二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

第3章‑4：舞の再現

第3章‑4：舞の再現

　深夜の放映が終わり、一斉に通常番組へ戻ったテレビ画面の向こう側で、三葉舞の名前がささやかれたのは、小さなラジオの実況アナウンサーだった。

「──さきほど、全国民放キー局で同時放送された『謎の歌姫Yuu』のCMですが、実はこの企画、約十年前に一度だけ三葉舞という歌い手が同じ手法でデビューしたという噂もあるそうです……」

　その言葉を聞いた無数の家庭やバー、居酒屋のテレビが、まるで共鳴するかのようにピタリと静まり返った。

　翌日未明。Cobalt Sound社の緊急対策室には、すでに各局の放映回数と視聴率、インターネットのリアルタイムアクセス数がモニタに並んでいた。SNSでは、

> 「10年前のあのCMは舞姉さんの伝説だったのか…再現度がすごい」
「“Yuu”って名前、舞をリスペクトしてるのかな？」
「過去と同じ手法だけど、声が違う。すごく生きている感じがする」



　などと書き込まれ、瞬く間に話題が広がっている。アクセス集中で一時、動画サーバーがダウン寸前に追い込まれたという報告が幾つも飛び込んできた。

　事態をモニターで見守っていた戸川浩一は、傍らの当麻明と佐々木泉に声をかけた。

「……見てくれ。当時の資料を引っ張り出したんだが、この“音声だけのCM”企画は、確かに舞のデビューでも一度だけ行われていた。そのときの放映枠は地方局限定、90秒ではなく60秒だったらしい。成功例は伝説扱いだが、全国同時放送はこれが初めてだ」

　明がスマホの画面を湛えながら呟く。

「でも……ここまで反応が似るとは。あのときの舞のCMは“消え物”つまり一度きりの幻みたいなものだった。視聴者が一瞬で消し去ったかのように記憶の彼方へ。だけど、今回は違う。映像はないけど、声が“生きている”」

　泉は目を輝かせて言った。

「Yuuちゃんの声は、舞おばさんよりずっと柔らかくて温かい。確かに似ているけど、どこか新しい。あの“伝説”の再現じゃなくて、“相続”って感じがするね」

　社内のモニター画面には、動画サイトの急上昇ランキング、Twitterのトレンド、ニュースサイトの記事見出しが次々にスクロールされていく。全てが「再現」と「比較」というキーワードで埋め尽くされている。

──「舞の記憶」と「Yuuの現在」が、奇妙に交錯する瞬間。

　戸川は少し微笑みながら、懐から取り出した古いUSBメモリを見つめた。それには、三葉舞がCobalt Soundで初期デビューした際の貴重な音声ファイルやCM映像が入っていた。

「この企画は、“最後の歌”を残して逝った舞へのオマージュだと思っていたが……まさか、まさかこんな形で“生きている”歌姫として再現されるなんて」

　ぽつり、戸川が呟いた言葉に、明と泉は静かに頷く。

「……でも、違うんだよな。舞おばさんは、あの時点で旅立ったから“ラストナンバー”になった。Yuuちゃんはこれからも歌い続けられる。私たちはその“違い”を武器にしなきゃ」
　明が真剣な眼差しでスクリーンを見つめ、肩を正す。

　泉も小さく拳を握りしめた。

「私たちが守るのは、舞の伝説だけじゃない。Yuuちゃんの未来も、しっかりと残さなくちゃね」

　会議室に鳴り響くのは、プロジェクトチームの意志と、何よりも“終わらない歌”の決意だった。

──戸川の胸中には、かつての後悔と、いまここに芽生えた希望が交錯している。
そして、彼は心の中で静かに繰り返した。

「舞のときと、まったく同じだ…ただ違うのは、生きているということだ」