『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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3-3 神の印は“返品不可”――再召喚、即ざまぁ

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第3章3-3 神の印は“返品不可”――再召喚、即ざまぁ

 その日、辺境の空に黒い旗が見えた。
 王都の紋章――双獅子と王冠。
 聖騎士団が編成した“召喚部隊”が、正式な軍令として派遣されたのだ。

 彼らの目的はただひとつ。
 「元聖女アリアを王都へ強制召喚せよ」。

 ……ようやく本気を出してきましたのね♡

 ミーナが顔を青くして駆け込む。
「アリア様! 王都軍が国境を越えました!」
「まあ。郵便がずいぶん豪華になりましたのね」
「悠長にお茶している場合では!」
「いえ、これは戦の前のティータイムですの♡」

 わたくしはカップを傾けながら、窓の外に視線をやった。
 遠くに見える行軍の列、その先頭には――
 かつての婚約者、王太子ディートハルト殿下の姿。

 なるほど、“返品希望者”自らお出ましとは。
 まったく、律儀なお方ですこと。


---

「アリア、彼らを止めねばならない」
 レオン様が剣を腰に差しながら言う。
 その表情は冷徹だが、どこか焦りを帯びていた。

「……君を奪い返そうとしている」
「ええ、“在庫の横取り”ですわね♡」
「冗談を言っている場合ではない」
「冗談ではありませんの。――わたくし、返品拒否証明を発行いたしますわ」

「証明?」
「はい。“神の印”による返品不可証明ですの♡」

 わたくしは立ち上がり、静かに手を合わせた。
 屋敷の周囲に淡い光が広がり、空気が震え始める。
 祈りではない。――宣言だ。

> 『我、神の名において告げる。
 この地、清らかにして不退。
 この魂、縁結びにより永久に封印す。
 ――返品、不可。』



 瞬間、空が光に包まれ、結界が張り巡らされた。
 王都軍が近づこうとすると、白い風が吹き荒れ、彼らの馬が進めなくなる。


---

「な、なんだこれは!」
 ディートハルト殿下が馬上で叫ぶ。
 彼の金髪が乱れ、怒りに染まった目が辺境の屋敷を睨む。

「アリア! 出てこい! これは命令だ!」
 その声を、屋敷のバルコニーで受け止めた。

「まあまあ。お久しぶりですわね、殿下♡」
「黙れ! 貴様の勝手な行動で、王国は混乱している!」
「まあ。では、“真実の愛”とやらの修理は終わりましたの?」
「リリィは……療養中だ」
「つまり、“初期不良”でしたのね♡」

 兵士たちがざわめき、笑いをこらえる音が伝わってくる。
 ディートハルトの顔が真っ赤になった。

「おのれ……! その口の利き方!」
「口ではありませんの。“真実”ですわ♡」


---

 彼が剣を抜いた瞬間、レオン様が前に出た。
 銀の剣が陽光を反射する。

「王太子殿下、これ以上の無礼は許さぬ」
「貴様が辺境に隠れたせいで、アリアが――!」
「隠れてなどいない。彼女はここで“幸せを守っている”だけだ」
「幸せだと? 王家に背を向け、私を裏切って?」
「裏切ったのは誰だ?」
 レオンの低い声に、空気が凍った。

 わたくしは二人の間に歩み出て、静かに言った。

「殿下。あなたはいつも“愛している”と仰っていましたわね」
「……ああ、そうだ!」
「ならば――どうして“返品理由”を記載しなかったのです?」

「な……なに?」
「“心変わり”でも、“外見の趣味”でも構いませんのに。
 返品理由が不明では、再購入もできませんわ♡」

 兵士の中からくすくすと笑いが漏れ、ディートハルトは顔を歪める。


---

「アリア! 貴様は聖女だろう! 神の僕だろう!
 ならば王に従え!」
「いいえ、違いますわ」
 わたくしは両手を胸の前で組み、光を放った。

> 『神の御名において――わたくしは自由です。
 愛も、運命も、返品も、誰の所有物でもありません。』



 光が溢れ、風が轟いた。
 ディートハルトの剣が震え、彼の周囲の兵士たちが膝をつく。
 誰もその光に逆らえない。

「アリア……やめろ! 神を侮辱する気か!」
「侮辱? 違いますわ。神はわたくしを祝福してくださったのです」
 わたくしは微笑んだ。

「――“返品不可”の印を、ね♡」

 地面が輝き、彼の足元から金色の鎖が伸びた。
 それは彼の身体を優しく包み、空へと引き上げていく。

「な、なんだこれは!?」
「おめでとうございます、殿下。
 神に返品されたのは――あなたの方ですわ♡」


---

 鎖が光に溶け、彼の姿が消えた。
 残された兵士たちは恐れをなして退却する。
 誰も声を上げられない。

 沈黙の後、風が吹いた。
 空気が清められたように感じられた。

「……本当にやったのか」
 レオン様が呆れたように笑う。
「はい。これで返品希望者ゼロ件ですわ♡」

「君、ほんとに神を動かすんだな」
「ええ、“顧客対応は迅速”がモットーですの♡」

 二人で笑い合ったあと、わたくしは空を見上げた。
 淡い光の中に、微かに聞こえる声。

> 『よくやったな、我が娘よ。返品不可の魂に祝福を――』



 神様の声は穏やかだった。
 わたくしは小さく頭を下げた。

「ありがとうございますわ。
 でも、もう少し“お客様の教育”をお願いしたいですの♡」


---

 その夜。
 屋敷の庭で、わたくしとレオン様は静かに並んで座っていた。
 焚き火の光が二人の頬を照らす。

「……王都からの使者も、もう来ないだろうな」
「ええ。なにせ、返品元が“天上送り”になりましたもの♡」
「天罰か?」
「いえ、“返品処理”ですわ」

 レオン様が吹き出す。
「君の言葉一つ一つが、どうしてこうも痛快なんだ」
「褒め言葉として受け取りますわ♡」

 夜空には、ひときわ明るい星が輝いていた。
 その光は、まるで神の印のように見えた。

「レオン様」
「ん?」
「もし、わたくしがまた神に呼ばれても……」
「そんなこと、二度とさせない」
 彼は即答した。
「君はもう、誰のものでもない。
 ――この手の中の、唯一の“返品不可品”だ」

 胸が熱くなった。
 わたくしはそっと微笑み、彼の肩に寄り添った。

「……はい。返品も、交換も、永久保証も不要ですわ♡」


---

 風が吹く。
 花畑の花々が音もなく揺れ、
 まるでこの地そのものが祝福しているようだった。

 かつて“断罪”と呼ばれた夜から、どれほど遠くまで来たのだろう。

 王太子に“返品”された元聖女は、
 今――神にすら返品を拒まれる“永久保証の幸福”を手に入れた。


---

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