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第十二話 什器は誰の所有物か
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第十二話 什器は誰の所有物か
王宮の回廊に、聞き慣れない音が響いていた。金属が触れ合う乾いた音、布が擦れる音、指示を出す低い声。それらは祝祭の準備でも、修繕工事でもない。撤去作業の音だった。
朝の王宮は、いつもなら静謐さを誇る場所だ。しかしこの日は違う。複数の人間が、明確な目的をもって動いている。その中心にあるのは、一枚の書類だった。
「こちらのシャンデリアも対象です」
記録官が淡々と告げると、作業員たちは一斉に視線を天井へ向けた。巨大な水晶の装飾は、王宮の象徴とも言える存在だった。
王家の侍従長が慌てて声を上げる。
「お待ちください。それは王宮の調度品です。簡単に外してよいものでは……」
だが、その言葉を遮ったのは、公爵家顧問弁護士ローレンスだった。
「いいえ。王宮に設置されているという事実と、王家の所有物であるかどうかは別問題です」
彼は手にした帳簿を開き、該当箇所を示す。
「このシャンデリアは、三年前、アルヴェルト公爵家より持参金の一部として持ち込まれたものです。所有権は、婚姻成立を条件に王家へ移転する契約でした」
侍従長の顔色が変わる。
「しかし……すでに王宮の一部として……」
「婚姻は成立しておりません」
ローレンスは静かに言い切った。
「条件が満たされていない以上、所有権は移転していない」
その理屈に、反論の余地はなかった。
少し離れた場所で、カタリナはその光景を静かに見ていた。表情に喜色はない。ただ、事務的な確認作業が進んでいるのを見守っているだけだ。
「次は、こちらのタペストリーです」
記録官が読み上げる。
「王太子妃候補居室用として設えられたもの。製作費、輸送費、設置費、すべて公爵家負担」
作業員たちは無言で頷き、壁から丁寧に布を外し始める。長年そこに掛けられていたかのように見える装飾が、次々と姿を消していった。
王家側の会計官は、耐えきれずに呟く。
「……王宮が、空になっていく」
ローレンスは、その言葉に視線を向ける。
「正確には、元の状態に戻っているだけです」
会計官は言葉を失った。
王宮が豪華であり続けた理由。その多くが、未来の王太子妃候補の持参品と、彼女の実家の資金によって支えられていた事実が、今になって露呈している。
別の部屋では、絨毯が巻き取られていた。厚く、足音を吸い込むその絨毯がなくなると、石床の冷たさが露わになる。
「こんなに……石の床は、冷たかったのか」
若い侍女が、思わず漏らしたその一言に、周囲は誰も答えなかった。
カタリナは、その部屋に足を踏み入れる。かつて自分のために用意された居室だった場所だ。家具が減り、装飾が消え、広さだけが強調されている。
「殿下は、ここをご覧になりましたか」
彼女は、同行していた王家の法務官に問いかける。
「……まだです」
「そう」
カタリナは頷いた。
「きっと、驚かれるでしょうね。けれど、これは罰ではありません」
彼女は、床に残った家具の影を見つめながら続ける。
「契約が成立しなかった以上、私の持ち込んだものを引き揚げる。それだけのことです」
その言葉は、冷酷でも皮肉でもなかった。ただの事実だった。
廊下では、次々と荷車が行き交う。積まれているのは、王家の紋章ではなく、公爵家の印が刻まれた木箱ばかりだ。
それを見送る王宮の人々は、ようやく理解し始めていた。
王宮の豪奢さは、王家だけの力ではなかったことを。
そして、失われているのは物だけではないということを。
カタリナは、回廊の中央で立ち止まり、静かに言った。
「ここまでで、本日の撤去作業は以上ですわ」
記録官が確認する。
「残る対象は、明日以降に」
「ええ。急ぐ必要はありません」
彼女はそう答え、視線を王宮の奥へ向けた。
王宮は、まだ形を保っている。しかし、その内側から、確実に空洞化が始まっていた。
それは、怒号も破壊も伴わない、静かな崩壊だった。
そしてこの日、王家は初めて実感する。
契約が破られたとき、失われるのは金だけではない。
当たり前だと思っていた「豪奢な日常」そのものが、音もなく引き剥がされていくのだという現実を。
王宮の回廊に、聞き慣れない音が響いていた。金属が触れ合う乾いた音、布が擦れる音、指示を出す低い声。それらは祝祭の準備でも、修繕工事でもない。撤去作業の音だった。
朝の王宮は、いつもなら静謐さを誇る場所だ。しかしこの日は違う。複数の人間が、明確な目的をもって動いている。その中心にあるのは、一枚の書類だった。
「こちらのシャンデリアも対象です」
記録官が淡々と告げると、作業員たちは一斉に視線を天井へ向けた。巨大な水晶の装飾は、王宮の象徴とも言える存在だった。
王家の侍従長が慌てて声を上げる。
「お待ちください。それは王宮の調度品です。簡単に外してよいものでは……」
だが、その言葉を遮ったのは、公爵家顧問弁護士ローレンスだった。
「いいえ。王宮に設置されているという事実と、王家の所有物であるかどうかは別問題です」
彼は手にした帳簿を開き、該当箇所を示す。
「このシャンデリアは、三年前、アルヴェルト公爵家より持参金の一部として持ち込まれたものです。所有権は、婚姻成立を条件に王家へ移転する契約でした」
侍従長の顔色が変わる。
「しかし……すでに王宮の一部として……」
「婚姻は成立しておりません」
ローレンスは静かに言い切った。
「条件が満たされていない以上、所有権は移転していない」
その理屈に、反論の余地はなかった。
少し離れた場所で、カタリナはその光景を静かに見ていた。表情に喜色はない。ただ、事務的な確認作業が進んでいるのを見守っているだけだ。
「次は、こちらのタペストリーです」
記録官が読み上げる。
「王太子妃候補居室用として設えられたもの。製作費、輸送費、設置費、すべて公爵家負担」
作業員たちは無言で頷き、壁から丁寧に布を外し始める。長年そこに掛けられていたかのように見える装飾が、次々と姿を消していった。
王家側の会計官は、耐えきれずに呟く。
「……王宮が、空になっていく」
ローレンスは、その言葉に視線を向ける。
「正確には、元の状態に戻っているだけです」
会計官は言葉を失った。
王宮が豪華であり続けた理由。その多くが、未来の王太子妃候補の持参品と、彼女の実家の資金によって支えられていた事実が、今になって露呈している。
別の部屋では、絨毯が巻き取られていた。厚く、足音を吸い込むその絨毯がなくなると、石床の冷たさが露わになる。
「こんなに……石の床は、冷たかったのか」
若い侍女が、思わず漏らしたその一言に、周囲は誰も答えなかった。
カタリナは、その部屋に足を踏み入れる。かつて自分のために用意された居室だった場所だ。家具が減り、装飾が消え、広さだけが強調されている。
「殿下は、ここをご覧になりましたか」
彼女は、同行していた王家の法務官に問いかける。
「……まだです」
「そう」
カタリナは頷いた。
「きっと、驚かれるでしょうね。けれど、これは罰ではありません」
彼女は、床に残った家具の影を見つめながら続ける。
「契約が成立しなかった以上、私の持ち込んだものを引き揚げる。それだけのことです」
その言葉は、冷酷でも皮肉でもなかった。ただの事実だった。
廊下では、次々と荷車が行き交う。積まれているのは、王家の紋章ではなく、公爵家の印が刻まれた木箱ばかりだ。
それを見送る王宮の人々は、ようやく理解し始めていた。
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そして、失われているのは物だけではないということを。
カタリナは、回廊の中央で立ち止まり、静かに言った。
「ここまでで、本日の撤去作業は以上ですわ」
記録官が確認する。
「残る対象は、明日以降に」
「ええ。急ぐ必要はありません」
彼女はそう答え、視線を王宮の奥へ向けた。
王宮は、まだ形を保っている。しかし、その内側から、確実に空洞化が始まっていた。
それは、怒号も破壊も伴わない、静かな崩壊だった。
そしてこの日、王家は初めて実感する。
契約が破られたとき、失われるのは金だけではない。
当たり前だと思っていた「豪奢な日常」そのものが、音もなく引き剥がされていくのだという現実を。
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