二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

第4章‑1：ネット爆発

第4章‑1：ネット爆発

　90秒間の黒い画面と一瞬の静寂のあと、全国の通信回線が悲鳴を上げるように揺れ動いた。テレビから一斉に流れたYuuの歌声を耳にした視聴者たちが、同時多発的にスマートフォンを手に取り、SNSにアクセスする。Twitter、Instagram、TikTok──どのサービスも、一瞬で通知の嵐に飲み込まれ、タイムラインは「Yuu」「#今夜はYuu」「音声だけCM」「正体不明」といったキーワードで埋め尽くされた。

「何これ!? 黒画面に文字だけで、90秒間歌声だけって、逆に引き込まれた！」
「Yuuって誰？ 顔も映らずに、なんでこんなに心揺さぶられるんだ」
「全局同時放送？　バグかと思ったわ」

　ネット掲示板の実況スレッドも、まるで戦場のような活況を呈する。１スレ立ち上げからわずか数分で数百レスが流れ、一時サーバーが応答不能に陥るほどの書き込み量を記録した。動画共有サイトでは「音声だけで泣いた」「仕事中なのに聞き入ってしまった」といったコメントが次々に投稿され、再生カウンターが刻一刻と跳ね上がる。

　同時刻、動画ホスティング業者の監視ダッシュボードには、アクセス集中による負荷警告が点滅していた。キャッシュサーバーがミラーリングに追いつかず、一部ユーザーには「ページを読み込めません」というエラーメッセージが表示される。技術担当者は深夜にもかかわらず緊急オペレーションルームに集まり、サーバーの自動スケールアップを繰り返し、プロキシの負荷分散を調整することで何とか持ちこたえようとしていた。

「再生回数、1分で50万回突破しました！ アクセスピークはさらに上がりそうです！」
「コメント数が秒間20書き込みを超えています。コメントボックスのレート制限を強化します」
「帯域が足りない！ CDNをさらに追加発注します！」

　技術者の緊迫した声とキーボードの連打音が、まるで交響曲のリズムのように重なり合う。だが、その裏側で繰り広げられているのは、単なるシステムの追いかけっこではない。Yuuという名の謎の歌姫が巻き起こした“社会現象”を裏方として支える、必死のプロフェッショナルたちの奮闘劇でもあった。

　一方、ネットニュースやメディア各社もこの異常事態を見逃さなかった。深夜の緊急特番やウェブサイトの速報記事、公式SNSアカウントによる実況配信が瞬く間に展開され、「Yuu現象」を検証しようとする報道合戦が始まる。音楽評論家や文化ジャーナリストが生放送に招かれ、「史上初の音声CM」「マーケティングの革命」「匿名性が生む新たなスター像」といったテーマで分析を試みる。しかし、声だけで心を揺さぶるYuuの魅力に対して、専門家の誰もが言葉を探すしかないほど、答えの出ない問いが次々に浮かび上がっていた。

――「これは、声の暴力ではないか？」
――「逆説的に、匿名性が最強のブランディングになるってことか？」
――「いま求められているのは、映像よりも“聴覚の純度”なのかもしれない」

　深夜2時を過ぎても、トレンドは衰えを知らなかった。ハッシュタグ「#今夜はYuu」は国内トレンドのトップに君臨し、関連ワードの「Yuu」「音声CM」「90秒」「誰だYuu」などが世界トレンドにも顔を出す。海外のファンも辿ってきており、英語圏のSNSでは「voice-only CM」「mysterious singer」「Yuu phenomenon」といったタグが飛び交い、国境を越えた“波紋”が広がっている。

　翌朝、通勤電車の車内では、乗客同士の会話が完全にYuu一色になっていた。

「昨夜のCM見た？　ちょっとゾクッとした」
「そうそう。90秒も歌だけって、逆に惹き込まれたよね」
「今日のTwitterはどうなるんだろう。朝からチェックするわ」

　学校の教室でも同様だった。教壇に立つ教師の声がかき消されそうになるほど、背後では生徒同士がスマホを打ち鳴らし、昨夜の体験を語り合う。
　白河優（Yuu）の存在は、すでに日常の風景の一部となりつつあった。

　しかし、その一方で――
　「Yuuの正体が誰かバレるんじゃないか？」
　「学校の○○じゃね？」
　「顔出しNGって本当かな？」
という不穏な噂もまた、瞬く間に広まっていく。ネット爆発が生んだ興奮と混乱は、まだ始まったばかりだった。