「侯爵令嬢はお気に入りの書架で王太子を攻略中」

ふわふわ

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第3章 3-2 封印の残響と、王太子の告白

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第3章 3-2 封印の残響と、王太子の告白

 翌朝、フィレーナはいつもより少し遅く目を覚ました。
 昨夜の出来事が、まるで悪夢のように胸に残っている。

(……あれは夢ではなかった。殿下が来てくださったのも、本当)

 深呼吸をして心を整えてから起き上がる。

 ショールのポケットに入れたままの“金具”が、コト、と落ちた。

「……そうだわ。これも昨夜拾ったまま……」

 黒く焦げた金具。
 書架の付属品とは考えにくい、異様な焦げ方をしている。

(殿下に……お渡しした方がいいかしら)

 悩んでいると、部屋の扉がノックされた。

「フィレーナ様、王太子殿下がお会いになりたいとのことです」

 と侍従の声。

(……殿下が?)

 胸が一気に緊張で満たされる。
 急ぎ身支度を整え、侍従の案内で“殿下の私室”へ向かった。

 ***

 王城中央棟。
 王太子専用の居室は、重厚な木扉で守られている。
 周囲には騎士の姿もあり、ここが特別な空間であることがすぐに分かった。

 侍従が扉を開け、フィレーナは静かに中へ進む。

「殿下……失礼いたします」

 リュシアンは窓際に立っていた。
 朝日を背に受けながらも、その姿は凛と美しく、どこか疲れを帯びた影を落としていた。

「……来てくれてありがとう、フィレーナ」

「殿下。昨夜は、本当に……ありがとうございました」

 深く礼をすると、リュシアンは首を振る。

「礼を言うのは私の方だ。
 あれほどの気配を感じながら、一人で逃げずにいた……君の勇気は称賛に値する」

 しかしその声には、微かな怒りと焦燥が混ざっていた。

 フィレーナは思い切ってポケットの金具を取り出した。

「……殿下。これを、昨夜廊下で拾いました」

「……!」

 リュシアンの目が鋭くなる。

「見せてくれ」

 渡すと、彼は金具に手をかざし、魔力を流し込んだ。

 ――ぴしっ。

 金具の周囲に黒いひびのような魔力が浮かび上がる。

「……やはり“書の影”の残滓だ」

「書の……影?」

「ああ。昨夜君の前に現れた気配と同じものだ。
 書に宿った“呪いの欠片”……とでも言えば理解が早いかもしれない」

 フィレーナは息を呑んだ。

「そんなものが……王城内に?」

「本来なら存在しない。
 しかし……長い王家の歴史の中で封じられた本の中には、完全に浄化しきれないものがある」

「わたくしが感じた気配も……その残滓……?」

「正確には――君だからこそ“呼ばれた”のだ」

「呼ばれ……?」

 リュシアンは深い息を吐いた。

「昨夜の影は、君を“記録魔術師の末裔”と認識したのだ。
 本来、その血を求めるものではないが……長年封じられた魔は、稀に異常な反応を見せる」

 フィレーナの背中に冷たい汗が流れた。

(わたくしの血が……理由?)

 リュシアンは机の端に金具を置き、真剣な表情で言葉を続ける。

「フィレーナ。君の血は、王家の“古い秘密”と深く関わっている」

「秘密……?」

「この国の歴史には、意図的に“書き換えられた部分”がある。
 その真実を記す本は、すべて禁書扱いだ」

 フィレーナの心臓が強く脈打つ。

(わたくしが触れた本……あの緑の本にも、隠された記録が?)

 リュシアンは続ける。

「君が見つけた“古王国史 第三巻”は、実は王家が隠したい内容の多くが書かれている“真本”だ。
 通常の三巻とは違い、これだけが特別に封印された」

「特別に……封印……?」

「ああ。
 そして――その封印は“記録魔術師の血”を持つ者にしか解けない」

 フィレーナの胸に、強烈な現実が押し寄せた。

(だから……わたくしにだけ光って見えた……?)

 答えは言葉にせずとも明らかだった。

 ***

 リュシアンは少しだけ表情を緩め、フィレーナの前に立った。

「フィレーナ。君には隠していたことがある」

 その声には覚悟が宿っていた。

「……君を王太子妃候補として迎えた理由。
 それは“君の血に眠る力が必要だったから”だ」

「…………!」

 フィレーナの胸が締めつけられる。

(やっぱり……そうなの……?)

 しかし、リュシアンは続けた。

「だが、それだけではない。
 誓って言うが……私は君を“道具”として見てはいない」

 フィレーナはゆっくり顔を上げる。

「では……どうして、わたくしを……?」

「君は、本を愛する心を持っていた。
 王家の秘密に触れられるほどの“静かな強さ”もあった。
 何より……君と話すと、私は安らぎを覚える」

 最後の言葉は、とても静かで、深い温度を持っていた。

(安らぎ……?)

 フィレーナの頬が熱くなる。

「君を王城に迎えたのは、半分は“王家の事情”だ。
 だが残りの半分は――私自身の意志だ。
 君の力を守りたいと思ったし、君自身を知りたいと思った」

 胸の奥が温かく揺れる。

(……殿下は本気で言ってくださっている)

 そう感じ取れた。

 だが同時に、不安もあった。

「殿下……わたくしは……殿下の望むような人間ではありませんわ。
 ただ本が好きで……大した力も、強さも……」

「ある。
 昨夜、君は影に立ち向かった。
 今朝も震えながらもここに来た。
 それが“強さ”だ」

 リュシアンの言葉は迷いがなく、揺るぎない。

 フィレーナの目に、熱い涙が浮かぶ。

(わたくし……認められている……?)

 自分が“ただの地味な令嬢”ではないと言われたようで、心が震えた。

 ***

 リュシアンは改めて彼女を見つめ、静かに告げた。

「フィレーナ。
 君が望むなら――
 私はこれからすべてを話す。
 王家の秘密も、君の力のことも」

 胸に重く沈んでいた不安が、ゆっくりと溶けていく。

 フィレーナは小さく息を吸い、決意を込めて言った。

「お聞きします。
 殿下の秘密も、わたくしの秘密も……
 確かめるために」

 その瞬間、リュシアンは満足げに微笑んだ。

「……ありがとう、フィレーナ」

 窓の外では、朝の光が王城を照らし始めていた。

 だが――
 その光とは対照的に、王城の奥底では“別の気配”が蠢き始めていた。

 昨夜の影が残した金具。
 そして、フィレーナを見つめる得体の知れない存在。

(これから……何が起こるのかしら)

 恐れと期待が交錯する中――
 フィレーナの運命は、確実に次の段階へと踏み出し始めていた。


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