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第15話 政治面は冷たく刺さる
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第15話 政治面は冷たく刺さる
王都サロン新報の次号が出る朝、王宮の空気はひどく重かった。
婚約破棄の号外だけでも充分に痛手だったというのに、そのうえ王太子ギヨームが新聞社へ圧力をかけようとした話まで、すでに王都では静かに広がり始めている。
しかもそれは、ただの噂話では終わらない。
政治面が動き出したからだ。
「……これは、ずいぶんと思い切りましたわね」
編集部で紙面を開いたクレマンスが、感心したように呟いた。
今日の王都サロン新報、その政治面には、いつもの柔らかな社交記事とは明らかに違う冷たさがあった。
見出しは簡潔だった。
王太子殿下、最近の公務に相次ぐ乱れ
婚約騒動以前より、途中退席・短縮出席が増加か
派手ではない。
怒鳴りもしない。
けれど、読む者にじわりと効く見出しだった。
セラフィーナは紙面に目を走らせる。
本文では、ここ一月のギヨームの公務日程が丁寧に整理されていた。大規模な欠席はない。だが、途中退席、短縮出席、名代任せ、形式だけの出席が続いている。そしてそれらのいくつかが、フロランス・デュヴィエが学園行事へ出席していた日と重なっていた。
断定はしていない。
だが、読む者は自然と考える。
ああ、婚約破棄の夜だけがおかしかったのではないのだ、と。
「素晴らしいですわ」
ミレイユが紅茶を置きながら微笑んだ。
「数字ほどではありませんけれど、日付もなかなか残酷ですわね」
「日付は嘘をつきませんもの」
ルイーザはいつもの調子で答えた。
政治面担当である彼女は、感情で刺す人間ではない。
事実を並べる。順番を整える。読み手が勝手に冷たくなっていくように紙面を作る。
それが彼女のやり方だった。
「でも、これで完全に変わりますわね」
オデットが楽しそうに身を乗り出す。
「何がですの?」
クレマンスが問うと、オデットは扇のようにメモを広げた。
「殿下の婚約破棄が、“真実の愛に酔った若い男の暴走”では済まなくなりますの。これが出てしまえば、“前から怪しかった”“前から気が緩んでいた”“前から不適格だった”という流れになりますもの」
「ええ、その通りですわ」
セラフィーナは静かに言った。
ここが大きい。
公開婚約破棄だけなら、最悪でも“あの夜、取り乱した”で押し通そうとする者が出るかもしれない。
だが政治面が、公務の乱れを先に示してしまえば、あの夜の醜態は突発的な失敗ではなく、積み重なっていた綻びの結果になる。
「殿下ご自身は、まだご理解なさっていないでしょうけれど」
クレマンスがくすりと笑う。
「政治面で切られるのは、なかなか痛いですわよね」
「ええ。社会面で笑われるのは恥ですけれど、政治面に載るのは疑義ですもの」
ルイーザの言葉はいつも通り淡々としていた。
「王太子に必要なのは、美しい恋ではなく、安定した公務遂行能力ですわ。そこへ疑問符がついた時点で、問題の質が変わります」
ミレイユがうなずく。
「商会筋でも、反応が変わっておりますわね。昨日までは“派手な醜聞”として読んでいた方々が、今日は“この先、大丈夫なのか”という顔をしておりますもの」
それはまさに狙い通りだった。
王都サロン新報は、ただ笑いを煽りたいのではない。
もちろん売れることは大事だ。けれど、本当に強いのは“笑い”が“疑念”へ変わる瞬間である。
そのとき、侍女が新たな報告を運んできた。
「失礼いたします。王宮法務局よりご覧になった方が」
セラフィーナがわずかに目を上げる。
「まあ。あらかじめのご連絡は?」
「いいえ。ですが、お名前はアルフォンス・リュゼ様と」
その名に、ルイーザの眉がほんの少し動いた。
「法務局監察官ですわね」
「堅物で有名な?」
クレマンスがひそめた声で言う。
「ええ。紙面を面白がる方ではありませんわ」
つまり、わざわざ来た理由は一つだ。
面白半分ではなく、問題として見に来たのである。
セラフィーナは微笑んだ。
「通してちょうだい」
侍女が一礼して下がると、オデットが愉快そうに囁いた。
「政治面を出した途端に法務局。上出来ですわね」
「まだ分かりませんわ」
セラフィーナは静かに返す。
「敵意かもしれませんもの」
「でも、敵にしては少々遅いですわ」
ルイーザが言った。
「号外の段階で来ず、今日の紙面で来るということは、少なくとも記事の質を見に来るつもりでしょう」
なるほど、とセラフィーナは思う。
婚約破棄の号外だけなら、ただの刺激的な新聞として流せたかもしれない。
だが政治面を出したことで、王都サロン新報は“面白い紙”から“無視しにくい紙”へ一段変わったのだ。
やがて扉が開き、一人の男が入ってきた。
黒に近い濃紺の礼装、無駄のない立ち姿、感情をあまり表に出さない灰色の目。
若いが、軽さはない。
アルフォンス・リュゼは優雅なサロンのような編集部を見回し、わずかに目を細めた。
「……驚きました」
「何にかしら?」
セラフィーナが尋ねる。
「もっと雑然とした場所を想像しておりました」
その返答に、クレマンスが扇を口元へ当てた。
「まあ。失礼な方」
「失礼ついでに申し上げますと」
アルフォンスは続けた。
「本日の政治面も、想像よりずっと整っておりました」
それは褒め言葉ではない。
だが軽蔑でもない。
セラフィーナはその言い方に、小さく笑みを深めた。
「それは光栄ですわ」
王都サロン新報の政治面は、ちゃんと届いた。
笑いではなく、警戒として。
そしてそれは、王太子にとって決して良い兆しではなかった。
王都サロン新報の次号が出る朝、王宮の空気はひどく重かった。
婚約破棄の号外だけでも充分に痛手だったというのに、そのうえ王太子ギヨームが新聞社へ圧力をかけようとした話まで、すでに王都では静かに広がり始めている。
しかもそれは、ただの噂話では終わらない。
政治面が動き出したからだ。
「……これは、ずいぶんと思い切りましたわね」
編集部で紙面を開いたクレマンスが、感心したように呟いた。
今日の王都サロン新報、その政治面には、いつもの柔らかな社交記事とは明らかに違う冷たさがあった。
見出しは簡潔だった。
王太子殿下、最近の公務に相次ぐ乱れ
婚約騒動以前より、途中退席・短縮出席が増加か
派手ではない。
怒鳴りもしない。
けれど、読む者にじわりと効く見出しだった。
セラフィーナは紙面に目を走らせる。
本文では、ここ一月のギヨームの公務日程が丁寧に整理されていた。大規模な欠席はない。だが、途中退席、短縮出席、名代任せ、形式だけの出席が続いている。そしてそれらのいくつかが、フロランス・デュヴィエが学園行事へ出席していた日と重なっていた。
断定はしていない。
だが、読む者は自然と考える。
ああ、婚約破棄の夜だけがおかしかったのではないのだ、と。
「素晴らしいですわ」
ミレイユが紅茶を置きながら微笑んだ。
「数字ほどではありませんけれど、日付もなかなか残酷ですわね」
「日付は嘘をつきませんもの」
ルイーザはいつもの調子で答えた。
政治面担当である彼女は、感情で刺す人間ではない。
事実を並べる。順番を整える。読み手が勝手に冷たくなっていくように紙面を作る。
それが彼女のやり方だった。
「でも、これで完全に変わりますわね」
オデットが楽しそうに身を乗り出す。
「何がですの?」
クレマンスが問うと、オデットは扇のようにメモを広げた。
「殿下の婚約破棄が、“真実の愛に酔った若い男の暴走”では済まなくなりますの。これが出てしまえば、“前から怪しかった”“前から気が緩んでいた”“前から不適格だった”という流れになりますもの」
「ええ、その通りですわ」
セラフィーナは静かに言った。
ここが大きい。
公開婚約破棄だけなら、最悪でも“あの夜、取り乱した”で押し通そうとする者が出るかもしれない。
だが政治面が、公務の乱れを先に示してしまえば、あの夜の醜態は突発的な失敗ではなく、積み重なっていた綻びの結果になる。
「殿下ご自身は、まだご理解なさっていないでしょうけれど」
クレマンスがくすりと笑う。
「政治面で切られるのは、なかなか痛いですわよね」
「ええ。社会面で笑われるのは恥ですけれど、政治面に載るのは疑義ですもの」
ルイーザの言葉はいつも通り淡々としていた。
「王太子に必要なのは、美しい恋ではなく、安定した公務遂行能力ですわ。そこへ疑問符がついた時点で、問題の質が変わります」
ミレイユがうなずく。
「商会筋でも、反応が変わっておりますわね。昨日までは“派手な醜聞”として読んでいた方々が、今日は“この先、大丈夫なのか”という顔をしておりますもの」
それはまさに狙い通りだった。
王都サロン新報は、ただ笑いを煽りたいのではない。
もちろん売れることは大事だ。けれど、本当に強いのは“笑い”が“疑念”へ変わる瞬間である。
そのとき、侍女が新たな報告を運んできた。
「失礼いたします。王宮法務局よりご覧になった方が」
セラフィーナがわずかに目を上げる。
「まあ。あらかじめのご連絡は?」
「いいえ。ですが、お名前はアルフォンス・リュゼ様と」
その名に、ルイーザの眉がほんの少し動いた。
「法務局監察官ですわね」
「堅物で有名な?」
クレマンスがひそめた声で言う。
「ええ。紙面を面白がる方ではありませんわ」
つまり、わざわざ来た理由は一つだ。
面白半分ではなく、問題として見に来たのである。
セラフィーナは微笑んだ。
「通してちょうだい」
侍女が一礼して下がると、オデットが愉快そうに囁いた。
「政治面を出した途端に法務局。上出来ですわね」
「まだ分かりませんわ」
セラフィーナは静かに返す。
「敵意かもしれませんもの」
「でも、敵にしては少々遅いですわ」
ルイーザが言った。
「号外の段階で来ず、今日の紙面で来るということは、少なくとも記事の質を見に来るつもりでしょう」
なるほど、とセラフィーナは思う。
婚約破棄の号外だけなら、ただの刺激的な新聞として流せたかもしれない。
だが政治面を出したことで、王都サロン新報は“面白い紙”から“無視しにくい紙”へ一段変わったのだ。
やがて扉が開き、一人の男が入ってきた。
黒に近い濃紺の礼装、無駄のない立ち姿、感情をあまり表に出さない灰色の目。
若いが、軽さはない。
アルフォンス・リュゼは優雅なサロンのような編集部を見回し、わずかに目を細めた。
「……驚きました」
「何にかしら?」
セラフィーナが尋ねる。
「もっと雑然とした場所を想像しておりました」
その返答に、クレマンスが扇を口元へ当てた。
「まあ。失礼な方」
「失礼ついでに申し上げますと」
アルフォンスは続けた。
「本日の政治面も、想像よりずっと整っておりました」
それは褒め言葉ではない。
だが軽蔑でもない。
セラフィーナはその言い方に、小さく笑みを深めた。
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王都サロン新報の政治面は、ちゃんと届いた。
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