『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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2-3 しつこい返品希望者、再来!

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第2章 辺境スローライフ始動!

2-3 しつこい返品希望者、再来!

 グランツ領の朝は――またしても、平和そのものだった。
 空は澄み渡り、薬草畑は青々と輝き、そして私はベッドの中。

「お嬢様、もうお昼です!」
「……お昼こそが、朝食にふさわしい時刻ですの♡」

 そんな風に甘やかされた日々を過ごしていたある日、
 ――事件は起こった。


---

 昼下がりの薬草畑。
 私はのんびりとスコップを片手に、ハーブの苗を植えていた。

「今日も平和ですわねぇ……」
「アリア様、あの……遠くから馬車が……」

 少年テオの指差す先を見ると、
 金と赤の王家の紋章を掲げた馬車が、埃を巻き上げながらこちらへ向かっていた。

 あら。
 この地に似つかわしくない“王都の香水の匂い”がしますわ。

 やがて門の前に馬車が止まり、立派な羽飾り付きの使者が降りてくる。
 その顔を見た瞬間、私は笑いを堪えるのに必死になった。

「――やっぱり、返品希望者ですわね♡」


---

「アリア・レーヴェンス殿!」
 鼻にかかった声で、使者は胸を張る。
「王太子殿下の命により、貴殿を王都に連れ戻す! 拒否権はない!」

 ……もうそのセリフ、三回目ですわよ。

 私は畑にしゃがんだまま、のんびりと返す。
「まあ、王都の方々は本当に粘り強いですわねぇ。
 ですが――あいにくわたくし、生モノですの♡」
「は?」
「生モノですので、返品不可ですわ♡」

 周囲の村人たちがくすくす笑い出す。
 使者は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。

「ふざけるな! 王命だぞ!」
「王命も消費期限が切れれば無効ですわ。
 だいたい、破棄した婚約者を“返品”って……お殿下の頭の中、倉庫の棚卸しでもしてらっしゃるのかしら?」
「な、なんだと!?」
「“返品希望”の前に、“在庫処理”を見直した方がよろしいですわ♡」

 テオが吹き出し、近くの農夫まで笑い出した。


---

 そこへ、レオン様がゆっくりと歩いてきた。
 黒いマントを翻し、まるで風を従えるような足取り。

「……アリア、また何かやっているな」
「いえいえ、“口による防衛戦”ですわ♡」

 使者がレオンに向き直る。
「グランツ公爵殿! この女を速やかに引き渡せ! これは王命である!」

 レオンは静かに使者を見下ろした。
 その眼差し――まさに氷の公爵。

「その“王命”とやらを、私は承認していない」
「なっ……!?」
「アリアは、我が領の客人だ。
 彼女を無理に連れ戻すのは、グランツ家に対する侮辱と見なす」

 低く響く声に、使者の顔が一気に青ざめた。

 ――ああ、素敵。
 これぞ、“返品拒否保証付き公爵”ですわ♡


---

 しかし使者も簡単には引かない。
「で、ですが! 殿下は“新たな聖女”リリィ様の祈りが通じぬゆえ、
 アリア殿の力を貸してほしいと――!」
「まあまあ、それはお気の毒に」
 私はゆるく笑って、スコップをトントンと地面に叩いた。
「でも、わたくし、神様の代理業はすでに廃業しましたの。
 今は“癒し系スローライフ企業”を経営しておりますのよ♡」
「き、企業……!?」
「ええ。“胃もたれ撲滅協会”ですわ♡」

 村人たちの笑いが一斉に爆発する。

「アリア様最高!」
「聖女様じゃなくて、胃女様だ!」
「こらっ!」

 私は笑いながらも、使者の方を見据えた。
 その目には、もう一片の怯えもない。


---

「殿下にお伝えくださいませ」
 私はスコップを杖のように持ち、凛と立ち上がった。

「“返品は受け付けておりません”。
 なぜなら、私は過去の製品ではなく、今を生きる人間ですもの」

 風が吹いた。
 薬草の香りが広がり、使者のマントがばさりと鳴る。

「……聖女アリア、貴様……!」
「お言葉を訂正なさいませ。
 今の私は“聖女”ではなく、“辺境のアリア”ですの♡」

 そう言って微笑むと、使者は言葉を失った。


---

 レオンが一歩前に出る。
 その背中が頼もしくて、私は少しだけ胸を張った。

「帰れ」
 レオンの冷たい声が響く。
「ここは我が領だ。貴様らが口を挟む場所ではない」
「で、ですが――!」
「王都の混乱は王都の責任だ。
 アリアはもう二度と、貴様らの都合で泣かせはしない」

 その言葉に、私は思わず息をのんだ。
 ――あの氷の公爵が、“私のために怒っている”。

 使者は完全に気圧され、ふらふらと馬車へ戻る。
 去り際、必死に捨て台詞を吐いた。

「おのれ……! このこと、必ず殿下に報告いたす!」
「どうぞご自由に。報告書の最後に“返品不可”と明記しておいてくださいませ♡」

 その瞬間、門の外まで笑いが響いた。


---

 夕暮れ。
 畑に戻ると、村人たちが口々に声をかけてくる。

「アリア様、かっこよかったです!」
「使者の顔、真っ青でしたよ!」
「“返品不可”ってところ、最高!」

 皆の笑顔を見ているうちに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 ――わたくし、もう本当に“居場所”を得たのだと実感した。


---

 夜。
 屋敷のテラス。
 私は紅茶を飲みながら、星空を見上げていた。

 背後からレオン様の声がする。
「……また、騒がしい一日だったな」
「ええ、でも楽しかったですわ♡」
「使者を撃退して“楽しい”と言えるのは、君ぐらいだ」
「だって、ざまぁ日和でしたもの」
「ざまぁ……?」
「ええ、“人の悪意を笑顔で跳ね返す爽快感”をそう呼びますの」
「……新しい概念だな」

 彼が小さく笑った。
 そして、少し真面目な声で言う。

「君がここにいてくれて、よかった」

 胸の奥で、何かがきゅっと鳴った。
 笑顔でごまかすように、私はカップを傾けた。

「それは光栄ですわ。
 なにしろ、私、返品されても困りますから♡」

 レオンが苦笑する。
「……君は本当に、面倒な女だ」
「はい、“面倒くさいほど魅力的”とよく言われますの♡」

 そして二人の笑い声が、夜の風に溶けていった。


---

 その翌日。
 王都の教会では、新聖女リリィが神に祈りを捧げていた――
 だが光は降りず、祭壇の前の聖水は濁り、
 王太子の表情は青ざめていく。

> 「なぜだ……神が……沈黙している……!」



 ――殿下、きっと神様もこう言っているのですわ。
 “返品はお断り”って♡


---

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