『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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3-1 辺境に咲いた“予約済み”の花

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了解しま第3章 真実の幸福と“予約済み公爵”

3-1 辺境に咲いた“予約済み”の花

 王都を救ってから、二週間が経った。
 神殿は修復中、王宮は沈黙中、聖女リリィは療養中、王太子殿下は反省中。
 ――そして私は、絶好調中♡

 やはり平和と健康は、王都ではなく辺境にこそございますわ。

 朝(つまり昼前)に目覚め、
 柔らかい日差しの中で薬草畑の成長を眺めながら紅茶を飲む。
 レオン様は今日も朝から働いている。
 その几帳面さ、尊敬いたしますわ。
 ……ただし、私が寝ている間に音を立てなければ、もっと完璧ですの♡


---

「おはようございますわ~」
 庭に出て挨拶すると、近くで鍬を持っていた少年テオが笑った。
「アリア様、今日は早いですね!」
「ええ、奇跡的に“午前”に起きられましたの」
「……それ、全然早くないです」
「わたくしにとっては歴史的快挙ですの♡」

 そんな他愛ない会話をしながら畑の見回りをしていると、
 使用人のミーナが駆け寄ってきた。

「アリア様! 大変です!」
「まあ、また返品希望者が来ましたの?」
「いえ、違います! 王都からお手紙が!」

 ――またですの。
 王都から届く封筒は、もはや“胃薬の箱”より頻繁ですわ。

 ミーナから手紙を受け取ると、そこには見慣れた印章が押されていた。
 ――“国王陛下”の封蝋。


---

「アリア・レーヴェンス殿」
 書面には、端正な筆跡でこう書かれていた。

> 『神の御業をもって王都を救いし功績により、
 汝を再び“聖女”の位に復し、王国教会最高顧問として迎えたい。
 また、正式に王家の保護下に置くことを申し出る』



「……はぁ~」
 私はため息をついて、手紙を畳んだ。

「また“返品希望書類”ですのね♡」
「アリア様、今度は返品じゃなく“再購入”では?」
「まあ、どちらにしても“在庫処理”感が否めませんわ」

 ミーナが笑いをこらえながら尋ねる。
「どうなさいますか?」
「もちろん――破棄、ですわ♡」


---

 その夜。
 私はテラスで紅茶を飲みながら、星を見上げていた。
 レオン様が隣に座る。
 月光の下、その銀の髪が柔らかく輝いて見えた。

「……また王都からの手紙か」
「はい。陛下直々の“返品希望”ですの。
 しかも“高待遇プラン”付き♡」
「ふむ、やはり王都は懲りないな」

 私は微笑んで、ティーカップを置いた。
「でも、もう王都には戻りませんわ」
「……そうか」
「はい。わたくし、こちらで“予約済み”ですもの♡」
「……は?」
「“返品不可”を通り越して、“予約済み”ですの♡」

 レオンの眉がぴくりと動いた。

「誰が予約したんだ?」
「さて、誰でしょう?」
「……まさか、私か?」
「ふふ、それを口にした時点で確定ですわね♡」

 レオンが額を押さえ、ため息をついた。
「本当に……君には敵わないな」


---

 その時、レオンが少し真剣な顔をした。
「……アリア。ひとつ聞いてもいいか」
「ええ、なんでもどうぞ♡」
「王都で……あの祈りを放った時。
 本当は、自分の命が危険だとわかっていたのではないか?」

 私は一瞬、笑みを止めた。
 そして、静かに答える。

「ええ、わかっていましたわ。
 でも――もし“誰かを救う”祈りが本物なら、
 命のひとつやふたつ、神様が見逃してくださると思いましたの」

「……愚かだ」
「はい、“愚かで幸せな女”ですわ♡」

 レオンが目を伏せ、そして低く呟いた。
「……そんな女に、惚れた男はどうすればいい」

「まあ!」
 私は目を見開いた。
「今、告白でした!?」
「……ああ、そうなるのか」
「なるんですの!」

 顔を赤らめるレオンを見て、思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……“氷の公爵”が照れてらっしゃる♡」
「君がいちいち楽しそうにするからだ」
「だって嬉しいですもの。
 王都では“断罪”、でもここでは“両想い”。
 これぞ真のざまぁですわ♡」


---

 次の日。
 レオンが領内を視察に出るというので、私も同行した。

 山道を進むと、見渡す限りの花畑が広がっていた。
 以前、荒地だった場所。
 私が祈りの後に薬草を植えた場所だ。

「レオン様……これ、全部……!」
「ああ。君の手で蒔いた種が、こうなったんだ」

 風が吹き抜け、白い花弁が舞い上がる。
 まるで空から祝福が降ってくるようだった。

 私は両手で花をすくい上げながら言った。
「神様ったら、本当に気まぐれですわね。
 きっと、『この娘、まだざまぁが足りん』と思われたのかも♡」
「……神も君に振り回されているのだろう」
「では、レオン様もそのお仲間ですわね♡」
「……否定できん」

 そして――彼が静かに私の手を取った。
 その手の温もりは、どんな神の祝福よりも確かだった。

「アリア。
 君が望むなら、この地で永遠に“予約済み”にしてやる」
「まあ……では、返品も交換もキャンセルも不可、ですわね♡」
「当たり前だ」

 二人の笑い声が、風に溶けていった。


---

 その夜。
 屋敷の灯が静かに揺れていた。
 私は机の上に、一通の手紙を書いた。

> 『王都の皆さまへ。
 “真実の愛”の返品依頼は受け付けておりません。
 再販も再評価も不要です。
 わたくし、幸せにつき返品不可ですの♡
             ――元聖女アリアより』



 封をして、机の端に置いた。
 もう、後ろを振り返る必要はない。

 この場所が、わたくしの“居場所”なのだから。


---

 翌朝。
 私はレオン様と肩を並べ、丘の上の花畑を見渡していた。
 白い花々が一面に咲き誇り、朝日を浴びてきらめいている。

「ねえ、レオン様」
「なんだ」
「この花の名前、決めましたの」
「ほう、何だ?」
「“返品不可”ですわ♡」
「……なんだその花言葉は」
「“もう二度と手放さない”ですの♡」

 レオンが吹き出し、肩を震わせながら笑った。
「まったく……お前という女は」
「ええ、“神様も返品できない女”ですの♡」

 風が吹く。
 花びらが舞い、光が二人を包んだ。

 ――これが、私のざまぁの果て。
 追放された聖女が辿り着いた“幸福の終着点”。

 けれど、物語はまだ続く。
 なぜなら、“予約済み”の人生は、これからが本番ですもの♡


---
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