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2-2 氷の公爵の変化
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第2章 辺境スローライフ始動!
2-2 氷の公爵の変化
――その日、グランツ邸の朝はいつもより少し騒がしかった。
いや、正確には「お昼」かしら。わたくし、朝寝坊の権利を全力で行使しておりますもの♡
いつも通り、のんびりと食堂に入ると、
使用人たちが慌てた様子でレオン様の執務室へ書状を運んでいた。
「何かありましたの?」
「はい、王都から……新しい書簡が届きまして」
――あら、また返品希望ですの?
まったく、王都というところは学習能力が欠落していらっしゃる。
テーブルの上には焼き立てのパンと薬草茶。
私は椅子に座りながら、悠然とティーカップを傾けた。
「まあまあ、殿下ったら懲りませんこと。
“返品不可”と明記済みですのに♡」
---
昼過ぎ。
レオン様が食堂に現れた。
その顔はいつも通り冷静で――でも、どこか曇って見える。
「アリア、少しいいか」
「ええ、スイーツ付きでしたらいつでも♡」
「真面目な話だ」
「了解しました。ではスイーツは後ほど」
彼は私の向かいに座り、王都から届いた書簡を差し出す。
開くと、見覚えのある印章が押されていた。
――王太子リュシアン殿下の印。
> 『聖女アリア・レーヴェンスを王都に呼び戻し、
新たな聖女リリィと共に大祈祷を行うことを命ずる』
「……はあ」
ため息が自然と漏れる。
「王都の祈祷所で“奇跡が起きない”と騒ぎになっているらしい」
「まあ、それは当然ですわ。
“真実の愛”を祝福した神様が、今ごろ大笑いしておられることでしょうから♡」
レオンが苦笑する。
でも、その目の奥にわずかな怒りが見えた。
「君をあの男の都合で呼び戻すなど、到底認められん」
「まあ……そんな風に庇ってくださるなんて。
まるで“氷の公爵”ではなく、“常温の公爵”ですわね♡」
「……君はいつも人を調理するみたいに形容するな」
「お褒めいただき光栄ですの♡」
---
その日の午後。
私は畑の見回りに出ていた。
村の子どもたちが走り回り、笑い声が響く。
「アリアねえさま、これ見て! 芽が出たよ!」
「まあ、よく育ちましたわねぇ♡ この調子で“未来の奇跡”ですの!」
子どもたちの頭を撫でながら、ふと思う。
――あの王都の冷たい神殿には、もう戻りたくない。
祈りを“儀式”として扱う場所より、
人の笑顔を“神の証”と信じられるこの場所の方が、ずっと好き。
そこへレオン様が現れた。
鎧を身につけ、黒いマントをなびかせて。
「……似合いすぎですわね」
「何がだ」
「“公爵領限定・乙女ゲーム攻略対象”の衣装ですわ」
「……それは褒めているのか?」
「ええ、“攻略不可ルート”の方が燃えますもの♡」
レオンは肩を落とす。
ほんの少し、前よりも表情が柔らかい。
---
夕刻。
グランツ邸の書斎。
私は薬草のレシピを書きながら、レオン様の隣で静かに紅茶を飲んでいた。
「……君は本当に、変わった聖女だ」
「わたくし、変わらない女より面白い女を目指してますの」
「君が来てから、屋敷の雰囲気が変わった。
使用人が笑うようになった。村の人々も明るくなった」
「それは皆さまが素直だからですわ。
“笑顔を禁止する法律”でもあったのかしら?」
「いや、そうではないが……」
レオンは少し言葉を探して、
静かに、けれど真っ直ぐに言った。
「……ありがとう」
一瞬、空気が止まった。
この人の口から“ありがとう”なんて、初めて聞いた。
私の胸が、ほんの少しだけ温かくなった気がする。
「まあ。今の、記録しておかないと」
「記録?」
「ええ、“氷の公爵が解凍を始めた日”として♡」
「……勝手に記念日を作るな」
でも、彼の声にはもう冷たさがなかった。
---
夜。
私は月明かりの中で祈っていた。
あの頃のように、神殿で鐘を鳴らす祈りではなく――
静かに、ただ誰かの幸福を願う祈り。
足音。振り向くと、レオン様が立っていた。
「また祈っているのか」
「ええ。でも、神様よりレオン様の方が聞いてくださる気がしますの♡」
「……それは信仰の方向性を間違えている」
「信頼の延長線ですわ」
彼は少し戸惑いながらも、隣に立った。
風が冷たく、夜空には星が散っている。
「アリア。君は……本当に、王都に戻りたくないのか?」
「戻る理由がありませんわ」
「だが、命令だ」
「では命令に逆らう罰として――“笑顔で幸福になる刑”を受けます♡」
「……もう勝手にしろ」
彼が小さく息をつき、
でもその横顔が――とても、優しかった。
---
翌朝。
私は再びお寝坊して、ふわふわの髪を整えながら庭へ出た。
そこには、朝日を背に立つレオン様の姿。
手には一本の花。
「アリア」
「まあ、プロポーズですの?」
「違う。庭に咲いた花を折っただけだ」
「それ、半分くらいプロポーズですわ♡」
「……やれやれ」
でも、彼はその花をそっと私に差し出した。
「君が来てから、庭に花が増えた」
「まあ、それはわたくしの功績ですわね♡」
「……ああ、認めよう」
花びらが風に舞う。
その瞬間、私は確信した。
――この人の心は、確かに氷解し始めている。
そして。
「アリア、君がこの領に来てから……私の中の何かが、少しずつ変わっている」
「ええ、きっと“冷凍庫から常温保存”になったんですわね」
「……そうかもしれん」
二人して笑った。
笑い声が重なり、朝の光に溶けていく。
---
だがその直後。
馬車の音が遠くから響いた。
門番の声が上がる。
「――王都からの使者、再び到着!」
レオンの表情が一変する。
私は胸の奥に小さな予感を抱いた。
――きっと、今度の“返品希望”は、少々しつこいタイプですわね♡
---
2-2 氷の公爵の変化
――その日、グランツ邸の朝はいつもより少し騒がしかった。
いや、正確には「お昼」かしら。わたくし、朝寝坊の権利を全力で行使しておりますもの♡
いつも通り、のんびりと食堂に入ると、
使用人たちが慌てた様子でレオン様の執務室へ書状を運んでいた。
「何かありましたの?」
「はい、王都から……新しい書簡が届きまして」
――あら、また返品希望ですの?
まったく、王都というところは学習能力が欠落していらっしゃる。
テーブルの上には焼き立てのパンと薬草茶。
私は椅子に座りながら、悠然とティーカップを傾けた。
「まあまあ、殿下ったら懲りませんこと。
“返品不可”と明記済みですのに♡」
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昼過ぎ。
レオン様が食堂に現れた。
その顔はいつも通り冷静で――でも、どこか曇って見える。
「アリア、少しいいか」
「ええ、スイーツ付きでしたらいつでも♡」
「真面目な話だ」
「了解しました。ではスイーツは後ほど」
彼は私の向かいに座り、王都から届いた書簡を差し出す。
開くと、見覚えのある印章が押されていた。
――王太子リュシアン殿下の印。
> 『聖女アリア・レーヴェンスを王都に呼び戻し、
新たな聖女リリィと共に大祈祷を行うことを命ずる』
「……はあ」
ため息が自然と漏れる。
「王都の祈祷所で“奇跡が起きない”と騒ぎになっているらしい」
「まあ、それは当然ですわ。
“真実の愛”を祝福した神様が、今ごろ大笑いしておられることでしょうから♡」
レオンが苦笑する。
でも、その目の奥にわずかな怒りが見えた。
「君をあの男の都合で呼び戻すなど、到底認められん」
「まあ……そんな風に庇ってくださるなんて。
まるで“氷の公爵”ではなく、“常温の公爵”ですわね♡」
「……君はいつも人を調理するみたいに形容するな」
「お褒めいただき光栄ですの♡」
---
その日の午後。
私は畑の見回りに出ていた。
村の子どもたちが走り回り、笑い声が響く。
「アリアねえさま、これ見て! 芽が出たよ!」
「まあ、よく育ちましたわねぇ♡ この調子で“未来の奇跡”ですの!」
子どもたちの頭を撫でながら、ふと思う。
――あの王都の冷たい神殿には、もう戻りたくない。
祈りを“儀式”として扱う場所より、
人の笑顔を“神の証”と信じられるこの場所の方が、ずっと好き。
そこへレオン様が現れた。
鎧を身につけ、黒いマントをなびかせて。
「……似合いすぎですわね」
「何がだ」
「“公爵領限定・乙女ゲーム攻略対象”の衣装ですわ」
「……それは褒めているのか?」
「ええ、“攻略不可ルート”の方が燃えますもの♡」
レオンは肩を落とす。
ほんの少し、前よりも表情が柔らかい。
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夕刻。
グランツ邸の書斎。
私は薬草のレシピを書きながら、レオン様の隣で静かに紅茶を飲んでいた。
「……君は本当に、変わった聖女だ」
「わたくし、変わらない女より面白い女を目指してますの」
「君が来てから、屋敷の雰囲気が変わった。
使用人が笑うようになった。村の人々も明るくなった」
「それは皆さまが素直だからですわ。
“笑顔を禁止する法律”でもあったのかしら?」
「いや、そうではないが……」
レオンは少し言葉を探して、
静かに、けれど真っ直ぐに言った。
「……ありがとう」
一瞬、空気が止まった。
この人の口から“ありがとう”なんて、初めて聞いた。
私の胸が、ほんの少しだけ温かくなった気がする。
「まあ。今の、記録しておかないと」
「記録?」
「ええ、“氷の公爵が解凍を始めた日”として♡」
「……勝手に記念日を作るな」
でも、彼の声にはもう冷たさがなかった。
---
夜。
私は月明かりの中で祈っていた。
あの頃のように、神殿で鐘を鳴らす祈りではなく――
静かに、ただ誰かの幸福を願う祈り。
足音。振り向くと、レオン様が立っていた。
「また祈っているのか」
「ええ。でも、神様よりレオン様の方が聞いてくださる気がしますの♡」
「……それは信仰の方向性を間違えている」
「信頼の延長線ですわ」
彼は少し戸惑いながらも、隣に立った。
風が冷たく、夜空には星が散っている。
「アリア。君は……本当に、王都に戻りたくないのか?」
「戻る理由がありませんわ」
「だが、命令だ」
「では命令に逆らう罰として――“笑顔で幸福になる刑”を受けます♡」
「……もう勝手にしろ」
彼が小さく息をつき、
でもその横顔が――とても、優しかった。
---
翌朝。
私は再びお寝坊して、ふわふわの髪を整えながら庭へ出た。
そこには、朝日を背に立つレオン様の姿。
手には一本の花。
「アリア」
「まあ、プロポーズですの?」
「違う。庭に咲いた花を折っただけだ」
「それ、半分くらいプロポーズですわ♡」
「……やれやれ」
でも、彼はその花をそっと私に差し出した。
「君が来てから、庭に花が増えた」
「まあ、それはわたくしの功績ですわね♡」
「……ああ、認めよう」
花びらが風に舞う。
その瞬間、私は確信した。
――この人の心は、確かに氷解し始めている。
そして。
「アリア、君がこの領に来てから……私の中の何かが、少しずつ変わっている」
「ええ、きっと“冷凍庫から常温保存”になったんですわね」
「……そうかもしれん」
二人して笑った。
笑い声が重なり、朝の光に溶けていく。
---
だがその直後。
馬車の音が遠くから響いた。
門番の声が上がる。
「――王都からの使者、再び到着!」
レオンの表情が一変する。
私は胸の奥に小さな予感を抱いた。
――きっと、今度の“返品希望”は、少々しつこいタイプですわね♡
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