『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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1-4 新しい居場所と新生活

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第1章 断罪? むしろ朗報ですわ!

1-4 新しい居場所と新生活

 グランツ公爵領――そこは王都とはまるで別世界だった。

 澄んだ空気、広大な森、遠くには雪をかぶった山々。
 空は高く、雲は流れ、風は――少し冷たいけれど、妙に心地いい。

 王都の人々が「辺境なんて地の果て」と眉をひそめる理由が、私にはまったく理解できなかった。
 だってここには、誰の命令もない。
 誰も“聖女様”と呼んで跪かない。
 ただ、風の音と鳥の声。

 自由――これこそ、わたくしが求めていたものですわ。


---

「アリア、寒くはないか?」
 屋敷のテラスで毛布にくるまっていた私の隣に、レオン様が立った。

「ええ、大丈夫ですわ。
 それより、この空気……すごく美味しいですの。まるで“新鮮な人生”の香り♡」
「人生を嗅覚で語る人間は初めてだな」

 相変わらずの真顔ツッコミ。
 でもその声がどこか優しくて、胸の奥がくすぐったい。


---

 グランツ邸は、石造りの重厚な建物だった。
 厳しい環境に耐えうるよう設計されているのだろう。
 けれど、使用人たちはみんな温かく、私を見ると笑顔を向けてくれる。

「アリア様、お食事はいかがなさいますか?」
「“様”は結構ですの。ただの“アリア”でお願いします」
「そ、そんな……!」

 最初は皆が戸惑っていたけれど、二日もすれば慣れてくれた。
 今では台所に顔を出せば、「また新しい薬草入れて煮てるのか」と笑われる始末。

 ええ、そうです。
 神殿を追放されてから、わたくしの最大の趣味は――料理と薬草研究になりましたの。


---

「今日は“万能癒しスープ”を作りましたわ!」
「……また色が緑だな」
「栄養満点ですの。飲むと心まで浄化されます」
「……毒は入っていないだろうな」
「まあ、疑い深いこと。試しに召し上がってみて?」

 レオンは一瞬だけ眉をひそめたが、結局スプーンを手に取る。
 一口、二口……そして。
「……悪くない」
「ふふ、よかった。神も天も、胃袋の平和も守られましたわね」

 そんな他愛ないやりとりを繰り返すうちに、私の中に小さな変化が芽生えていた。
 ――この人といると、笑ってばかりいる。


---

 ある朝、私は庭に畑を作ることを思い立った。

 使用人のロバートが目を丸くする。
「アリア様が……畑を?」
「はい。神に祈るより、土を耕した方が早く癒せますのよ♡」
「そ、そんな……聖女様が鍬を……!」
「鍬を持てぬ聖女に、癒しなど出来ませんの!」

 そう宣言して、せっせと土を掘り返す。
 周囲の使用人たちが最初は止めようとしたが、
 そのうちみんなも手伝い始めて――気づけば立派な薬草畑が完成していた。

「アリア様、この畑……王都でも見たことがないほど整っています」
「ええ、聖女教育の“几帳面癖”がようやく役に立ちましたの♡」

 その光景を遠くから眺めるレオン様の姿。
 腕を組み、無表情……のようで、ほんの少しだけ頬が緩んでいた。


---

 夕暮れ。
 完成した畑を前に、私は満足げに腰を下ろす。
 レオンが隣に立ち、呟いた。
「君は、本当に聖女なのか?」
「元、ですわ。“聖女免許失効”ですの」
「……君が祈らなくても、この地は豊かになる気がする」
「それは気のせいですわ。わたくし、祈りより手作業派ですもの」

 レオンが苦笑する。
 風が吹き、薬草の香りがふわりと舞った。


---

 翌日から、領民たちが次々と屋敷を訪ねてきた。
「アリア様、腰が痛くて……」
「この薬草を煎じてお飲みなさい」
「アリア様、子どもの咳が止まらないのです」
「蜂蜜とこの根を混ぜてください。あと、寝る前に“笑顔”を忘れずに♡」

 最初は“神殿を追放された女”として距離を置かれていたが、
 数日もしないうちに、みんなが笑顔でやってくるようになった。

 村の子どもたちは「アリアねえさま!」と呼び、
 お年寄りは「聖女さまが帰ってきた」と涙を流す。

「わたくし、そんな立派なものではありませんのよ」
「何を言うかい、アリアさま。あんたのスープで村長の腰が治ったんだ!」

 ……あの“万能癒しスープ”、本当に効いたんですの!?
 奇跡とは、意外と地味な形で現れるものらしい。


---

 夜、屋敷の廊下でレオン様に会った。
 彼は少し疲れたように微笑み、
「君が来てから、村の笑い声が増えた」と言った。

「まあ、それは嬉しい報告ですわ。報酬として……」
「……報酬?」
「明日の朝寝坊、正式に許可をいただけません?」
「……は?」
「だって、自由って、朝寝坊から始まると思いません?」

 レオンは呆れたように頭を押さえ、ため息をついた。
「……好きにしろ」
「まあ! これが“辺境公爵領公認・合法的朝寝坊許可証”ですのね♡」

 その瞬間、彼の口元に確かな笑みが浮かんだ。


---

 翌朝。
 私は予定通り、堂々と昼まで寝坊した。
 カーテンの隙間から差し込む光がまぶしくて、思わず目を細める。
 ――ああ、幸せ。

「お嬢様、もうお昼です!」
「まあ、そうですの? まだ朝のように感じますけれど♡」

 使用人たちが呆れる中、私はベッドの上で小さく伸びをした。
 この世界のどこかで、王太子殿下が頭を抱えていることを思うと――
 笑いがこみ上げてくる。

「殿下、“返品不可”でよかったですわね。
 わたくし、こんなに素敵な朝を迎えておりますの♡」

 そう呟き、私はふわりと微笑んだ。
 窓の外、風が花畑を揺らしている。
 その香りは、まるで新しい人生の祝福のようだった。


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