婚約破棄は勝ち組です! 修道院はステータスです!

ふわふわ

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第三十三話 推薦は自然発生的に

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第三十三話 推薦は自然発生的に

 修道院において、「誰が次の院長になるのか」という話題は、表立って語られるものではない。

 選挙があるわけでも、立候補者が名乗りを上げるわけでもない。そもそも、院長という役職は欲しがって得られるものではなく、押し付けられて引き受けるものに近い。

 だからこそ、この日、修道院で起きていた変化は、誰かが意図したものではなかった。

 午前の祈りが終わったあと、修道女たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。その途中で、自然と立ち話が生まれる。

「今朝の寄進帳、確認なさいましたか」

「ええ。問題なく整理されていました」

「誰が?」

「……カタリナ様が」

 その名前は、特別な強調もなく、ただ事実として口にされた。

 別の場所では、修道院付きの会計係が、ため息混じりに呟いていた。

「最近は助かっています。問い合わせが来ても、判断に迷わなくて済む」

「院長様に?」

「いえ……」

 言葉は続かなかったが、答えは皆わかっている。

 書庫では、貴族出身の令嬢たちが資料を広げながら話していた。

「この条文、どう解釈すべきかしら」

「以前なら、王宮に確認していましたわね」

「今は?」

「……サロンに行けば、答えが返ってきます」

 それは依存ではなかった。

 判断を丸投げしているわけでもない。

 ただ、合理的で、感情を挟まず、現実的な答えが返ってくる場所が、そこにあるというだけだ。

 カタリナ自身は、そうした流れを意識していなかった。

 彼女は、求められれば応じ、聞かれれば整理し、必要があれば助言する。それ以上でも以下でもない。

 しかし、人は自然と「楽な方」「確実な方」に集まる。

 そして、楽で確実な場所には、いつの間にか役割が生まれる。

 午後、修道院の応接室で、小規模な打ち合わせが行われていた。

 出席者は五名。修道女二名、貴族令嬢二名、そしてカタリナ。

 議題は、修道院が管理する土地の一部で起きている小さな紛争だった。

「境界線の解釈が曖昧でして」

「双方とも、先代の口約束を根拠にしているのです」

 話を聞きながら、カタリナは頷く。

「書面は残っていないのですね」

「はい」

「では、先代が亡くなる前後の寄進記録と、税の納入先を確認しましょう。実態が優先されます」

 誰も異論を唱えなかった。

 議論は短時間でまとまり、解決策も明確だった。

 解散後、修道女の一人が小さく言った。

「……院長様にご報告を」

 もう一人が、首を傾げる。

「その必要はありますか?」

 一瞬の沈黙。

 だが、その沈黙は否定ではなかった。

「重要事項ではありませんし」

「ええ。それに、方向性は見えていますもの」

 そう言って、二人は自然に歩き出す。

 その背中を見送りながら、貴族令嬢がカタリナに微笑んだ。

「最近、誰も迷いませんわね」

「そうでしょうか」

「ええ。判断基準が、ここにありますもの」

 そう言って、彼女は胸元を軽く叩いた。

 それが意味するところを、カタリナは理解していた。

 夕方、院長の側近である老修道女が、カタリナを呼び止めた。

「皆が、あなたを頼りにしています」

「それは、過分なお言葉ですわ」

「いいえ。推薦というものは、声を上げた者ではなく、自然と名前が浮かぶ者に集まるのです」

 老修道女は、穏やかに続ける。

「今、修道院で“次”の話をすると、誰も同じ名前を口にしません。でも、誰も否定もしない」

 それは、最も静かで、最も強い一致だった。

 カタリナは、その場では何も答えなかった。

 答える必要がなかったからだ。

 その夜、自室で灯りを落とし、窓の外を眺めながら、彼女は思う。

 望んだ覚えはない。

 求めたつもりもない。

 けれど、役割というものは、空席があれば、最も適した者の前に置かれる。

 そして今、修道院という場所で、その椅子は、音もなく彼女の近くに引き寄せられていた。

 推薦は、すでに始まっている。

 誰の号令もなく、誰の反対もなく。

 ただ、自然に。
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