13 / 39
第十三話 運び出される栄華
しおりを挟む
第十三話 運び出される栄華
午前中の王宮は、いつもなら来客も少なく、静寂に包まれている時間帯だった。だがその日、正門前には数台の馬車と荷車が並び、普段とは明らかに異なる空気が漂っていた。
「次は東翼の応接間です」
記録官の指示に従い、作業員たちが動き出す。彼らの手つきは慎重で、乱暴さは一切ない。それでも、王宮にとっては十分すぎるほど異様な光景だった。
応接間の中央に据えられていた長机が、ゆっくりと持ち上げられる。重厚な木材に、金細工を施した脚部。王家の象徴のように扱われてきた家具だ。
「それも対象なのですか……?」
立ち会っていた若い官吏が、思わず口にする。
ローレンスは帳簿を確認し、淡々と答えた。
「はい。王太子妃候補の公式応接用として発注されたものです。費用はすべて公爵家から支払われています」
官吏は唇を噛んだ。理屈は理解している。だが感情が、ついてこない。
机が運び出されると、床には長年隠れていた傷と色褪せが露わになった。そこに残るのは、かつての栄華の痕跡だけだ。
別の部屋では、壁一面を覆っていたタペストリーが外されていた。狩猟の情景を織り込んだ大作で、来客の目を引くために飾られていたものだ。
「これがなくなると……随分、殺風景ですね」
王宮付きの老女官が、ぽつりと呟く。
「元々、この壁はこういう色でした」
記録官の言葉は、必要以上に事実を突きつけるものだった。
タペストリーが外されると、石壁の冷たい灰色が姿を現す。王宮が持つ厳格さだけが残り、華やかさは消え失せていく。
回廊では、シャンデリアの撤去作業が始まっていた。水晶の一つ一つが丁寧に包まれ、箱に収められていく。その光を失った天井は、驚くほど暗く見える。
「照明を増やさねばなりませんね」
会計官が呟くと、隣にいた財務担当官が苦笑した。
「予算があれば、ですが」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
カタリナは、少し離れた場所から作業の進行を確認していた。彼女の視線は、物ではなく、人の表情を追っている。
驚き、戸惑い、焦り、そして遅れて訪れる理解。
王宮に仕える者たちは、ようやく気づき始めていた。これが一時的な措置ではなく、取り消せない現実であることを。
「思った以上に、王宮は広いですわね」
カタリナのその言葉に、同行していた法務官が小さく頷く。
「……物が減ると、余計に」
「ええ。広さだけが残る」
それは、彼女自身の境遇とも重なる言葉だった。
王太子の執務室の前を通りかかったとき、中から荒い声が聞こえてきた。何かを叩きつける音もする。
だが、誰も足を止めなかった。
今、この王宮で優先されているのは感情ではない。契約と記録だ。
荷車が正門を通り抜けるたび、王宮から一つずつ「飾り」が消えていく。そのたびに、門前の空気が少しずつ変わっていくのを、誰もが感じていた。
夕方、作業が一段落した頃には、王宮の内部は見違えるほど簡素になっていた。かつて客人を圧倒していた豪奢さは、影も形もない。
カタリナは、正門前で最後の荷車を見送る。
「本日は、ここまでですわ」
記録官が確認を取る。
「明日は西翼と、宝物庫前室の確認を予定しています」
「承知しました」
彼女は頷き、王宮を振り返った。
そこにあるのは、崩れた建物ではない。だが、確実に“栄華だけ”が失われた空間だった。
この日、王宮は理解する。
力とは、積み上げた装飾ではなく、それを支える信用の上にしか成り立たないのだということを。
そしてその信用は、すでに静かに、運び出されてしまった後だった。
午前中の王宮は、いつもなら来客も少なく、静寂に包まれている時間帯だった。だがその日、正門前には数台の馬車と荷車が並び、普段とは明らかに異なる空気が漂っていた。
「次は東翼の応接間です」
記録官の指示に従い、作業員たちが動き出す。彼らの手つきは慎重で、乱暴さは一切ない。それでも、王宮にとっては十分すぎるほど異様な光景だった。
応接間の中央に据えられていた長机が、ゆっくりと持ち上げられる。重厚な木材に、金細工を施した脚部。王家の象徴のように扱われてきた家具だ。
「それも対象なのですか……?」
立ち会っていた若い官吏が、思わず口にする。
ローレンスは帳簿を確認し、淡々と答えた。
「はい。王太子妃候補の公式応接用として発注されたものです。費用はすべて公爵家から支払われています」
官吏は唇を噛んだ。理屈は理解している。だが感情が、ついてこない。
机が運び出されると、床には長年隠れていた傷と色褪せが露わになった。そこに残るのは、かつての栄華の痕跡だけだ。
別の部屋では、壁一面を覆っていたタペストリーが外されていた。狩猟の情景を織り込んだ大作で、来客の目を引くために飾られていたものだ。
「これがなくなると……随分、殺風景ですね」
王宮付きの老女官が、ぽつりと呟く。
「元々、この壁はこういう色でした」
記録官の言葉は、必要以上に事実を突きつけるものだった。
タペストリーが外されると、石壁の冷たい灰色が姿を現す。王宮が持つ厳格さだけが残り、華やかさは消え失せていく。
回廊では、シャンデリアの撤去作業が始まっていた。水晶の一つ一つが丁寧に包まれ、箱に収められていく。その光を失った天井は、驚くほど暗く見える。
「照明を増やさねばなりませんね」
会計官が呟くと、隣にいた財務担当官が苦笑した。
「予算があれば、ですが」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
カタリナは、少し離れた場所から作業の進行を確認していた。彼女の視線は、物ではなく、人の表情を追っている。
驚き、戸惑い、焦り、そして遅れて訪れる理解。
王宮に仕える者たちは、ようやく気づき始めていた。これが一時的な措置ではなく、取り消せない現実であることを。
「思った以上に、王宮は広いですわね」
カタリナのその言葉に、同行していた法務官が小さく頷く。
「……物が減ると、余計に」
「ええ。広さだけが残る」
それは、彼女自身の境遇とも重なる言葉だった。
王太子の執務室の前を通りかかったとき、中から荒い声が聞こえてきた。何かを叩きつける音もする。
だが、誰も足を止めなかった。
今、この王宮で優先されているのは感情ではない。契約と記録だ。
荷車が正門を通り抜けるたび、王宮から一つずつ「飾り」が消えていく。そのたびに、門前の空気が少しずつ変わっていくのを、誰もが感じていた。
夕方、作業が一段落した頃には、王宮の内部は見違えるほど簡素になっていた。かつて客人を圧倒していた豪奢さは、影も形もない。
カタリナは、正門前で最後の荷車を見送る。
「本日は、ここまでですわ」
記録官が確認を取る。
「明日は西翼と、宝物庫前室の確認を予定しています」
「承知しました」
彼女は頷き、王宮を振り返った。
そこにあるのは、崩れた建物ではない。だが、確実に“栄華だけ”が失われた空間だった。
この日、王宮は理解する。
力とは、積み上げた装飾ではなく、それを支える信用の上にしか成り立たないのだということを。
そしてその信用は、すでに静かに、運び出されてしまった後だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!
白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。
婚約者ではないのに、です。
それに、いじめた記憶も一切ありません。
私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。
第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。
カクヨムにも掲載しております。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる