3 / 16
1-3 辺境公爵領への道
しおりを挟む
第1章 断罪? むしろ朗報ですわ!
1-3 辺境公爵領への道
王都を発って三日。
馬車の中は、揺れと退屈のダブルパンチで、すでに私の忍耐力が限界を迎えていた。
「ねえ、レオン様。あとどのくらいで着きますの?」
「半日ほどだ」
「……半日って、どのくらいの半日ですの?」
「半日だ」
……なるほど、まったく説明になっておりません。
この人、話すたびに語彙が削れていくタイプですわね。
とはいえ、旅の護衛を買って出てくれたのは彼。
冷徹な“氷の公爵”と恐れられる男が、まさか私の荷物を軽々と持ち上げてくれるなんて。
その腕力、神殿の騎士団にぜひ分けてほしい。
「アリア、馬車に酔っていないか?」
「ええ、平気ですわ。ただ、揺れのリズムに合わせてお祈りしていたら……途中で居眠りしてしまいましたの♡」
「……君の祈りは随分のんびりしているな」
「ええ。神は急がせませんもの」
レオンはため息をついたが、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
どうやら私のマイペースぶりは、彼の想定外らしい。
---
昼過ぎ、馬車は丘の上に停まった。
前方には、銀色に輝く森と、遠くに見える山々。
空気が澄んでいて、肺の奥まで新鮮な風が入る。
「ここが、もう辺境領の境ですの?」
「ああ。あの山脈の向こうがグランツ領。冬は厳しいが、民は逞しい」
「素晴らしいですわ。つまり――朝寝坊に最適な静寂があるということですね?」
「……いや、そういう意味ではない」
レオンの視線が微妙に呆れ気味。
けれど、彼の真面目な顔を見ると、なんだか楽しくなってくる。
馬車を降り、私は道端の草花を摘み始めた。
「アリア、何をしている」
「薬草ですわ。見てください、こんなところに“銀鈴草”が!」
「そんなもの、辺境では雑草だ」
「まあ、なんて贅沢な土地!」
レオンは沈黙。
彼にとって“辺境”は過酷な土地なのだろうけれど、私にとっては天国。
神殿では薬草一枚摘むにも許可が必要だったのだ。
---
その夜、私たちは宿場町に泊まった。
石造りの古い宿屋。暖炉の火がパチパチと弾け、木の香りが心地よい。
旅の疲れがどっと出たのか、私はスープを飲みながらうとうとし始める。
「寝るなら部屋に戻れ」
「いえ、この火があまりにも優しくて……まるで神の抱擁のようですわ」
「抱擁ね……」
レオンが少し苦笑する。
おや、珍しい。氷の公爵にしては随分と人間味のある笑顔。
「それにしても、レオン様」
「なんだ」
「お優しいのですね」
「優しい?」
「はい。わたくしのような“返品不可物件”を拾ってくださって」
「……君は、自分のことをそんな風に言うのか」
私はスプーンをくるくると回しながら答える。
「殿下のご愛用品でしたもの。今さら中古品の返品など、誰も欲しがりませんわ」
「……」
レオンは何も言わず、静かにスープを口に運んだ。
その横顔は、暖炉の灯に照らされて優しく見えた。
沈黙。けれど、気まずさではなく、心地よい静けさ。
やがて彼が低く呟く。
「君を“物”扱いするような男は、見る目がない」
「まあ。褒め言葉ですの?」
「事実を言っただけだ」
不器用すぎて、むしろ可愛い。
私はスプーンを置き、にこりと笑った。
「ありがとうございます。では、お礼に――明日のお弁当、作って差し上げますわ」
「……弁当?」
「ええ、“聖女特製・奇跡のサンドイッチ”ですの!」
「食べたら奇跡が起きるのか?」
「胃もたれしなければ奇跡ですわね♡」
レオンは噴き出しかけて、慌てて咳払いをした。
宿屋の主人が笑いながらスープを追加してくれる。
夜はゆっくりと更けていった。
---
翌朝。
私は約束通り、パンに薬草を挟んだサンドイッチを完成させた。
「できましたわ! 愛と祈りを込めて!」
「……色が緑一色だが?」
「自然の恵みをそのままいただくのですわ。健康第一♡」
レオンは一口かじって――無言。
「お口に合いませんでした?」
「……いや、思ったより……食べられる」
「でしょう? 神の導きですわ!」
嬉しくなって、私はもう一個渡す。
彼はそれを受け取って、小さく笑った。
「君と旅をすると、退屈しないな」
「それは光栄ですわ。わたくし、“旅の賑やかし要員”としてなら高評価を頂ける自信がございます」
その後も道中は穏やかで、時折、野鳥の声が響いた。
私は窓の外を眺めながら言う。
「この道を抜けたら、もう辺境ですの?」
「ああ、グランツ領の門が見える。もうすぐだ」
丘の向こう、黒鉄の門と高い城壁が現れた。
それを見た瞬間、なぜだか胸が高鳴る。
ここが――私の新しい人生の始まり。
レオンが馬を止め、私に手を差し伸べた。
「アリア。ようこそ、グランツ公爵領へ」
「まあ、ありがとうございます。では改めて……転職の面接、よろしくお願いいたしますわ♡」
「……転職?」
「はい。“聖女”から“辺境の雑草研究員”への転職ですの!」
レオンは小さく息をつき、微かに笑った。
「……採用だ」
その一言に、私は胸の中でガッツポーズを取った。
まさか、追放された先で“再就職”が決まるとは。
これぞ人生、何が起きるかわからない。
馬車が再び動き出す。
辺境の風は冷たいけれど、なぜか心がぽかぽかと温かかった。
「殿下、“返品不可”でよかったですわね。
わたくし、こんなに素敵な職場に転がり込めましたもの♡」
そう呟き、私は新しい地の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
---
1-3 辺境公爵領への道
王都を発って三日。
馬車の中は、揺れと退屈のダブルパンチで、すでに私の忍耐力が限界を迎えていた。
「ねえ、レオン様。あとどのくらいで着きますの?」
「半日ほどだ」
「……半日って、どのくらいの半日ですの?」
「半日だ」
……なるほど、まったく説明になっておりません。
この人、話すたびに語彙が削れていくタイプですわね。
とはいえ、旅の護衛を買って出てくれたのは彼。
冷徹な“氷の公爵”と恐れられる男が、まさか私の荷物を軽々と持ち上げてくれるなんて。
その腕力、神殿の騎士団にぜひ分けてほしい。
「アリア、馬車に酔っていないか?」
「ええ、平気ですわ。ただ、揺れのリズムに合わせてお祈りしていたら……途中で居眠りしてしまいましたの♡」
「……君の祈りは随分のんびりしているな」
「ええ。神は急がせませんもの」
レオンはため息をついたが、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
どうやら私のマイペースぶりは、彼の想定外らしい。
---
昼過ぎ、馬車は丘の上に停まった。
前方には、銀色に輝く森と、遠くに見える山々。
空気が澄んでいて、肺の奥まで新鮮な風が入る。
「ここが、もう辺境領の境ですの?」
「ああ。あの山脈の向こうがグランツ領。冬は厳しいが、民は逞しい」
「素晴らしいですわ。つまり――朝寝坊に最適な静寂があるということですね?」
「……いや、そういう意味ではない」
レオンの視線が微妙に呆れ気味。
けれど、彼の真面目な顔を見ると、なんだか楽しくなってくる。
馬車を降り、私は道端の草花を摘み始めた。
「アリア、何をしている」
「薬草ですわ。見てください、こんなところに“銀鈴草”が!」
「そんなもの、辺境では雑草だ」
「まあ、なんて贅沢な土地!」
レオンは沈黙。
彼にとって“辺境”は過酷な土地なのだろうけれど、私にとっては天国。
神殿では薬草一枚摘むにも許可が必要だったのだ。
---
その夜、私たちは宿場町に泊まった。
石造りの古い宿屋。暖炉の火がパチパチと弾け、木の香りが心地よい。
旅の疲れがどっと出たのか、私はスープを飲みながらうとうとし始める。
「寝るなら部屋に戻れ」
「いえ、この火があまりにも優しくて……まるで神の抱擁のようですわ」
「抱擁ね……」
レオンが少し苦笑する。
おや、珍しい。氷の公爵にしては随分と人間味のある笑顔。
「それにしても、レオン様」
「なんだ」
「お優しいのですね」
「優しい?」
「はい。わたくしのような“返品不可物件”を拾ってくださって」
「……君は、自分のことをそんな風に言うのか」
私はスプーンをくるくると回しながら答える。
「殿下のご愛用品でしたもの。今さら中古品の返品など、誰も欲しがりませんわ」
「……」
レオンは何も言わず、静かにスープを口に運んだ。
その横顔は、暖炉の灯に照らされて優しく見えた。
沈黙。けれど、気まずさではなく、心地よい静けさ。
やがて彼が低く呟く。
「君を“物”扱いするような男は、見る目がない」
「まあ。褒め言葉ですの?」
「事実を言っただけだ」
不器用すぎて、むしろ可愛い。
私はスプーンを置き、にこりと笑った。
「ありがとうございます。では、お礼に――明日のお弁当、作って差し上げますわ」
「……弁当?」
「ええ、“聖女特製・奇跡のサンドイッチ”ですの!」
「食べたら奇跡が起きるのか?」
「胃もたれしなければ奇跡ですわね♡」
レオンは噴き出しかけて、慌てて咳払いをした。
宿屋の主人が笑いながらスープを追加してくれる。
夜はゆっくりと更けていった。
---
翌朝。
私は約束通り、パンに薬草を挟んだサンドイッチを完成させた。
「できましたわ! 愛と祈りを込めて!」
「……色が緑一色だが?」
「自然の恵みをそのままいただくのですわ。健康第一♡」
レオンは一口かじって――無言。
「お口に合いませんでした?」
「……いや、思ったより……食べられる」
「でしょう? 神の導きですわ!」
嬉しくなって、私はもう一個渡す。
彼はそれを受け取って、小さく笑った。
「君と旅をすると、退屈しないな」
「それは光栄ですわ。わたくし、“旅の賑やかし要員”としてなら高評価を頂ける自信がございます」
その後も道中は穏やかで、時折、野鳥の声が響いた。
私は窓の外を眺めながら言う。
「この道を抜けたら、もう辺境ですの?」
「ああ、グランツ領の門が見える。もうすぐだ」
丘の向こう、黒鉄の門と高い城壁が現れた。
それを見た瞬間、なぜだか胸が高鳴る。
ここが――私の新しい人生の始まり。
レオンが馬を止め、私に手を差し伸べた。
「アリア。ようこそ、グランツ公爵領へ」
「まあ、ありがとうございます。では改めて……転職の面接、よろしくお願いいたしますわ♡」
「……転職?」
「はい。“聖女”から“辺境の雑草研究員”への転職ですの!」
レオンは小さく息をつき、微かに笑った。
「……採用だ」
その一言に、私は胸の中でガッツポーズを取った。
まさか、追放された先で“再就職”が決まるとは。
これぞ人生、何が起きるかわからない。
馬車が再び動き出す。
辺境の風は冷たいけれど、なぜか心がぽかぽかと温かかった。
「殿下、“返品不可”でよかったですわね。
わたくし、こんなに素敵な職場に転がり込めましたもの♡」
そう呟き、私は新しい地の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
---
21
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~
希羽
恋愛
「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」
才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。
しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。
無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。
莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。
一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。
【完結】ツンな令嬢は婚約破棄され、幸せを掴む
さこの
恋愛
伯爵令嬢アイリーンは素直になれない性格だった。
姉は優しく美しく、周りから愛され、アイリーンはそんな姉を見て羨ましくも思いながらも愛されている姿を見て卑屈になる。
アイリーンには婚約者がいる。同じく伯爵家の嫡男フランク・アダムス
フランクは幼馴染で両親から言われるがままに婚約をした。
アイリーンはフランクに憧れていたが、素直になれない性格ゆえに、自分の気持ちを抑えていた。
そんなある日、友達の子爵令嬢エイプリル・デュエムにフランクを取られてしまう
エイプリルは美しい少女だった。
素直になれないアイリーンは自分を嫌い、家を出ようとする。
それを敏感に察知した兄に、叔母様の家に行くようにと言われる、自然豊かな辺境の地へと行くアイリーン…
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる