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第28話 名を持たない席
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第28話 名を持たない席
学術院倫理部会の会合は、
評議院よりも小さく、
だが逃げ場がなかった。
円卓。
名札はあるが、肩書きは書かれていない。
――意見の重さだけが、
そこに座る理由。
「本日は、
非公開を前提とします」
司会役の老教授が告げる。
「議事録は残しますが、
発言者名は伏せる」
ジェシカは、内心で頷いた。
(ここは、
“名を捨てないと話せない場所”)
最初に口を開いたのは、
若い法学者だった。
「拒否の自由があるとされながら、
拒否後の不利益が
慣習として放置されている」
「制度の欠陥ですね」
誰かが言う。
「いえ」
ジェシカは、はっきりと否定した。
「欠陥ではありません。
設計です」
ざわり、と空気が揺れた。
「最初から、
拒否される前提で
作られていない」
彼女は、机に視線を落とす。
「だから、
拒否した人間は
制度の外に“落ちる”」
老教授が、ゆっくりと問う。
「では、
あなたは何を提案する」
「席を、作ることです」
「席?」
「拒否した者が、
社会の中に留まれる席」
誰かが、苦笑した。
「理想論だ」
「いいえ」
ジェシカは、顔を上げた。
「今は、
“罰のない拒否”が存在しない」
それは、
厳しい現実だった。
「ならば、
拒否した者に、
別の役割を与える」
「役割?」
「制度の維持に貢献しない者は、
排除される」
彼女は、淡々と続ける。
「なら、
別の形で貢献できる道を
最初から提示すればいい」
沈黙。
老教授が、低く言った。
「……それは、
制度を“広げる”ということだな」
「はい」
ジェシカは、頷いた。
「壊さずに、
広げる」
会合の終盤。
意外な言葉が出た。
「証言を、
集めるべきだ」
言ったのは、
これまで沈黙していた人物。
「匿名で。
ただし、
制度側が管理する形で」
ジェシカは、即座に返した。
「管理されるなら、
語られません」
「では、
どうすれば」
「第三の場所です」
誰も、すぐに理解できなかった。
「評議院でも、
学術院でもない」
ジェシカは、
静かに言葉を選ぶ。
「拒否した人間が、
拒否したまま存在できる場所」
それは、
制度にとって
最も扱いづらい存在。
だが――
必要な存在。
会合が終わる。
明確な結論は出なかった。
だが、
否定もされなかった。
屋敷へ戻る馬車の中。
「疲れた顔だな」
アルヴィンが言う。
「ええ」
「でも、
逃げてない顔だ」
ジェシカは、窓の外を見る。
名を持つ席は、
いつも条件付き。
だが。
名を持たない席は、
最初から、
存在しないことにされてきた。
それを、
作ろうとしている。
誰のためでもない。
ただ――
拒否した瞬間に、
世界から落ちないために。
白い仮面は、
まだ割れていない。
けれど。
仮面の外側ではなく、
内側に座る席が、
少しずつ形を持ち始めていた。
学術院倫理部会の会合は、
評議院よりも小さく、
だが逃げ場がなかった。
円卓。
名札はあるが、肩書きは書かれていない。
――意見の重さだけが、
そこに座る理由。
「本日は、
非公開を前提とします」
司会役の老教授が告げる。
「議事録は残しますが、
発言者名は伏せる」
ジェシカは、内心で頷いた。
(ここは、
“名を捨てないと話せない場所”)
最初に口を開いたのは、
若い法学者だった。
「拒否の自由があるとされながら、
拒否後の不利益が
慣習として放置されている」
「制度の欠陥ですね」
誰かが言う。
「いえ」
ジェシカは、はっきりと否定した。
「欠陥ではありません。
設計です」
ざわり、と空気が揺れた。
「最初から、
拒否される前提で
作られていない」
彼女は、机に視線を落とす。
「だから、
拒否した人間は
制度の外に“落ちる”」
老教授が、ゆっくりと問う。
「では、
あなたは何を提案する」
「席を、作ることです」
「席?」
「拒否した者が、
社会の中に留まれる席」
誰かが、苦笑した。
「理想論だ」
「いいえ」
ジェシカは、顔を上げた。
「今は、
“罰のない拒否”が存在しない」
それは、
厳しい現実だった。
「ならば、
拒否した者に、
別の役割を与える」
「役割?」
「制度の維持に貢献しない者は、
排除される」
彼女は、淡々と続ける。
「なら、
別の形で貢献できる道を
最初から提示すればいい」
沈黙。
老教授が、低く言った。
「……それは、
制度を“広げる”ということだな」
「はい」
ジェシカは、頷いた。
「壊さずに、
広げる」
会合の終盤。
意外な言葉が出た。
「証言を、
集めるべきだ」
言ったのは、
これまで沈黙していた人物。
「匿名で。
ただし、
制度側が管理する形で」
ジェシカは、即座に返した。
「管理されるなら、
語られません」
「では、
どうすれば」
「第三の場所です」
誰も、すぐに理解できなかった。
「評議院でも、
学術院でもない」
ジェシカは、
静かに言葉を選ぶ。
「拒否した人間が、
拒否したまま存在できる場所」
それは、
制度にとって
最も扱いづらい存在。
だが――
必要な存在。
会合が終わる。
明確な結論は出なかった。
だが、
否定もされなかった。
屋敷へ戻る馬車の中。
「疲れた顔だな」
アルヴィンが言う。
「ええ」
「でも、
逃げてない顔だ」
ジェシカは、窓の外を見る。
名を持つ席は、
いつも条件付き。
だが。
名を持たない席は、
最初から、
存在しないことにされてきた。
それを、
作ろうとしている。
誰のためでもない。
ただ――
拒否した瞬間に、
世界から落ちないために。
白い仮面は、
まだ割れていない。
けれど。
仮面の外側ではなく、
内側に座る席が、
少しずつ形を持ち始めていた。
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