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第一話 夜会は契約の公開確認の場
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第一話 夜会は契約の公開確認の場
卒業を祝う夜会は、王都でも指折りの華やかさを誇る催しだった。王宮大広間の天井には幾重にも燭台が吊るされ、磨き抜かれた床には光が反射している。色とりどりの礼装をまとった貴族たちは、音楽隊の演奏に耳を傾けながら、穏やかな笑みを浮かべて杯を交わしていた。
その中心に立つ王太子エドワードは、場の空気を完全に掌握しているつもりでいた。整った容姿と王家の血統に裏打ちされた自信が、その表情にはっきりと表れている。
彼の隣に立つ若い女性――王宮侍女で下位男爵家の令嬢ミラは、緊張と期待が入り混じった顔で、貴族たちの視線を受け止めていた。彼女の手は、無意識のうちに腹部へと添えられている。
やがて音楽が止み、エドワードは一歩前へ出た。
「諸君、静粛に」
高らかな声が広間に響き、談笑は途切れる。注目を集めたことに満足した様子で、エドワードは宣言した。
「今宵、この場で公にしておくべきことがある」
一拍置き、彼はカタリナの方を見た。
「私は、カタリナ・フォン・アルヴェルトとの婚約を解消する」
会場がざわつく。だがエドワードは止まらない。
「理由は単純だ。私は、真実の愛を見つけた」
そう言って、彼はミラを引き寄せた。
「ミラを、未来の妃として迎える。そして――」
わざと間を取る。
「すでに彼女は、私の子を身ごもっている。王太子として、父として、責任を取るのは当然だろう」
空気が凍りついた。
何人かの貴族が息を呑み、年配の者たちは顔を伏せる。婚約期間中の不貞、それも妊娠という決定的な事実を、王太子自身が公の場で口にした。その意味を理解できる者ほど、言葉を失っていた。
エドワードは、その沈黙を「感動」や「納得」だと勘違いしたまま、視線をカタリナへ向ける。
「カタリナ。そういうわけだ。理解してくれるな?」
カタリナ・フォン・アルヴェルトは、その場に静かに立っていた。王国最大の資本を握る公爵家の令嬢。王太子妃候補として、十年以上、王宮と政治の内側を見続けてきた女性だ。
彼女は一切取り乱さず、ゆっくりと扇を開いた。
「承知いたしました、殿下」
その声は落ち着いており、涙も震えもない。その反応に、エドワードはわずかに眉をひそめた。
「……ずいぶん、物分かりがいいな」
「感情で縋る理由がございませんので」
カタリナは穏やかに続ける。
「殿下がお選びになった結果であれば、尊重いたしますわ」
周囲の貴族たちは違和感を覚え始めていた。あまりにも冷静すぎる対応。だが、カタリナはそこで言葉を切り、扇を閉じる。
「ただし」
その一語で、空気が張り詰めた。
「殿下の今のお言葉は、あくまで意思表明に過ぎません。婚約とは、家と家の間で交わされた正式な契約です。この場での宣言のみで、成立も破棄もいたしません」
エドワードは不快そうに鼻を鳴らす。
「私が王太子だ」
「存じております。だからこそ申し上げているのです」
カタリナの口調は変わらない。
「婚約証文の効力、破棄に伴う手続き、そして違約が生じた場合の責任。これらは、殿下お一人の感情で左右されるものではございません」
ミラが不安そうにエドワードの腕に縋った。
「で、でも……私たちは愛し合って……」
カタリナは静かに彼女を見る。
「愛を否定するつもりはございません。ただし、それは契約の代替にはなりません」
エドワードは苛立ちを隠さず声を荒げた。
「婚約など、結局は結婚前の約束だろう!」
その瞬間、貴族たちの間に明確な動揺が走った。王太子が、自ら契約の重みを否定したのだ。
カタリナは一度、深く息を整え、はっきりと告げる。
「では、明確に申し上げます」
広間が完全な静寂に包まれる。
「殿下が今しがたご自身の口でお認めになった通り、婚約期間中に侍女を妊娠させた事実がございます。その時点で、契約不履行は殿下側にございます」
一拍置き、彼女は続けた。
「従って、婚約を破棄する権利は……こちらにあります」
エドワードの表情が凍りついた。自分が放った言葉が、どれほど決定的な意味を持つかを、ようやく理解し始めたのだ。
カタリナは優雅に一礼する。
「正式な手続きと清算は、明日。弁護士同席の上で行いましょう」
そう告げて、彼女は踵を返した。夜会の中心から離れていくその背中を、誰一人として呼び止めることはできない。
この夜が、恋愛劇の終わりではないことを、貴族たちは悟っていた。
これは、契約が破棄され、力関係が反転する――その始まりなのだ。
卒業を祝う夜会は、王都でも指折りの華やかさを誇る催しだった。王宮大広間の天井には幾重にも燭台が吊るされ、磨き抜かれた床には光が反射している。色とりどりの礼装をまとった貴族たちは、音楽隊の演奏に耳を傾けながら、穏やかな笑みを浮かべて杯を交わしていた。
その中心に立つ王太子エドワードは、場の空気を完全に掌握しているつもりでいた。整った容姿と王家の血統に裏打ちされた自信が、その表情にはっきりと表れている。
彼の隣に立つ若い女性――王宮侍女で下位男爵家の令嬢ミラは、緊張と期待が入り混じった顔で、貴族たちの視線を受け止めていた。彼女の手は、無意識のうちに腹部へと添えられている。
やがて音楽が止み、エドワードは一歩前へ出た。
「諸君、静粛に」
高らかな声が広間に響き、談笑は途切れる。注目を集めたことに満足した様子で、エドワードは宣言した。
「今宵、この場で公にしておくべきことがある」
一拍置き、彼はカタリナの方を見た。
「私は、カタリナ・フォン・アルヴェルトとの婚約を解消する」
会場がざわつく。だがエドワードは止まらない。
「理由は単純だ。私は、真実の愛を見つけた」
そう言って、彼はミラを引き寄せた。
「ミラを、未来の妃として迎える。そして――」
わざと間を取る。
「すでに彼女は、私の子を身ごもっている。王太子として、父として、責任を取るのは当然だろう」
空気が凍りついた。
何人かの貴族が息を呑み、年配の者たちは顔を伏せる。婚約期間中の不貞、それも妊娠という決定的な事実を、王太子自身が公の場で口にした。その意味を理解できる者ほど、言葉を失っていた。
エドワードは、その沈黙を「感動」や「納得」だと勘違いしたまま、視線をカタリナへ向ける。
「カタリナ。そういうわけだ。理解してくれるな?」
カタリナ・フォン・アルヴェルトは、その場に静かに立っていた。王国最大の資本を握る公爵家の令嬢。王太子妃候補として、十年以上、王宮と政治の内側を見続けてきた女性だ。
彼女は一切取り乱さず、ゆっくりと扇を開いた。
「承知いたしました、殿下」
その声は落ち着いており、涙も震えもない。その反応に、エドワードはわずかに眉をひそめた。
「……ずいぶん、物分かりがいいな」
「感情で縋る理由がございませんので」
カタリナは穏やかに続ける。
「殿下がお選びになった結果であれば、尊重いたしますわ」
周囲の貴族たちは違和感を覚え始めていた。あまりにも冷静すぎる対応。だが、カタリナはそこで言葉を切り、扇を閉じる。
「ただし」
その一語で、空気が張り詰めた。
「殿下の今のお言葉は、あくまで意思表明に過ぎません。婚約とは、家と家の間で交わされた正式な契約です。この場での宣言のみで、成立も破棄もいたしません」
エドワードは不快そうに鼻を鳴らす。
「私が王太子だ」
「存じております。だからこそ申し上げているのです」
カタリナの口調は変わらない。
「婚約証文の効力、破棄に伴う手続き、そして違約が生じた場合の責任。これらは、殿下お一人の感情で左右されるものではございません」
ミラが不安そうにエドワードの腕に縋った。
「で、でも……私たちは愛し合って……」
カタリナは静かに彼女を見る。
「愛を否定するつもりはございません。ただし、それは契約の代替にはなりません」
エドワードは苛立ちを隠さず声を荒げた。
「婚約など、結局は結婚前の約束だろう!」
その瞬間、貴族たちの間に明確な動揺が走った。王太子が、自ら契約の重みを否定したのだ。
カタリナは一度、深く息を整え、はっきりと告げる。
「では、明確に申し上げます」
広間が完全な静寂に包まれる。
「殿下が今しがたご自身の口でお認めになった通り、婚約期間中に侍女を妊娠させた事実がございます。その時点で、契約不履行は殿下側にございます」
一拍置き、彼女は続けた。
「従って、婚約を破棄する権利は……こちらにあります」
エドワードの表情が凍りついた。自分が放った言葉が、どれほど決定的な意味を持つかを、ようやく理解し始めたのだ。
カタリナは優雅に一礼する。
「正式な手続きと清算は、明日。弁護士同席の上で行いましょう」
そう告げて、彼女は踵を返した。夜会の中心から離れていくその背中を、誰一人として呼び止めることはできない。
この夜が、恋愛劇の終わりではないことを、貴族たちは悟っていた。
これは、契約が破棄され、力関係が反転する――その始まりなのだ。
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