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1-2 追放宣言と旅立ちの準備
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第1章 断罪? むしろ朗報ですわ!
1-2 追放宣言と旅立ちの準備
翌朝。
王都の神殿は、まるでお通夜のように静まり返っていた。
もっとも、“お通夜”と言っても亡くなったのは私の聖女としての地位であり、命ではない。
むしろ“祝・退職”パーティーでも開いてほしいくらいだ。
白い大理石の廊下を歩くと、神官たちが一斉に視線を逸らす。
あら、まるで誰かが「見ちゃいけないもの」でも通ったかのよう。
まあ実際、彼らの中では“偽聖女”という幽霊扱いなのだろう。
「アリア・レーヴェンス。これが、正式な通達だ」
声をかけてきたのは、老神官フェルマン。
白髭を震わせながら差し出した羊皮紙には、大きくこう記されていた。
> 『聖女アリア・レーヴェンスを神殿より追放する。
王国聖務よりの除名を命ず。』
「まあ、立派な字ですこと。飾ってもいいかしら?」
「……飾る?」
「“神殿を追い出された記念証書”ですもの。記念日を忘れないようにしませんと」
フェルマン神官の顔が引きつった。
私が困って泣くとでも思っていたのだろうか。
「アリア、これでお前は――」
「はいはい、聖女ではなく“一般人”ですわね。問題ございません。
むしろ今後は、“朝寝坊の女神”として再デビューする予定ですの♡」
「な、何を言っている……!?」
私は彼の言葉を遮り、署名欄にサラサラと署名する。
ペンを置き、笑顔で言い放った。
「お世話になりました。聖水の補充と残業代、あと有給申請だけ忘れずにお願いできます?」
フェルマンは「頭がおかしくなったのか……」と小声で呟いた。
いいえ、ようやく正気に戻っただけですわ。
---
荷造りをしていると、侍女のマリアが涙目で部屋に入ってきた。
「アリア様……本当に出て行かれるのですか?」
「ええ。だって、これ以上ここにいても“お祈りマシーン”扱いですもの」
「ですが、殿下が――!」
「“真実の愛”ですわよね? ええ、真実があれば私は不要ですの」
マリアは鼻をすすり、私の鞄にそっと干し葡萄を入れた。
「これ、旅のお供に……。お腹が空いたとき、少しでも……」
「まあ、ありがとう。マリア、あなたこそ良いお嫁さんになれますわ」
「そんな……アリア様の方がずっと……!」
「私はもう“返品不可の女”ですから♡」
クスッと笑い合い、私は彼女の頭を撫でた。
ああ、本当に――泣くほどのことではない。
むしろ、晴れて“自由人”になれたのだ。
この瞬間、私は聖女ではなく、“一人の普通の女性”に戻った。
普通って、なんて素晴らしい響き。
---
神殿を出て、王都の大通りを歩く。
白い修道服の裾を風が揺らし、人々の視線が集まる。
「偽聖女だ」「呪われた女だ」と囁かれても、気にしない。
どうせ噂は一週間もすれば別のスキャンダルに上書きされる。
私は市場の角で立ち止まり、深呼吸した。
「さて、どちらへ行きましょうか」
地図もない、宿も決めていない。
でも――いい。どこへ行っても、もう“誰かの飾り”ではないのだから。
王都の空は雲ひとつなく、青く広がっていた。
---
しかしその平和な思考は、突然の怒声で中断された。
「おいっ、偽聖女!」
振り返ると、若い神官二人が怒鳴りながら走ってくる。
「お前のせいで王太子殿下が笑われている! どう責任を取るつもりだ!」
「責任? あら、“笑われた”のは私ではなく殿下ですわよ?」
「な、なんだと!」
「それに、王太子殿下の“真実の愛”は腐敗防止加工がされていないようですし――
賞味期限切れは殿下の管理責任ではなくて?」
「貴様っ!」
神官が手を上げようとしたその瞬間――背後から鋭い声が飛んだ。
「やめろ」
低く冷たい声。
振り返ると、黒い外套をまとった長身の騎士が立っていた。
陽光を受けて銀髪がきらめく。
「聖女に手を上げるとは、恥を知れ」
「し、しかし彼女は偽――!」
「“元聖女”だろう。いずれにせよ、彼女は女性だ」
神官たちは顔を青ざめさせ、逃げるように立ち去った。
残された私は、助けてくれた騎士に頭を下げる。
「助かりましたわ。……あら、お顔に見覚えが?」
「覚えていないか? 三年前、戦場で倒れた兵士を癒してくれた。あの時の恩を、返しただけだ」
その瞳の色――氷のような青。
ああ、確かにあの時、私が治癒魔法を施した将校がいた。
「まさか、“氷の公爵”と呼ばれたグランツ閣下?」
「今はただの旅の途中だ。……どこへ向かう?」
「特に決めておりませんの。おすすめの避暑地はありますか?」
「……辺境領でよければ、静かだ」
辺境。静か。自由。
あら、それ最高の響き。
「まあ、いい響きですわね。では、そちらに避難――いえ、“転職”させていただきます」
「……転職?」
「はい。職業:元婚約者・返品不可の女。副業:辺境観光客ですの♡」
グランツ公爵――レオン様は、わずかに口角を上げた。
「……奇妙な女だな」
「ありがとうございます、褒め言葉として受け取りますわ」
彼の差し出す手を取り、私は王都をあとにした。
聖女の聖印は消えたけれど、代わりに心は軽くなっていた。
これが“追放”なら――歓迎ですわ。
---
馬車の中、私は干し葡萄をつまみながら呟く。
「ねえ、リリィさん。あなた、これからどうするのかしら。
“真実の愛”って、賞味期限、二日くらいですのよ?」
窓の外、王都の塔が小さくなっていく。
その向こうで、鐘の音が鳴り響いた。
――おそらく、“偽聖女追放の儀式”の鐘。
けれど私にとっては、“自由記念日”のファンファーレ。
「さあ、新しい人生のはじまりですわ。
……まずは、朝寝坊の練習から始めましょうか♡」
---
1-2 追放宣言と旅立ちの準備
翌朝。
王都の神殿は、まるでお通夜のように静まり返っていた。
もっとも、“お通夜”と言っても亡くなったのは私の聖女としての地位であり、命ではない。
むしろ“祝・退職”パーティーでも開いてほしいくらいだ。
白い大理石の廊下を歩くと、神官たちが一斉に視線を逸らす。
あら、まるで誰かが「見ちゃいけないもの」でも通ったかのよう。
まあ実際、彼らの中では“偽聖女”という幽霊扱いなのだろう。
「アリア・レーヴェンス。これが、正式な通達だ」
声をかけてきたのは、老神官フェルマン。
白髭を震わせながら差し出した羊皮紙には、大きくこう記されていた。
> 『聖女アリア・レーヴェンスを神殿より追放する。
王国聖務よりの除名を命ず。』
「まあ、立派な字ですこと。飾ってもいいかしら?」
「……飾る?」
「“神殿を追い出された記念証書”ですもの。記念日を忘れないようにしませんと」
フェルマン神官の顔が引きつった。
私が困って泣くとでも思っていたのだろうか。
「アリア、これでお前は――」
「はいはい、聖女ではなく“一般人”ですわね。問題ございません。
むしろ今後は、“朝寝坊の女神”として再デビューする予定ですの♡」
「な、何を言っている……!?」
私は彼の言葉を遮り、署名欄にサラサラと署名する。
ペンを置き、笑顔で言い放った。
「お世話になりました。聖水の補充と残業代、あと有給申請だけ忘れずにお願いできます?」
フェルマンは「頭がおかしくなったのか……」と小声で呟いた。
いいえ、ようやく正気に戻っただけですわ。
---
荷造りをしていると、侍女のマリアが涙目で部屋に入ってきた。
「アリア様……本当に出て行かれるのですか?」
「ええ。だって、これ以上ここにいても“お祈りマシーン”扱いですもの」
「ですが、殿下が――!」
「“真実の愛”ですわよね? ええ、真実があれば私は不要ですの」
マリアは鼻をすすり、私の鞄にそっと干し葡萄を入れた。
「これ、旅のお供に……。お腹が空いたとき、少しでも……」
「まあ、ありがとう。マリア、あなたこそ良いお嫁さんになれますわ」
「そんな……アリア様の方がずっと……!」
「私はもう“返品不可の女”ですから♡」
クスッと笑い合い、私は彼女の頭を撫でた。
ああ、本当に――泣くほどのことではない。
むしろ、晴れて“自由人”になれたのだ。
この瞬間、私は聖女ではなく、“一人の普通の女性”に戻った。
普通って、なんて素晴らしい響き。
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神殿を出て、王都の大通りを歩く。
白い修道服の裾を風が揺らし、人々の視線が集まる。
「偽聖女だ」「呪われた女だ」と囁かれても、気にしない。
どうせ噂は一週間もすれば別のスキャンダルに上書きされる。
私は市場の角で立ち止まり、深呼吸した。
「さて、どちらへ行きましょうか」
地図もない、宿も決めていない。
でも――いい。どこへ行っても、もう“誰かの飾り”ではないのだから。
王都の空は雲ひとつなく、青く広がっていた。
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しかしその平和な思考は、突然の怒声で中断された。
「おいっ、偽聖女!」
振り返ると、若い神官二人が怒鳴りながら走ってくる。
「お前のせいで王太子殿下が笑われている! どう責任を取るつもりだ!」
「責任? あら、“笑われた”のは私ではなく殿下ですわよ?」
「な、なんだと!」
「それに、王太子殿下の“真実の愛”は腐敗防止加工がされていないようですし――
賞味期限切れは殿下の管理責任ではなくて?」
「貴様っ!」
神官が手を上げようとしたその瞬間――背後から鋭い声が飛んだ。
「やめろ」
低く冷たい声。
振り返ると、黒い外套をまとった長身の騎士が立っていた。
陽光を受けて銀髪がきらめく。
「聖女に手を上げるとは、恥を知れ」
「し、しかし彼女は偽――!」
「“元聖女”だろう。いずれにせよ、彼女は女性だ」
神官たちは顔を青ざめさせ、逃げるように立ち去った。
残された私は、助けてくれた騎士に頭を下げる。
「助かりましたわ。……あら、お顔に見覚えが?」
「覚えていないか? 三年前、戦場で倒れた兵士を癒してくれた。あの時の恩を、返しただけだ」
その瞳の色――氷のような青。
ああ、確かにあの時、私が治癒魔法を施した将校がいた。
「まさか、“氷の公爵”と呼ばれたグランツ閣下?」
「今はただの旅の途中だ。……どこへ向かう?」
「特に決めておりませんの。おすすめの避暑地はありますか?」
「……辺境領でよければ、静かだ」
辺境。静か。自由。
あら、それ最高の響き。
「まあ、いい響きですわね。では、そちらに避難――いえ、“転職”させていただきます」
「……転職?」
「はい。職業:元婚約者・返品不可の女。副業:辺境観光客ですの♡」
グランツ公爵――レオン様は、わずかに口角を上げた。
「……奇妙な女だな」
「ありがとうございます、褒め言葉として受け取りますわ」
彼の差し出す手を取り、私は王都をあとにした。
聖女の聖印は消えたけれど、代わりに心は軽くなっていた。
これが“追放”なら――歓迎ですわ。
---
馬車の中、私は干し葡萄をつまみながら呟く。
「ねえ、リリィさん。あなた、これからどうするのかしら。
“真実の愛”って、賞味期限、二日くらいですのよ?」
窓の外、王都の塔が小さくなっていく。
その向こうで、鐘の音が鳴り響いた。
――おそらく、“偽聖女追放の儀式”の鐘。
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