『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

文字の大きさ
8 / 16

2-4 神罰と“返品お断り”の真意

しおりを挟む
第2章 辺境スローライフ始動!

2-4 神罰と“返品お断り”の真意

 ――王都が静かに崩れ始めたのは、アリアが“返品拒否宣言”をして三日後のことだった。

 神殿の大祈祷で、“新聖女”リリィが神に祈りを捧げたにもかかわらず、
 光は降りず、聖水は黒く濁った。
 そして翌朝、王宮中の花が一斉に枯れ、家畜が不調を訴えた。

> 「なぜ……? 神が……沈黙している!?」



 王太子リュシアンは顔面蒼白になりながら、祭壇にすがりついた。
 しかし、その祈りは――空に届くことはなかった。


---

 一方その頃、辺境のグランツ領では。

「アリア様! 王都が大変なことになっているそうです!」
「まあ、ついに“真実の愛”が賞味期限切れを迎えましたのね♡」

 村人の報告に、私は紅茶をすすりながら静かに頷いた。
 神殿から神の加護が消える――それはつまり、神が“信仰の対象”を入れ替えたということ。

「……本当に、そうなるとはな」
 レオン様が窓の外を見つめながら呟く。
「神は気まぐれですわ。でも、少なくとも“嘘の祈り”には興味がないのでしょう」
「……“嘘の祈り”か」

 私は頷きながら、ティーカップを置いた。
「わたくし、思うのですの。神様って、意外と皮肉屋なのではなくて?」
「皮肉屋?」
「だって、“真実の愛”を掲げた二人が国を滅ぼし、“返品不可”の私が村を豊かにしているんですのよ♡」

 レオンが吹き出した。
「……確かに、神のユーモアは冷たいな」
「ですわね。おそらく、あの方も少々“ざまぁ”がお好きなんですの♡」


---

 それから数日後。
 王都から二通目の使者が到着した――だが今度は雰囲気が違った。
 疲れ果て、鎧は泥だらけ、顔は青ざめている。

「お、お願いです……アリア様……!」
 馬車から転がり出るようにして、男は地面にひれ伏した。
「王都が……王都が……!」

 私は彼を見下ろして、優雅に首を傾げる。
「まあまぁ、まるで返品希望者の“最終セール”のようですわね」
「ち、違います! これは命令ではなく懇願です!」
「懇願?」

 使者の声は震えていた。

> 「王太子殿下はお倒れになり、聖女リリィ様の祈りは暴走しております!
 王宮中が光に包まれ……人々は昏睡し……神殿も崩れかけているのです!」



「まあ……それはそれは、“真実の愛”がずいぶん激しい余波をお持ちで」
「ど、どうかお願いします! アリア様、あなた様だけが、あの暴走を鎮められる!」

 私はしばらく黙り込んだ。
 胸の奥で、何かがわずかに疼く。

 王都の人々――あの冷たい神殿で、私を断罪した人々。
 彼らの苦しみを聞いても、心が痛むほどの優しさは、もう残っていないと思っていた。

 けれど。
 助けを求める声には、確かに“本物の恐怖”が宿っていた。


---

 レオン様が静かに口を開く。
「アリア。……行くつもりか?」
「ええ、考えておりますの」
「彼らは君を傷つけた。赦す必要など――」
「赦すためじゃありませんわ」

 私は立ち上がり、風に揺れるカーテンを見つめた。
「ただ、“神の沈黙”の理由を、私自身の目で確かめたいのですの」
「理由?」
「神が沈黙しているのは、“愛が汚れたから”ではなく、“祈りが歪んだから”かもしれませんわ」

 レオンはしばし黙り、そして苦笑した。
「……君は本当に、面倒な女だ」
「ええ、“面倒でも見捨てられない”と評判ですの♡」

 その言葉に、彼が微かに笑った。


---

 王都へ向かう準備が整うまで、わずか一日。
 村人たちは涙を浮かべて送り出してくれた。

「アリア様、本当に行くの?」
「ええ、大丈夫ですわ。神様が私をここまで導いたのですもの。
 今度は、神様のいたずらの続きを見届けてまいります♡」

 レオンは馬を引きながら、低い声で言った。
「無茶はするな」
「まあ、レオン様が同行してくださるの?」
「君を一人で王都に返すものか」
「まあまあ、心強い“返品防止タグ”付きですわね♡」
「……タグ扱いするな」

 二人で笑った。


---

 道中。
 荒れ果てた道、倒れた馬車、枯れた木々。
 王都に近づくにつれて、景色はどんどん灰色に染まっていった。

「……本当に、ここがかつての王都か?」
「ええ。神様の皮肉は容赦がありませんわね」

 街の門をくぐると、そこには沈黙した兵士たちと倒れた民。
 空には、淡く光る“祈りの霧”が漂っていた。

「アリア、あれは……」
「リリィの祈りが暴走しているのですわ」

 彼女の祈りが、もはや“救い”ではなく“支配”になっていた。
 光は街を覆い、人々の意識を奪いながら、ゆっくりと神殿を中心に広がっていく。


---

 私は神殿の前で立ち止まり、両手を組んだ。
「……殿下、そしてリリィ。あなたたちの“真実の愛”の結果を、しっかり拝見しましたわ」

 レオンが剣を抜く。
「アリア、下がれ!」
「いいえ、これは私の領分ですの」

 私は静かに目を閉じ、祈った。
 かつて神に仕えた者としてではなく――
 一人の人間として。

> 『神よ、どうか見届けてくださいませ。
 誰かを傷つける祈りではなく、
 誰かを守る祈りこそが“愛”であると。』



 その瞬間、光が揺れた。
 空を覆っていた“祈りの霧”が、花びらのように舞い散る。
 神殿の鐘が鳴り、眩しい白光が辺りを包み――

 やがて、静寂。


---

 リリィは膝をついて泣いていた。
「ど、どうして……どうして、私は認められないの……!?」
 その前に立つ王太子は、虚ろな瞳でアリアを見つめた。

「アリア……お前が……本物の聖女だったのか……」

 私は小さく首を振った。
「いいえ。わたくしはもう聖女ではありませんの。
 ただ、“返品不可の元婚約者”ですわ♡」

 レオンが一歩前へ出て、王太子を睨む。
「彼女を“物”のように扱った報いだ。
 お前はその愚かさを、生涯噛みしめるがいい」

 王太子は、ただ膝をついて動けなかった。


---

 その後。
 神殿は再び静けさを取り戻し、人々の意識も戻った。
 けれど王都の噂はすぐに広まった。

> 「追放された聖女が、再び奇跡を起こした」
「神は真実を見ていたのだ」
「“返品不可”の聖女が、神の寵愛を受けた」



 まったく、皮肉なことですわ。
 あの頃は「偽聖女」と呼ばれたのに、
 今は「神に選ばれし者」だなんて。


---

 数日後。
 私はレオンと共に再び辺境へ戻った。
 久しぶりの畑の香りが、心を落ち着かせてくれる。

「やっぱり、ここが一番ですわねぇ……」
「そうだな」
「王都の連中、今ごろ騒いでいるでしょうけど」
「放っておけ。お前の“返品不可”は、もう全王国に知れ渡っている」
「まあ、それはそれでちょっと恥ずかしいですわ♡」

 レオンが微笑んだ。
「だが、私はその言葉が好きだ」
「え?」
「“返品不可”。
 つまり、お前はここにいていい――そう聞こえる」

 胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……まあ、レオン様。そんな風に言われたら……」
「なんだ?」
「返品どころか、“予約済み”ですわね♡」

 彼が噴き出し、二人の笑い声が畑にこだました。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~

希羽
恋愛
​「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」 ​才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。 ​しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。 ​無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。 ​莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。 ​一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。

【完結】ツンな令嬢は婚約破棄され、幸せを掴む

さこの
恋愛
伯爵令嬢アイリーンは素直になれない性格だった。 姉は優しく美しく、周りから愛され、アイリーンはそんな姉を見て羨ましくも思いながらも愛されている姿を見て卑屈になる。 アイリーンには婚約者がいる。同じく伯爵家の嫡男フランク・アダムス フランクは幼馴染で両親から言われるがままに婚約をした。 アイリーンはフランクに憧れていたが、素直になれない性格ゆえに、自分の気持ちを抑えていた。 そんなある日、友達の子爵令嬢エイプリル・デュエムにフランクを取られてしまう エイプリルは美しい少女だった。 素直になれないアイリーンは自分を嫌い、家を出ようとする。 それを敏感に察知した兄に、叔母様の家に行くようにと言われる、自然豊かな辺境の地へと行くアイリーン…

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

処理中です...