『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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2-1 奇跡の畑と笑顔の村

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第2章 辺境スローライフ始動!

2-1 奇跡の畑と笑顔の村

 あの日から一ヶ月。
 ――つまり、“合法的朝寝坊”が公認されて一ヶ月が経ちましたの♡

 辺境の生活は、想像していた以上に快適だった。
 毎朝(お昼近くに)、窓を開けると薬草畑の香りが風にのって広がる。
 領民の笑い声、羊の鳴き声、そして――レオン様の「また寝坊したのか」という呆れ声。
 この三拍子がそろえば、もう幸福以外の何ものでもありませんわ。


---

 昼過ぎ。
 私は庭で薬草の束を抱えながら鼻歌を歌っていた。
「ふんふんふ~ん♪ ああ、今日も平和ですわねぇ~」

 そんな私の背後で、庭師の少年テオが感嘆の声を上げる。
「アリア様、見てください! 昨日植えた薬草が、もう芽を出してます!」
「まあ! これが“早起きのご利益”ですのね♡」
「……アリア様、昨日、昼に起きてましたよね?」
「ええ、だから“昼起き”のご利益ですの」

 少年は困った顔で笑う。
 どうやらこの領地にも、ツッコミ気質の人材は豊富らしい。


---

 午後には、村の人々が次々と薬草畑にやってくる。
「アリア様、また咳が出るんで……」
「はい、ではこの葉を煎じてくださいませ。あ、苦いので蜂蜜を多めに」
「アリア様、孫が夜泣きして困ってて……」
「ではこのお守りを枕の下に。信じる心と睡眠の相性は抜群ですの♡」

 気づけば、毎日がちょっとした診療所のようになっていた。
 “聖女”という肩書きはもう失われたけれど、私にできることは変わらない。
 ――誰かが笑えば、それが奇跡になる。

 レオン様はそんな私の活動を黙って見守っていた。
 時々、視線を感じて振り返ると、遠くから腕を組んでこちらを眺めている。

 あら……もしかして監視ですの?
 それとも、ただのストーカー――いえ、保護者モード?


---

 その日の夕方。
 私は屋敷に戻り、出来立ての薬草スープを鍋いっぱいに作った。
「今日こそ、レオン様を驚かせて差し上げますわ!」

 そこへ侍女のミーナが顔を出す。
「アリア様、そのスープ……昨日のとは違うんですか?」
「はい、“奇跡の万能スープ”の進化版ですの!」
「前のが“奇跡の胃もたれスープ”と呼ばれてましたけど……」
「呼び名がちょっと違うだけで、内容は素晴らしいですのよ♡」

 ふたを開けると、ふわりと立ちのぼる草の香り。
 ――うん、少し青臭い。だが健康そう。

 私はトレーに載せて、レオンの執務室をノックした。

「どうぞ」
「お仕事中に失礼いたしますわ。今日は差し入れを――」
「まさかまた“緑のやつ”か」
「まあ、見抜かれましたわね♡」

 レオンはペンを置き、椅子に深くもたれかかった。
「……君のスープを飲むと、なぜか一日疲れが取れる」
「でしょう? “胃腸の平和こそ真の平和”ですわ」
「君の信条は、聖女というより薬師だな」
「ええ、“癒しの胃薬系聖女”とでも呼んでくださいまし」

 彼の口元にわずかな笑み。
 私はその笑顔を見ただけで、心がぽかぽかした。


---

 翌日。
 村の市場がにぎわっているというので出かけてみると、
 露店のあちこちで「アリア様の薬草茶」が売られていた。

「ええっ!? これ、私の畑の……!」
「へへ、アリア様が教えてくださったおかげで売れるようになったんです!」
「ほら、あの“胃に優しい癒しの味”ってやつだ!」

 ……胃袋方面で名が広まっているのは複雑だが、まぁ悪くはない。
 領民たちの笑顔を見ていると、それだけで胸が温かくなる。

 その時、背後から声がした。
「アリア。領の経済にまで影響を与えるとは思わなかった」
「まあ、レオン様。経済効果ですわ! “胃もたれ撲滅政策”が功を奏しましたのね♡」
「……そういう言葉を使う聖女は初めてだ」

 彼の声は呆れたようでいて、どこか誇らしげでもあった。
 ふと視線を上げると、空は高く澄み切っていて、遠くの山頂にはまだ雪が残っている。


---

 それから数日後。
 グランツ領では、かつてないほど作物の実りがよくなった。
 人々は“奇跡の春”と呼び、アリアの畑を聖地扱いする始末。
 そんなつもりはなかったのに、どうやら神様が本気を出してしまったらしい。

「アリア様のおかげで今年は豊作です!」
「村に疫病も出ていません!」
「アリア様が来てから、家の子がよく笑うようになったんです!」

 ――ううん、それはきっと、あなたたち自身の力ですわ。
 でも、そう言ってもみんな「アリア様、ありがと!」と笑う。

 ああ、なんて素敵な世界。
 “偽聖女”と呼ばれたあの日が嘘みたい。


---

 その夜。
 レオン様と屋敷のバルコニーで紅茶を飲んでいた。
 空には星が瞬き、遠くで蛍が光る。

「王都では“奇跡の噂”が流れているらしい」
「まあ、耳が早いこと」
「『追放された聖女が、辺境で奇跡を起こしている』と」
「ふふ、それは誤報ですわ。奇跡ではなく、地道な労働の成果ですもの」
「だが、民は信じたいのだろう。君が本物の聖女だと」

 少しの沈黙。
 夜風が二人の間を抜けていく。

「……王都は変わらないな」
「ええ、きっと今ごろ、“真実の愛”を誇示してらっしゃるでしょうね」
「その真実は長持ちすると思うか?」
「いいえ。賞味期限は短めですわ。常温保存はおすすめいたしません♡」

 レオンがふっと吹き出した。
 笑い声を聞くのは珍しい。

「君といると退屈しない」
「まあ、ありがとうございます。退屈防止は得意分野ですの♡」

 私たちは紅茶を飲み干し、静かに空を見上げた。
 どこまでも続く星空が、まるで祝福のようにきらめいていた。


---

 そして――次の日の朝。
 グランツ領の門前に、一人の王都の使者が現れた。
 馬に乗り、肩で息をしながら叫ぶ。

「王命だ! 聖女アリア・レーヴェンスを――王都へ召還する!」

 レオンが眉をひそめる。
 私は手に持っていたスコップをくるくる回して、
「……返品希望ですか?」
 と首をかしげた。

 使者が困惑して言葉を詰まらせる。
「へ、返品……? い、いや、召還です!」
「申し訳ありませんけれど、生モノにつき返品不可でございます♡」

 背後で領民たちがクスクスと笑う。
 レオンは深いため息をつきながら言った。
「まったく……君という人は」
「ええ、“返品不可体質”ですの。もう治りませんわ♡」

 そう言って笑うと、使者は顔を真っ赤にして逃げていった。
 ――王都の“返品希望”なんて、知らぬ存ぜぬで通して差し上げますわ。


---

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