二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

文字の大きさ
11 / 37

第3章‑3:“その日”が来る

しおりを挟む
第3章‑3:“その日”が来る

 ──4月30日、22時ちょうど。
 日本中のテレビがひとつの瞬間に静寂へと移行した。

 大手民放キー局のバラエティ番組、ドラマ、ワイドショー、スポーツ中継──どのチャンネルを見ていても、突如として映像は真っ暗になり、音声までもが一旦途切れた。子どもがお菓子を落としそうになる音、居間でスマホを操作していた指の動き、居間の照明が静かに揺れる様すら、テレビの消失とともに凍りついた。

 「テレビ、壊れた……?」
 リビングのあちこちから、戸惑いの声が上がる。
 チャンネルを変えてみても、どの局も同じ黒い画面。家族そろって見入っていた母親が、眉間にしわを寄せてリモコンのボタンを押し続ける。だが、どのチャンネルも応答せず、ただ黒が続くだけだった。

 そのとき、わずかなサブウーファーの振動とともに──
 澄み渡るピアノのイントロ が流れ始める。

 まるで空気の層を弾き飛ばすように、ひと音ひと音が深く澄み、家の中を満たしていく。黒一色の画面に、最小限の文字が白く浮かび上がる。

> 「この声に、あなたは、何を想うか」



 映像は静止画のように“波紋”のような図形がゆっくり動くだけ。そこにリアルな映像も、誰かの顔もない。
 ただ、Yuu──正体不明の歌姫の声だけが、22時の夜空を切り裂いた。

 ──90秒。

 それは、ただのCM時間ではなかった。
 それは、日本中の耳を奪い、心を掴む “儀式” だった。

 居間のソファで眠りかけていた父親が、ハッと目を見開き、息をのむ。
 子どもをおんぶしながら立っていた母親は、思わずスマホを耳元に当て、検索アプリを開こうとするが、指先が震えてしまい失敗する。
 一人暮らしの大学生は、イヤホンごしの音のあまりの美しさに、聞きほれてうなずくだけだった。

 ──その瞬間、SNSでは一斉に通知が鳴り響いた。

【Twitter】

> @music_fan: 「何これ……CMなのに歌だけ? しかも90秒? #今夜はYuu」
@drama_viewer: 「切り替えたら突然この歌声。鳥肌立った……」
@otaku_girl: 「正体不明の歌姫? 誰あれ!? #今夜はYuu」



【Instagram】(ストーリーズ)

> 「え、これCM? しかも全局一斉放送って何?」「画面に文字だけって斬新すぎ」「心が洗われるような声……」



【TikTok】

> 「今夜はYuuでオールバックチャレンジ」「#Yuu90秒 #聞いてみて」



 コメントがタイムラインを埋め尽くし、再生回数は秒単位で跳ね上がる。
 検索トレンドには #今夜はYuu が瞬く間にトップ入りし、関連ワードの「正体」「CM」「90秒」などが世界トレンドの上位を占めた。

 ──黒い画面は90秒後、フェードアウトするかのようにゆっくりと淡い光を取り戻し、

> “Yuu” Debut.
 という一行を最後に残して、何事もなかったかのように通常放送へと戻った。



 家族は戸惑いながらも顔を見合わせ、スマートフォンを手に取り、動画サイトや公式SNSを検索し始めた。
 「どこで歌っているの?」「公式アカウントってあるの?」
 その問いが全国中の会話の中心へと変わっていく。

 ──一夜にして、“伝説”が始まった。

 借りてきたスタジオで映像を見守っていた当麻明は、コントロールルームのモニターを見つめ、無言でつぶやいた。
「……やったな、Yuu」

 佐々木泉は涙を浮かべ、携帯の画面を見つめながら笑い出した。
「もしや、これって……おばさんのときと同じ景色?」

 白河優──Yuuは、その声だけで、日本中の“夜”を一瞬にして塗り替えたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...