、嘘をつかない。

 そして、
 値段を釣り上げ続けた先に待つものが、
 決して幸福ではないことも。

 今はただ、
 それを見届けるだけでよかった。
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