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第14話 完璧な所作
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第14話 完璧な所作
王城は、相変わらず静かだった。
石造りの廊下は磨き込まれ、足音すら吸い込むように整えられている。
天井の高い回廊を進みながら、ガラリア・ウィンタースイートは内心で舌打ちしていた。
(……めんどくせぇ)
豪奢。
厳格。
格式。
どれも、彼女の性に合わない。
だが今日は、勝手が違った。
「本日は、
王太子殿下との正式な顔合わせとなります」
先導する女官が、淡々と告げる。
「仮婚約とはいえ、
王家としての記録にも残りますので――」
「分かってる」
ガラリアは短く答えた。
「やることは、やる」
その声は低く、落ち着いている。
女官は、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに何も言わず歩みを続けた。
---
応接の間。
王家の紋章が刻まれた重厚な扉の前で、足が止まる。
「こちらでお待ちください」
そう言われ、ガラリアは一人、静かに立った。
(……仮婚約、ね)
一年前。
別の屋敷で、
別の男と向き合い、
婚約を解消した。
その時と違うのは、
今日は“役割を理解している”ということ。
(王太子の顔を潰すわけにはいかねぇ)
それだけだ。
好きでも、期待でもない。
責任感ですらない。
ただの、線引き。
---
扉が開く。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリア様、
お入りください」
一歩、踏み出す。
背筋を伸ばし、
視線を落とし、
歩幅を揃える。
足音は、静か。
そこにいたのは、ディーン・アサルト王太子だった。
柔らかな金髪、落ち着いた表情。
王族特有の威圧感はあるが、押しつけがましさはない。
ガラリアは、決められた位置で立ち止まる。
そして――
完璧な一礼。
深さ。
角度。
タイミング。
教本通り、寸分の狂いもない。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリア、
本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声は澄み、
荒さの欠片もない。
その瞬間。
ディーンの目が、わずかに見開かれた。
(……噂と、まるで違う)
内心で、そう思う。
「こちらこそ」
ディーンも、同じく礼を返す。
「アサルト王家第一王子、ディーンだ」
「改めて、
本日は仮婚約の顔合わせとして、
来ていただき感謝する」
着席を促され、二人は向かい合った。
女官が紅茶を置き、静かに退室する。
室内に残ったのは、二人だけ。
---
沈黙。
だが、それは気まずいものではなかった。
ディーンは、ガラリアを観察する。
姿勢は崩れていない。
手の置き方も正しい。
視線の配り方も、申し分ない。
(……本当に、別人だな)
王太子は、率直にそう感じた。
噂では、
「怒鳴る」
「荒っぽい」
「礼儀知らず」
だが、目の前の彼女は、
王城において一切の隙を見せていない。
「……意外です」
ディーンが、率直に口を開いた。
「完璧ですね」
ガラリアは、わずかに口角を上げた。
「そう見えるなら、成功だ」
「……成功?」
「公式の場だからな」
さらりとした言い方。
「曲がりなりにも、
王太子殿下の仮婚約者だ」
「殿下の顔を潰すわけにはいかねぇ」
ディーンは、思わず苦笑した。
「噂では、
礼儀知らずと聞いていましたが」
「噂は噂だ」
ガラリアは、即答する。
「私は、
やる気がある時は、やる女だ」
「やる気がない時は?」
「やらない」
きっぱりと言い切る。
ディーンは、声を立てずに笑った。
「……正直ですね」
「取り繕う意味がない」
ガラリアは、紅茶に口をつける。
その仕草すら、非の打ち所がない。
---
「一つ、確認してもいいですか」
ディーンが言った。
「何だ」
「この所作、
王城に来るたびに続けるつもりですか?」
ガラリアは、一瞬だけ考え――
首を横に振った。
「いいや」
「今日だけだ」
「……なぜ?」
「今日は、
“王太子の婚約者”として来ている」
「だが、
私が王城に来る理由が、
それ以外になるなら――」
肩をすくめる。
「その時は、
多少、雑になる」
ディーンは、吹き出しそうになるのを堪えた。
「それは……」
「困る?」
「いえ」
首を振る。
「むしろ、
分かりやすくて助かります」
ガラリアは、少しだけ目を細めた。
「……変わった王子だな」
「よく言われます」
二人の間に、
わずかな空気の緩みが生まれた。
---
会話は、淡々と続いた。
仮婚約の条件の再確認。
公の場での振る舞い。
最低限の連絡。
どれも、感情を挟まない。
「……以上が、
王家としての希望です」
ディーンが言い終える。
「異論はありますか」
「ない」
ガラリアは、即答した。
「最低限だ」
それは、褒め言葉だった。
ディーンは、内心で息を吐く。
(……やはり)
この令嬢は、
王家に“取り込める”人間ではない。
だが。
(……壊す人間でもない)
秩序を理解し、
必要な場では、完璧に振る舞う。
その上で、
自分の領分を崩さない。
---
顔合わせが終わり、扉の前。
ガラリアは、再び完璧な一礼をした。
「本日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
ディーンは、真っ直ぐに言った。
「……正直に言います」
「今日のあなたを見て、
私は安心しました」
ガラリアは、眉を上げる。
「何がだ」
「あなたが、
“制御不能な人”ではないということです」
ガラリアは、鼻で笑った。
「制御される気もねぇがな」
「ええ」
ディーンも笑う。
「そこが、
あなたの強さでしょう」
---
王城を出た後。
ガラリアは、外套を羽織りながら、小さく呟いた。
「……やっぱり、めんどくせぇ」
だが、
不快ではなかった。
少なくとも、
“上から押さえつけてくる相手”ではない。
「……まぁ」
肩を回し、歩き出す。
「次は、現場だな」
完璧な所作は、
王城に置いてきた。
彼女は、
またいつもの場所へ戻っていく。
だがこの日。
ディーン・アサルト王太子の中で、
一つの認識が、はっきりと形になった。
ガラリア・ウィンタースイートは、
“出来ない女”ではない。
――
「やれば、できる女」なのだ。
それを、
自分の意思で使い分けているだけ。
その事実が、
王太子の興味を、
さらに強く掴んで離さなかった。
王城は、相変わらず静かだった。
石造りの廊下は磨き込まれ、足音すら吸い込むように整えられている。
天井の高い回廊を進みながら、ガラリア・ウィンタースイートは内心で舌打ちしていた。
(……めんどくせぇ)
豪奢。
厳格。
格式。
どれも、彼女の性に合わない。
だが今日は、勝手が違った。
「本日は、
王太子殿下との正式な顔合わせとなります」
先導する女官が、淡々と告げる。
「仮婚約とはいえ、
王家としての記録にも残りますので――」
「分かってる」
ガラリアは短く答えた。
「やることは、やる」
その声は低く、落ち着いている。
女官は、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに何も言わず歩みを続けた。
---
応接の間。
王家の紋章が刻まれた重厚な扉の前で、足が止まる。
「こちらでお待ちください」
そう言われ、ガラリアは一人、静かに立った。
(……仮婚約、ね)
一年前。
別の屋敷で、
別の男と向き合い、
婚約を解消した。
その時と違うのは、
今日は“役割を理解している”ということ。
(王太子の顔を潰すわけにはいかねぇ)
それだけだ。
好きでも、期待でもない。
責任感ですらない。
ただの、線引き。
---
扉が開く。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリア様、
お入りください」
一歩、踏み出す。
背筋を伸ばし、
視線を落とし、
歩幅を揃える。
足音は、静か。
そこにいたのは、ディーン・アサルト王太子だった。
柔らかな金髪、落ち着いた表情。
王族特有の威圧感はあるが、押しつけがましさはない。
ガラリアは、決められた位置で立ち止まる。
そして――
完璧な一礼。
深さ。
角度。
タイミング。
教本通り、寸分の狂いもない。
「ウィンタースイート公爵令嬢ガラリア、
本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声は澄み、
荒さの欠片もない。
その瞬間。
ディーンの目が、わずかに見開かれた。
(……噂と、まるで違う)
内心で、そう思う。
「こちらこそ」
ディーンも、同じく礼を返す。
「アサルト王家第一王子、ディーンだ」
「改めて、
本日は仮婚約の顔合わせとして、
来ていただき感謝する」
着席を促され、二人は向かい合った。
女官が紅茶を置き、静かに退室する。
室内に残ったのは、二人だけ。
---
沈黙。
だが、それは気まずいものではなかった。
ディーンは、ガラリアを観察する。
姿勢は崩れていない。
手の置き方も正しい。
視線の配り方も、申し分ない。
(……本当に、別人だな)
王太子は、率直にそう感じた。
噂では、
「怒鳴る」
「荒っぽい」
「礼儀知らず」
だが、目の前の彼女は、
王城において一切の隙を見せていない。
「……意外です」
ディーンが、率直に口を開いた。
「完璧ですね」
ガラリアは、わずかに口角を上げた。
「そう見えるなら、成功だ」
「……成功?」
「公式の場だからな」
さらりとした言い方。
「曲がりなりにも、
王太子殿下の仮婚約者だ」
「殿下の顔を潰すわけにはいかねぇ」
ディーンは、思わず苦笑した。
「噂では、
礼儀知らずと聞いていましたが」
「噂は噂だ」
ガラリアは、即答する。
「私は、
やる気がある時は、やる女だ」
「やる気がない時は?」
「やらない」
きっぱりと言い切る。
ディーンは、声を立てずに笑った。
「……正直ですね」
「取り繕う意味がない」
ガラリアは、紅茶に口をつける。
その仕草すら、非の打ち所がない。
---
「一つ、確認してもいいですか」
ディーンが言った。
「何だ」
「この所作、
王城に来るたびに続けるつもりですか?」
ガラリアは、一瞬だけ考え――
首を横に振った。
「いいや」
「今日だけだ」
「……なぜ?」
「今日は、
“王太子の婚約者”として来ている」
「だが、
私が王城に来る理由が、
それ以外になるなら――」
肩をすくめる。
「その時は、
多少、雑になる」
ディーンは、吹き出しそうになるのを堪えた。
「それは……」
「困る?」
「いえ」
首を振る。
「むしろ、
分かりやすくて助かります」
ガラリアは、少しだけ目を細めた。
「……変わった王子だな」
「よく言われます」
二人の間に、
わずかな空気の緩みが生まれた。
---
会話は、淡々と続いた。
仮婚約の条件の再確認。
公の場での振る舞い。
最低限の連絡。
どれも、感情を挟まない。
「……以上が、
王家としての希望です」
ディーンが言い終える。
「異論はありますか」
「ない」
ガラリアは、即答した。
「最低限だ」
それは、褒め言葉だった。
ディーンは、内心で息を吐く。
(……やはり)
この令嬢は、
王家に“取り込める”人間ではない。
だが。
(……壊す人間でもない)
秩序を理解し、
必要な場では、完璧に振る舞う。
その上で、
自分の領分を崩さない。
---
顔合わせが終わり、扉の前。
ガラリアは、再び完璧な一礼をした。
「本日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
ディーンは、真っ直ぐに言った。
「……正直に言います」
「今日のあなたを見て、
私は安心しました」
ガラリアは、眉を上げる。
「何がだ」
「あなたが、
“制御不能な人”ではないということです」
ガラリアは、鼻で笑った。
「制御される気もねぇがな」
「ええ」
ディーンも笑う。
「そこが、
あなたの強さでしょう」
---
王城を出た後。
ガラリアは、外套を羽織りながら、小さく呟いた。
「……やっぱり、めんどくせぇ」
だが、
不快ではなかった。
少なくとも、
“上から押さえつけてくる相手”ではない。
「……まぁ」
肩を回し、歩き出す。
「次は、現場だな」
完璧な所作は、
王城に置いてきた。
彼女は、
またいつもの場所へ戻っていく。
だがこの日。
ディーン・アサルト王太子の中で、
一つの認識が、はっきりと形になった。
ガラリア・ウィンタースイートは、
“出来ない女”ではない。
――
「やれば、できる女」なのだ。
それを、
自分の意思で使い分けているだけ。
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