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第12話 物好きだな
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第12話 物好きだな
王太子ディーン・アサルトからの縁談の打診は、ウィンタースイート公爵邸の中で、奇妙な沈黙を生んでいた。
重苦しい、というほどではない。
だが、どこか噛み合わない空気が漂っている。
原因は一つ――
当の本人が、まるで重大事だと思っていないことだった。
---
「で?」
ガラリアは執務机の上に広げられた書状を、指先で軽く叩いた。
「王太子殿下が、私に婚約を申し込みたい、と」
「そうだ」
ウィンタースイート公爵は、腕を組んで頷く。
「正確には、“前向きに話を進めたい”という打診だな」
「ふーん」
それだけ言って、ガラリアは椅子にもたれた。
「正気か?」
「……お前な」
公爵は思わずため息をつく。
「相手は王太子だぞ」
「だからだろ」
即答だった。
「普通、避ける」
公爵は、娘の顔をまじまじと見つめる。
「……恐れはないのか?」
「ない」
「王家だぞ」
「だから?」
あまりにも率直な返答に、公爵は言葉を失った。
ガラリアは、肩をすくめる。
「私は、
前の婚約でもそうだったが――」
「“立場が上”って理由だけで、
相手に合わせる気はねぇ」
「王太子だろうが、
皇帝だろうが、
合わねぇなら合わねぇ」
その言葉には、強がりも反抗もない。
ただの事実として、淡々と語られている。
---
数日後。
王城の応接室で、ディーン・アサルトはソファに腰掛け、静かに待っていた。
豪奢だが、無駄のない部屋。
王家の権威を誇示するというより、実務の場として整えられている。
「……来るかな」
小さく呟き、紅茶に口をつける。
断られる可能性は、十分に考えていた。
いや、むしろその方が自然だ。
婚約破棄直後の令嬢に、
王太子が縁談を持ちかける。
社交界的には、
“救いの手”
“体面の回復”
そう受け取られてもおかしくない。
だが、ディーンの意図は、そこにはなかった。
(……慰めるつもりはない)
知りたいだけだ。
なぜ、彼女の領地は回っているのか。
なぜ、数字が改善しているのか。
そして――
なぜ、彼女は社交界を切り捨てられるのか。
---
「失礼する」
扉が開き、通された人物を見て、ディーンは一瞬だけ目を瞬いた。
噂に聞く“品のない公爵令嬢”。
だが、目の前に立つガラリアは、
背筋を伸ばし、無駄のない所作で一礼していた。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリアです」
声音は落ち着いている。
(……噂と違うな)
ディーンは、内心でそう思いながらも、微笑を浮かべた。
「こちらこそ。
アサルト王家第一王子、ディーンだ」
「本日は時間をいただき、感謝する」
「……いえ」
ガラリアは、軽く首を振る。
「父に“一度は話を聞け”と言われたので」
その言葉に、ディーンは思わず笑いそうになった。
(率直すぎる……)
---
形式的な挨拶が終わり、二人きりになる。
沈黙を破ったのは、ガラリアだった。
「で」
「何が目的だ?」
単刀直入。
「私は、
王太子妃向きじゃねぇぞ」
「社交も苦手だし、
王城に縛られる気もない」
「それでも、
婚約を申し込む理由があるなら聞く」
ディーンは、少しだけ目を細めた。
「……噂通りだな」
「は?」
「率直だ」
ディーンは、カップを置く。
「理由は一つだ」
「君の領地が、成果を出している」
ガラリアは、眉を上げた。
「……それだけ?」
「ああ」
「恋でも、同情でもない」
「王家として、
無視できない“結果”が出ている」
ガラリアは、しばらく黙り込んだ。
そして。
「物好きだな」
ぽつりと、そう言った。
「結果だけ見て、
本人を見に来る王子なんて」
ディーンは、苦笑する。
「よく言われる」
「だろうな」
ガラリアは、腕を組む。
「私は、
王家に尽くす気も、
王太子を支える覚悟もない」
「それでもいいなら、
話くらいは続けてやる」
ディーンは、その言葉を遮らなかった。
「構わない」
即答だった。
「私は、
君を縛るつもりはない」
ガラリアは、じっと彼を見る。
「……本気か?」
「ああ」
迷いのない答え。
その瞬間、ガラリアは小さく息を吐いた。
「……やっぱり、物好きだ」
だが、その声には、
先ほどまでの警戒よりも、
わずかな興味が混じっていた。
---
応接室を出た後。
ガラリアは、廊下を歩きながら呟く。
「王太子、ねぇ……」
「厄介そうだが」
完全に拒絶する気にもなれなかった。
理由は単純だ。
(……同情じゃねぇ)
彼は、“可哀想だから”ではなく、
“結果を見て”来ている。
それだけで、
他の貴族とは、明確に違っていた。
一方、ディーンは。
「……面白いな」
一人、そう呟いた。
拒絶されかけている。
だが、それが心地よい。
取り繕わない。
媚びない。
期待もしない。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリア」
「君は、
やはり例外だ」
この縁談が、
どう転ぶかは分からない。
だが、少なくとも。
これは、救済でも、保護でもない。
“物好きな王太子”と
“変な公爵令嬢”の、
奇妙な関係の始まりだった。
それだけは、確かだった。
王太子ディーン・アサルトからの縁談の打診は、ウィンタースイート公爵邸の中で、奇妙な沈黙を生んでいた。
重苦しい、というほどではない。
だが、どこか噛み合わない空気が漂っている。
原因は一つ――
当の本人が、まるで重大事だと思っていないことだった。
---
「で?」
ガラリアは執務机の上に広げられた書状を、指先で軽く叩いた。
「王太子殿下が、私に婚約を申し込みたい、と」
「そうだ」
ウィンタースイート公爵は、腕を組んで頷く。
「正確には、“前向きに話を進めたい”という打診だな」
「ふーん」
それだけ言って、ガラリアは椅子にもたれた。
「正気か?」
「……お前な」
公爵は思わずため息をつく。
「相手は王太子だぞ」
「だからだろ」
即答だった。
「普通、避ける」
公爵は、娘の顔をまじまじと見つめる。
「……恐れはないのか?」
「ない」
「王家だぞ」
「だから?」
あまりにも率直な返答に、公爵は言葉を失った。
ガラリアは、肩をすくめる。
「私は、
前の婚約でもそうだったが――」
「“立場が上”って理由だけで、
相手に合わせる気はねぇ」
「王太子だろうが、
皇帝だろうが、
合わねぇなら合わねぇ」
その言葉には、強がりも反抗もない。
ただの事実として、淡々と語られている。
---
数日後。
王城の応接室で、ディーン・アサルトはソファに腰掛け、静かに待っていた。
豪奢だが、無駄のない部屋。
王家の権威を誇示するというより、実務の場として整えられている。
「……来るかな」
小さく呟き、紅茶に口をつける。
断られる可能性は、十分に考えていた。
いや、むしろその方が自然だ。
婚約破棄直後の令嬢に、
王太子が縁談を持ちかける。
社交界的には、
“救いの手”
“体面の回復”
そう受け取られてもおかしくない。
だが、ディーンの意図は、そこにはなかった。
(……慰めるつもりはない)
知りたいだけだ。
なぜ、彼女の領地は回っているのか。
なぜ、数字が改善しているのか。
そして――
なぜ、彼女は社交界を切り捨てられるのか。
---
「失礼する」
扉が開き、通された人物を見て、ディーンは一瞬だけ目を瞬いた。
噂に聞く“品のない公爵令嬢”。
だが、目の前に立つガラリアは、
背筋を伸ばし、無駄のない所作で一礼していた。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリアです」
声音は落ち着いている。
(……噂と違うな)
ディーンは、内心でそう思いながらも、微笑を浮かべた。
「こちらこそ。
アサルト王家第一王子、ディーンだ」
「本日は時間をいただき、感謝する」
「……いえ」
ガラリアは、軽く首を振る。
「父に“一度は話を聞け”と言われたので」
その言葉に、ディーンは思わず笑いそうになった。
(率直すぎる……)
---
形式的な挨拶が終わり、二人きりになる。
沈黙を破ったのは、ガラリアだった。
「で」
「何が目的だ?」
単刀直入。
「私は、
王太子妃向きじゃねぇぞ」
「社交も苦手だし、
王城に縛られる気もない」
「それでも、
婚約を申し込む理由があるなら聞く」
ディーンは、少しだけ目を細めた。
「……噂通りだな」
「は?」
「率直だ」
ディーンは、カップを置く。
「理由は一つだ」
「君の領地が、成果を出している」
ガラリアは、眉を上げた。
「……それだけ?」
「ああ」
「恋でも、同情でもない」
「王家として、
無視できない“結果”が出ている」
ガラリアは、しばらく黙り込んだ。
そして。
「物好きだな」
ぽつりと、そう言った。
「結果だけ見て、
本人を見に来る王子なんて」
ディーンは、苦笑する。
「よく言われる」
「だろうな」
ガラリアは、腕を組む。
「私は、
王家に尽くす気も、
王太子を支える覚悟もない」
「それでもいいなら、
話くらいは続けてやる」
ディーンは、その言葉を遮らなかった。
「構わない」
即答だった。
「私は、
君を縛るつもりはない」
ガラリアは、じっと彼を見る。
「……本気か?」
「ああ」
迷いのない答え。
その瞬間、ガラリアは小さく息を吐いた。
「……やっぱり、物好きだ」
だが、その声には、
先ほどまでの警戒よりも、
わずかな興味が混じっていた。
---
応接室を出た後。
ガラリアは、廊下を歩きながら呟く。
「王太子、ねぇ……」
「厄介そうだが」
完全に拒絶する気にもなれなかった。
理由は単純だ。
(……同情じゃねぇ)
彼は、“可哀想だから”ではなく、
“結果を見て”来ている。
それだけで、
他の貴族とは、明確に違っていた。
一方、ディーンは。
「……面白いな」
一人、そう呟いた。
拒絶されかけている。
だが、それが心地よい。
取り繕わない。
媚びない。
期待もしない。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリア」
「君は、
やはり例外だ」
この縁談が、
どう転ぶかは分からない。
だが、少なくとも。
これは、救済でも、保護でもない。
“物好きな王太子”と
“変な公爵令嬢”の、
奇妙な関係の始まりだった。
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