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【第9話 王宮からの使者】
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【第9話 王宮からの使者】
クレスト公爵城の応接室。
私はソファに腰掛け、紅茶を飲んでいた。
窓の外には北方の広い空が見える。
王都の重たい空気とは違い、ここは静かだ。
「……さて」
私はカップを置いた。
「どんなご用件かしら」
向かいのソファには王宮からの使者が座っている。
中年の男だった。
王宮官僚らしく、豪華な服を着ている。
だが額にはうっすら汗が浮かんでいた。
長旅のせいだけではないだろう。
彼は深く頭を下げた。
「お久しぶりでございます」
「クレスト公爵令嬢」
「ごきげんよう」
私は微笑んだ。
「それで?」
男は慎重に言葉を選ぶ。
「本日は王太子殿下からのご命令で参りました」
「そうですか」
私は静かに紅茶を飲む。
男は言った。
「殿下は、今回の件について誤解があったとお考えです」
私は首をかしげる。
「誤解?」
「はい」
「ですので、婚約破棄の件は――」
男は咳払いをした。
「なかったことに」
沈黙。
部屋が静まり返る。
私はゆっくりカップを置いた。
「つまり」
私は微笑む。
「婚約を元に戻す?」
男は慌てて言った。
「ええ、その通りです!」
「殿下も大変後悔しておられまして」
私は小さく笑った。
「そうですか」
男はほっとしたようだった。
「では王都へ戻っていただけると――」
「お断りします」
一瞬で答えた。
男は固まった。
「……え?」
私は穏やかに言う。
「婚約はすでに解消されました」
「ですが!」
「殿下のご命令で――」
私は首を横に振る。
「婚約は契約です」
「一方的に破棄された時点で終了しています」
男は慌てた。
「しかし王太子殿下が――」
私はにこりと笑う。
「殿下ご自身が宣言されたのです」
「大勢の前で」
男は何も言えなくなった。
その時。
応接室の扉が静かに開いた。
アシュレイ・ディルハルトだった。
彼は部屋に入ると、使者を見た。
「王宮の人間か」
使者は少し慌てる。
「辺境伯閣下」
アシュレイは冷静に言った。
「話は聞こえていた」
そして私を見る。
「戻るつもりは?」
私は首を振る。
「ありません」
アシュレイは頷いた。
「そうだろう」
使者は焦った。
「お待ちください!」
「王家は大変な状況なのです!」
私は少し目を細める。
「どのように?」
男は思わず言ってしまった。
「資金が……」
そして慌てて口を押さえた。
私は小さく笑う。
「そうですか」
男は必死に言い訳する。
「いえ、その……!」
私は穏やかに言った。
「王家の事情は理解しています」
「ですが」
私は静かに続ける。
「それと婚約は別の話です」
使者は汗をかいていた。
「殿下はあなたを必要としておられます!」
私は首をかしげる。
「そうでしょうか」
「もちろんです!」
私は少し考えた。
そして言う。
「では一つ質問します」
「はい?」
「殿下は」
私は穏やかに尋ねた。
「エルネスタ様と結婚なさるのでは?」
使者は言葉を失う。
私は続ける。
「真実の愛とおっしゃっていましたわ」
部屋が静まり返る。
使者は何も言えなかった。
私は優雅に立ち上がる。
「申し訳ありません」
「私は忙しいのです」
そして一礼した。
「王都には戻りません」
使者は顔を青くした。
「そ、そんな……」
アシュレイが静かに言う。
「話は終わりだ」
騎士が扉を開ける。
使者は立ち上がった。
絶望した顔だった。
「殿下に……なんと報告すれば……」
私は微笑む。
「そのままお伝えください」
そして言った。
「婚約は終わりました、と」
使者は深く頭を下げると、力なく部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
私は小さく息を吐いた。
「これで終わりですわね」
しかし。
アシュレイは首を振った。
「いや」
「終わらない」
私は首をかしげる。
「なぜです?」
彼は窓の外を見ながら言った。
「王家は」
「まだ諦めない」
私は少し考えた。
そして微笑む。
「それなら」
私は紅茶を一口飲んだ。
「もう少し困っていただきましょう」
北方の風が窓を揺らしていた。
クレスト公爵城の応接室。
私はソファに腰掛け、紅茶を飲んでいた。
窓の外には北方の広い空が見える。
王都の重たい空気とは違い、ここは静かだ。
「……さて」
私はカップを置いた。
「どんなご用件かしら」
向かいのソファには王宮からの使者が座っている。
中年の男だった。
王宮官僚らしく、豪華な服を着ている。
だが額にはうっすら汗が浮かんでいた。
長旅のせいだけではないだろう。
彼は深く頭を下げた。
「お久しぶりでございます」
「クレスト公爵令嬢」
「ごきげんよう」
私は微笑んだ。
「それで?」
男は慎重に言葉を選ぶ。
「本日は王太子殿下からのご命令で参りました」
「そうですか」
私は静かに紅茶を飲む。
男は言った。
「殿下は、今回の件について誤解があったとお考えです」
私は首をかしげる。
「誤解?」
「はい」
「ですので、婚約破棄の件は――」
男は咳払いをした。
「なかったことに」
沈黙。
部屋が静まり返る。
私はゆっくりカップを置いた。
「つまり」
私は微笑む。
「婚約を元に戻す?」
男は慌てて言った。
「ええ、その通りです!」
「殿下も大変後悔しておられまして」
私は小さく笑った。
「そうですか」
男はほっとしたようだった。
「では王都へ戻っていただけると――」
「お断りします」
一瞬で答えた。
男は固まった。
「……え?」
私は穏やかに言う。
「婚約はすでに解消されました」
「ですが!」
「殿下のご命令で――」
私は首を横に振る。
「婚約は契約です」
「一方的に破棄された時点で終了しています」
男は慌てた。
「しかし王太子殿下が――」
私はにこりと笑う。
「殿下ご自身が宣言されたのです」
「大勢の前で」
男は何も言えなくなった。
その時。
応接室の扉が静かに開いた。
アシュレイ・ディルハルトだった。
彼は部屋に入ると、使者を見た。
「王宮の人間か」
使者は少し慌てる。
「辺境伯閣下」
アシュレイは冷静に言った。
「話は聞こえていた」
そして私を見る。
「戻るつもりは?」
私は首を振る。
「ありません」
アシュレイは頷いた。
「そうだろう」
使者は焦った。
「お待ちください!」
「王家は大変な状況なのです!」
私は少し目を細める。
「どのように?」
男は思わず言ってしまった。
「資金が……」
そして慌てて口を押さえた。
私は小さく笑う。
「そうですか」
男は必死に言い訳する。
「いえ、その……!」
私は穏やかに言った。
「王家の事情は理解しています」
「ですが」
私は静かに続ける。
「それと婚約は別の話です」
使者は汗をかいていた。
「殿下はあなたを必要としておられます!」
私は首をかしげる。
「そうでしょうか」
「もちろんです!」
私は少し考えた。
そして言う。
「では一つ質問します」
「はい?」
「殿下は」
私は穏やかに尋ねた。
「エルネスタ様と結婚なさるのでは?」
使者は言葉を失う。
私は続ける。
「真実の愛とおっしゃっていましたわ」
部屋が静まり返る。
使者は何も言えなかった。
私は優雅に立ち上がる。
「申し訳ありません」
「私は忙しいのです」
そして一礼した。
「王都には戻りません」
使者は顔を青くした。
「そ、そんな……」
アシュレイが静かに言う。
「話は終わりだ」
騎士が扉を開ける。
使者は立ち上がった。
絶望した顔だった。
「殿下に……なんと報告すれば……」
私は微笑む。
「そのままお伝えください」
そして言った。
「婚約は終わりました、と」
使者は深く頭を下げると、力なく部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
私は小さく息を吐いた。
「これで終わりですわね」
しかし。
アシュレイは首を振った。
「いや」
「終わらない」
私は首をかしげる。
「なぜです?」
彼は窓の外を見ながら言った。
「王家は」
「まだ諦めない」
私は少し考えた。
そして微笑む。
「それなら」
私は紅茶を一口飲んだ。
「もう少し困っていただきましょう」
北方の風が窓を揺らしていた。
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