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第1章-1:歌ってみたの地味子
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第1章-1:歌ってみたの地味子
白河優は、地味だった。否、地味という言葉では足りないかもしれない。学校ではほとんど誰とも喋らず、常にうつむき加減。何を考えているのか分からず、教室の隅で静かにノートを取っている姿は、まるで風景の一部だった。
彼女の顔を正面から見たことがある生徒は、ほとんどいない。なぜなら、彼女の前髪は異様に長く、ぱっつんというよりもカーテンのように目元をすっぽりと覆っていたからだ。おかげで、彼女がどんな目をしているのか、どんな感情を浮かべているのか、それを見た者はこのクラスにはいなかった。
「……ねえ、あの子、白河……さん、だっけ?」
「え、誰?」
そんな会話が何度も交わされるくらい、彼女は“透明”な存在だった。
しかし——その姿は、もうひとつの世界ではまるで違っていた。
動画サイトに投稿された「歌ってみた」動画。そこには、ひとりの少女がいた。髪をまとめ、顔をしっかりと出し、まっすぐな瞳でマイクに向かって立っている。彼女の歌声は、静寂を切り裂くように澄んでいて、強くて、どこか切なさを含んでいた。
その名は“Yuu”。
コメント欄には賞賛が溢れていた。
「声に一発で惚れた」 「これ、プロじゃないの?ヤバすぎ」 「顔も出さないのに、なんでこんなに刺さるの……」
再生数は日に日に伸び、フォロワーは10万人を突破。顔出しこそしていないが、動画のシルエットや歌に込められた感情、そして何よりもその声が、視聴者の心を捉えて離さなかった。
そして、その“Yuu”の正体こそが、教室の隅に座る、地味で透明な少女——白河優だった。
「……今日、撮る……?」
休み時間、隣の席に座る少年が、小声で尋ねる。
当麻明。優の幼馴染であり、Yuuの撮影と音響編集を一手に引き受ける裏方スタッフだった。
優はわずかに頷いた。前髪の奥で目が動いたのを、明だけが気づく。
「優ちゃん、今日のおやつはスイートポテトだよ!泉特製の!」
元気な声とともに、前の席から佐々木泉が振り返る。明の彼女であり、Yuuのファン第一号。そして、現在は雑用係として撮影にも同行するチームの一員。
「……うん、ありがとう……」
優は、聞き取れるかどうかという小声で、ぽつりと返す。
この三人だけが知っている。Yuuの正体、そしてその才能。
他の誰も知らない。教室の中で誰よりも目立たず、声を潜めて生きる彼女が、夜の世界では“伝説になりかけている”ということを。
その日の夜。撮影はいつものように順調に進んだ。
録音スタジオ代わりに使っている郊外の倉庫の一角。簡易的な防音設備に、LEDライトとマイク、そして優が立つだけの小さなステージ。
「じゃあ、いくよ」
明の合図に、優は頷き、髪を後ろでまとめ、前髪を上げてクリップで止める。
その瞬間、教室で隠されていた顔が、そこに現れる。
透き通るような肌。大きな瞳。凛とした立ち姿。
「お願いします……」
小さな声とは裏腹に、音楽が流れた瞬間——
彼女の中の“Yuu”が目を覚ました。
白河優は、地味だった。否、地味という言葉では足りないかもしれない。学校ではほとんど誰とも喋らず、常にうつむき加減。何を考えているのか分からず、教室の隅で静かにノートを取っている姿は、まるで風景の一部だった。
彼女の顔を正面から見たことがある生徒は、ほとんどいない。なぜなら、彼女の前髪は異様に長く、ぱっつんというよりもカーテンのように目元をすっぽりと覆っていたからだ。おかげで、彼女がどんな目をしているのか、どんな感情を浮かべているのか、それを見た者はこのクラスにはいなかった。
「……ねえ、あの子、白河……さん、だっけ?」
「え、誰?」
そんな会話が何度も交わされるくらい、彼女は“透明”な存在だった。
しかし——その姿は、もうひとつの世界ではまるで違っていた。
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その名は“Yuu”。
コメント欄には賞賛が溢れていた。
「声に一発で惚れた」 「これ、プロじゃないの?ヤバすぎ」 「顔も出さないのに、なんでこんなに刺さるの……」
再生数は日に日に伸び、フォロワーは10万人を突破。顔出しこそしていないが、動画のシルエットや歌に込められた感情、そして何よりもその声が、視聴者の心を捉えて離さなかった。
そして、その“Yuu”の正体こそが、教室の隅に座る、地味で透明な少女——白河優だった。
「……今日、撮る……?」
休み時間、隣の席に座る少年が、小声で尋ねる。
当麻明。優の幼馴染であり、Yuuの撮影と音響編集を一手に引き受ける裏方スタッフだった。
優はわずかに頷いた。前髪の奥で目が動いたのを、明だけが気づく。
「優ちゃん、今日のおやつはスイートポテトだよ!泉特製の!」
元気な声とともに、前の席から佐々木泉が振り返る。明の彼女であり、Yuuのファン第一号。そして、現在は雑用係として撮影にも同行するチームの一員。
「……うん、ありがとう……」
優は、聞き取れるかどうかという小声で、ぽつりと返す。
この三人だけが知っている。Yuuの正体、そしてその才能。
他の誰も知らない。教室の中で誰よりも目立たず、声を潜めて生きる彼女が、夜の世界では“伝説になりかけている”ということを。
その日の夜。撮影はいつものように順調に進んだ。
録音スタジオ代わりに使っている郊外の倉庫の一角。簡易的な防音設備に、LEDライトとマイク、そして優が立つだけの小さなステージ。
「じゃあ、いくよ」
明の合図に、優は頷き、髪を後ろでまとめ、前髪を上げてクリップで止める。
その瞬間、教室で隠されていた顔が、そこに現れる。
透き通るような肌。大きな瞳。凛とした立ち姿。
「お願いします……」
小さな声とは裏腹に、音楽が流れた瞬間——
彼女の中の“Yuu”が目を覚ました。
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