『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第28話 揺るがぬ判断

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第28話 揺るがぬ判断

 王都の空気が、わずかにざわめき始めていた。
 第四段階に入ってから、現場は止まらず、判断は滞らず、結果は淡々と積み上がっている。だが、順調であるがゆえに――次に訪れるものは、必ず「試す力」だった。

 その兆しは、一本の書簡から始まった。

 「……王宮直轄の監査ですか」

 仮設事務所で報告を受けた補佐が、表情を引き締める。

 「はい。形式上は定期ですが、時期が……」

 早すぎる。
 成果が出始めた段階での監査は、称賛のためではない。揺さぶりだ。

 コルネリア・フォン・ヴァルデンは、書簡を一読し、静かに頷いた。

 「受け入れます」

 即答だった。

 「準備は?」

 「不要です。普段通りで」

 その言葉に、補佐は一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。
 彼女の進め方は、見せるためのものではない。

 数日後、監査官が現場に入った。
 資料の確認。現地視察。関係者への聞き取り。

 形式は厳格だが、空気は冷ややかだった。

 「判断が現場に委ねられているようですが……統制は?」

 監査官の問いは、鋭い。

 「統制は、基準で行っています」

 コルネリアは、事前にまとめていた簡潔な一覧を示す。

 判断基準。報告義務。修正手順。
 すべて、明文化されている。

 「では、この判断は?」

 示されたのは、現場責任者が独自に下した決定だった。

 「基準に照らして、妥当です」

 迷いのない答え。

 「責任の所在は?」

 コルネリアは、監査官の目を見て答えた。

 「私です」

 会議室に、静かな緊張が走る。

 「すべての判断を?」

 「はい。結果に対して、です」

 監査官は、何も言わずに記録を取った。

 その日の夕刻、別の角度からの揺さぶりが来た。
 有力貴族からの“助言”という名の提案。

 「ここは、もう少し急いだ方がいい。数字が出れば、王宮の評価も――」

 言葉の端々に、誘導がある。

 コルネリアは、首を横に振った。

 「評価のために進める計画ではありません」

 「だが、機会を逃すのは――」

 「逃して困る機会なら、そもそも選びません」

 空気が、ぴんと張る。

 その場に同席していたバルタザール・フォン・クロイツは、静かに息を吐いた。
 彼女は、どこでも同じだ。

 譲るところでは譲る。
 だが、判断の軸は一切ずらさない。

 翌日、監査の中間報告が共有された。
 問題点は、軽微な手続きの改善のみ。

 「……概ね、適正」

 その一文が、すべてを物語っていた。

 仮設事務所に戻ると、現場責任者たちが、ほっとした表情で集まってきた。

 「監査、大丈夫そうですね」

 「はい。皆さんが、基準通りに判断してくれたからです」

 彼女は、全員を見渡す。

 「これからも、判断に迷ったら基準に戻ってください。基準に書いていないことは、報告してください」

 命令ではない。
 信頼を前提にした約束だ。

 夜、屋敷の書斎で、コルネリアは一日の記録をまとめていた。
 監査対応。圧力への対応。現場の反応。

 筆を止め、静かに考える。

 揺さぶりは、これからも来る。
 評価を求める声も、急かす声も。

 だが――

 「揺るがない」

 小さく呟く。

 基準がある。
 理由がある。
 引き受ける覚悟がある。

 それ以上、何が必要だというのか。

 同じ夜、バルタザールは補佐資料を整理しながら、深く納得していた。

 彼女の強さは、声の大きさではない。
 立場の高さでもない。

 判断を変えない理由を、いつでも示せること。

 それが、揺るがぬ判断というものだ。

 王都の灯りが、静かに瞬く。
 監査も、圧力も、評価も――すべては通過点に過ぎない。

 コルネリア・フォン・ヴァルデンは、
 誰の期待にも、誰の恐れにも振り回されず、
 ただ一つの軸を持って、進み続けていた。

 その判断は、今日も揺らがなかった。
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