『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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1-3 辺境公爵領への道

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第1章 断罪? むしろ朗報ですわ!

1-3 辺境公爵領への道

 王都を発って三日。
 馬車の中は、揺れと退屈のダブルパンチで、すでに私の忍耐力が限界を迎えていた。

「ねえ、レオン様。あとどのくらいで着きますの?」
「半日ほどだ」
「……半日って、どのくらいの半日ですの?」
「半日だ」

 ……なるほど、まったく説明になっておりません。
 この人、話すたびに語彙が削れていくタイプですわね。

 とはいえ、旅の護衛を買って出てくれたのは彼。
 冷徹な“氷の公爵”と恐れられる男が、まさか私の荷物を軽々と持ち上げてくれるなんて。
 その腕力、神殿の騎士団にぜひ分けてほしい。

「アリア、馬車に酔っていないか?」
「ええ、平気ですわ。ただ、揺れのリズムに合わせてお祈りしていたら……途中で居眠りしてしまいましたの♡」
「……君の祈りは随分のんびりしているな」
「ええ。神は急がせませんもの」

 レオンはため息をついたが、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
 どうやら私のマイペースぶりは、彼の想定外らしい。


---

 昼過ぎ、馬車は丘の上に停まった。
 前方には、銀色に輝く森と、遠くに見える山々。
 空気が澄んでいて、肺の奥まで新鮮な風が入る。

「ここが、もう辺境領の境ですの?」
「ああ。あの山脈の向こうがグランツ領。冬は厳しいが、民は逞しい」
「素晴らしいですわ。つまり――朝寝坊に最適な静寂があるということですね?」
「……いや、そういう意味ではない」

 レオンの視線が微妙に呆れ気味。
 けれど、彼の真面目な顔を見ると、なんだか楽しくなってくる。

 馬車を降り、私は道端の草花を摘み始めた。
「アリア、何をしている」
「薬草ですわ。見てください、こんなところに“銀鈴草”が!」
「そんなもの、辺境では雑草だ」
「まあ、なんて贅沢な土地!」

 レオンは沈黙。
 彼にとって“辺境”は過酷な土地なのだろうけれど、私にとっては天国。
 神殿では薬草一枚摘むにも許可が必要だったのだ。


---

 その夜、私たちは宿場町に泊まった。
 石造りの古い宿屋。暖炉の火がパチパチと弾け、木の香りが心地よい。
 旅の疲れがどっと出たのか、私はスープを飲みながらうとうとし始める。

「寝るなら部屋に戻れ」
「いえ、この火があまりにも優しくて……まるで神の抱擁のようですわ」
「抱擁ね……」

 レオンが少し苦笑する。
 おや、珍しい。氷の公爵にしては随分と人間味のある笑顔。

「それにしても、レオン様」
「なんだ」
「お優しいのですね」
「優しい?」
「はい。わたくしのような“返品不可物件”を拾ってくださって」
「……君は、自分のことをそんな風に言うのか」

 私はスプーンをくるくると回しながら答える。
「殿下のご愛用品でしたもの。今さら中古品の返品など、誰も欲しがりませんわ」
「……」
 レオンは何も言わず、静かにスープを口に運んだ。
 その横顔は、暖炉の灯に照らされて優しく見えた。

 沈黙。けれど、気まずさではなく、心地よい静けさ。
 やがて彼が低く呟く。
「君を“物”扱いするような男は、見る目がない」
「まあ。褒め言葉ですの?」
「事実を言っただけだ」

 不器用すぎて、むしろ可愛い。
 私はスプーンを置き、にこりと笑った。
「ありがとうございます。では、お礼に――明日のお弁当、作って差し上げますわ」
「……弁当?」
「ええ、“聖女特製・奇跡のサンドイッチ”ですの!」
「食べたら奇跡が起きるのか?」
「胃もたれしなければ奇跡ですわね♡」

 レオンは噴き出しかけて、慌てて咳払いをした。
 宿屋の主人が笑いながらスープを追加してくれる。
 夜はゆっくりと更けていった。


---

 翌朝。
 私は約束通り、パンに薬草を挟んだサンドイッチを完成させた。
「できましたわ! 愛と祈りを込めて!」
「……色が緑一色だが?」
「自然の恵みをそのままいただくのですわ。健康第一♡」
 レオンは一口かじって――無言。
「お口に合いませんでした?」
「……いや、思ったより……食べられる」
「でしょう? 神の導きですわ!」

 嬉しくなって、私はもう一個渡す。
 彼はそれを受け取って、小さく笑った。
「君と旅をすると、退屈しないな」
「それは光栄ですわ。わたくし、“旅の賑やかし要員”としてなら高評価を頂ける自信がございます」

 その後も道中は穏やかで、時折、野鳥の声が響いた。
 私は窓の外を眺めながら言う。
「この道を抜けたら、もう辺境ですの?」
「ああ、グランツ領の門が見える。もうすぐだ」

 丘の向こう、黒鉄の門と高い城壁が現れた。
 それを見た瞬間、なぜだか胸が高鳴る。
 ここが――私の新しい人生の始まり。

 レオンが馬を止め、私に手を差し伸べた。
「アリア。ようこそ、グランツ公爵領へ」
「まあ、ありがとうございます。では改めて……転職の面接、よろしくお願いいたしますわ♡」
「……転職?」
「はい。“聖女”から“辺境の雑草研究員”への転職ですの!」

 レオンは小さく息をつき、微かに笑った。
「……採用だ」

 その一言に、私は胸の中でガッツポーズを取った。
 まさか、追放された先で“再就職”が決まるとは。
 これぞ人生、何が起きるかわからない。

 馬車が再び動き出す。
 辺境の風は冷たいけれど、なぜか心がぽかぽかと温かかった。

「殿下、“返品不可”でよかったですわね。
 わたくし、こんなに素敵な職場に転がり込めましたもの♡」

 そう呟き、私は新しい地の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


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