『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第2話 拾ったのなら、放ってはおけません

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第2話 拾ったのなら、放ってはおけません

その日、ノエリアは一人で街へ出ていた。
といっても、散策ではない。
商会との確認事項があり、最低限の護衛と共に王都の裏通りを通っていた。

王都の中心は華やかだが、少し道を外れれば様相は一変する。
舗装の荒れた道、古びた建物、流れる空気の匂いも違う。

(変わらないわね)

ノエリアは、感慨もなくそう思った。
王都は常にこうだ。
見える場所と、見えない場所が、最初から分けられている。

角を曲がったときだった。

「……っ」

護衛の一人が足を止める。

路地の脇に、何かが倒れていた。

近づくと、それが「人」であることが分かる。
小さな身体。
痩せ細った手足。
呼吸は、あるが浅い。

「子供、ですね……」

護衛が低く呟いた。

服は擦り切れ、汚れが目立つ。
髪も手入れされていない。
どう見ても、行き倒れの孤児だった。

「お嬢様、関わらぬ方が――」

その言葉を、ノエリアは手で制した。

「生きていますか?」

「……はい。かろうじて」

ノエリアは、少女の顔を見下ろした。
年は十前後だろう。
閉じた瞼の奥で、必死に生きようとしている気配だけが伝わってくる。

「運べますか?」

護衛が一瞬、言葉に詰まる。

「屋敷へ、ですか?」

「ええ」

迷いはなかった。

「拾ったのですから」

それだけだった。


---

屋敷に運び込まれた少女は、すぐに医師に診せられた。
栄養失調と脱水。
幸い、致命的な病はない。

「しばらく休ませ、食事を取らせれば助かるでしょう」

医師の言葉に、ノエリアは頷いた。

「分かりました」

それ以上の感想は述べない。

客間に用意された簡素な寝台で、少女は眠っていた。
汗と埃で汚れた姿に、メイドが顔をしかめる。

「……ずいぶん、薄汚い子ですね」

その言葉に、ノエリアは静かに視線を向けた。

「薄汚い?」

問い返され、メイドははっとする。

「お、お風呂に入れて、着替えさせれば済む話でしょう」

それだけ言って、ノエリアは視線を戻した。

「猫と違って、
この子は自分で洗えるでしょう?」

メイドは、何も言えなくなった。


---

夕刻。
少女は目を覚ました。

怯えたように身を起こし、周囲を見回す。

「……ここ、は……?」

「安心なさい」

ノエリアは椅子に座ったまま、静かに言った。

「ここは、私の屋敷です」

少女はびくりと肩を震わせる。

「……売られる?」

その問いに、ノエリアは首を横に振った。

「その予定はありません」

即答だった。

「あなたが倒れていたので、拾っただけです」

少女は呆然とした。

「……どうして?」

「理由が必要ですか?」

ノエリアは、少しだけ首を傾げる。

「目の前に、死にかけている人がいた。
それだけで、十分でしょう」

少女はしばらく黙り込み、やがて俯いた。

「……私、働きます」

その声は、必死だった。

「下働きでも、何でもします。
だから、ここに……」

ノエリアは、即座に答えなかった。
少女をじっと見つめる。

「下働き?」

「はい……。
何もしないで食べるのは……」

「物好きね」

ノエリアは、あっさりと言った。

「猫みたいに、
ごろごろしていてもいいのに」

少女は、きょとんとする。

「……私、猫じゃないです」

「そうね」

ノエリアは頷いた。

「猫は、働くなんて言わないわ」

一拍。

「下働きは、許可しません」

少女の顔が、みるみる青ざめる。

「で、でも……!」

「代わりに」

ノエリアは、淡々と告げた。

「あなたを、
私の担当メイドの見習いに任じます」

少女は、言葉を失った。

「拾った責任があります」

ノエリアは続ける。

「私の目の届かないところに
いられるのは困ります」

「ですから」

「しばらくは、
私のそばにいなさい」

少女の目に、涙が溜まる。

「……はい」

小さく、けれどはっきりと答えた。

その足元で、
いつの間にか居座っていた猫が「ニャア」と鳴いた。

ノエリアはそれを一瞥する。

「あなたまで、働くつもり?」

一瞬置いて。

「……なんてね」

猫は答えず、
床の上で丸くなった。

少女は、思わず小さく笑った。

その笑顔を見て、
ノエリアは内心で一つだけ判断する。

(生きられるわね)

それで十分だった。


---

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