二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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第4章‑3:ファンの暴走

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第4章‑3:ファンの暴走

 ──あの90秒を体験した者たちは、一度も冷静を保てなかった。

 SNS上の「Yuu」タグが爆発した翌朝から、ファンたちの熱狂は日増しにエスカレートしていった。匿名掲示板では「Yuu正体探しスレ」が立ち上がり、深夜にもかかわらず延べ数千人が参加。前髪を理由に顔が隠された美少女説、声だけで泣かせるプロの実力者説、さらには“青春の亡霊”説など、ありとあらゆる仮説と検証が繰り返された。

 「Yuu=白河優」説を唱える証拠写真付きスレッドには、その写真を学校の課外活動中に撮影したという生徒の証言も投稿され、一気に拡散。学校名こそ伏せられていたものの、友人関係や校舎の特徴から同好の士たちが特定に乗り出し、次第に学校周辺は騒然とした空気に包まれていった。

 YouTubeのコメント欄には、勝手に「推しマーク」を設定したり、先走って二次創作のファンアートを大量にアップロードするアカウントが乱立。美少女化されたYuuのイラストや、声優・中性的ボイスドラマ化したオリジナル脚本が次々と公開された。いくつかの人気イラストレーターは「Yuuデザインコンテスト」を主催し、数百点にもおよぶ応募作が集まった。

 その熱気はオンラインにとどまらず、実際の街へも波及した。渋谷のスクランブル交差点では、夜遅くまでソーシャルメディアの画面を凝視しながら歩く若者たちが「Yuuの第一声は90秒後だぞ」「去年のあの歌姫に似てない?」と興奮気味に会話を交わし、交差点の巨大ビジョン前では「#今夜はYuu」のロゴを流すストリーミング再生映像を大型ディスプレイに写すデモンストレーションまで起こった。

 あるファンは朝早く駅前に立ち、「Yuu探しツアー」の看板を掲げてビラを配布し始めた。そこには「秘密のライブ会場はここかもしれない」「Yuuは今、どこで歌っている?」などの文言と、自作のTSUTAYA風の地図が描かれている。通行人は怪訝な顔で立ち止まり、スマホで地図を撮影したり、チラシを拾い上げてTwitterにアップしたりしている。

 さらに行動派のファングループは、有志で「Yuu聴いてみ隊」と名乗り、Cobalt Sound本社前に集結。深夜のビル前に数十人が整列し、「顔出し禁止」と書かれた手作りの横断幕を掲げて「声だけでいいから、ここで歌って!」と合唱するというパフォーマンスを決行した。その映像も即座にSNSに拡散され、テレビニュースのトピックとして取り上げられるほどだった。

 しかし、熱狂の裏には歪んだ一面もあった。匿名掲示板の一部では、特定の人物に対する中傷やストーキングじみた書き込みが増加。「Yuuをぶっ壊す」「声だけの歌姫なんてウソだ」など、誹謗が飛び交い、健全なファンコミュニティが分断される危機も起こった。Cobalt Soundは法律相談窓口を設置し、悪質な書き込みへの法的対応チームを編成するという異例の措置を取らざるを得なかった。

 学校側にも“ファン騒動”は押し寄せた。生徒間で「Yuuが実はあの子だ」という噂が飛び交い、教師や職員は放課後の校内巡回を強化。生徒指導室には「SNSで特定された」「ストーカー被害が怖い」と怯える声が寄せられ、保健室は出席停止希望者の相談で溢れかえった。一部の生徒は「学校名をメディアに流すな!」と抗議の声を上げ、保護者会でもPTA役員が「校外暴走を止める対策」の緊急議題を提出する事態となった。

 深夜のスタジオで合宿中だった当麻明と佐々木泉も、その影響を最前線で感じていた。スタジオの控室に戻ると、パソコンのディスプレイには過去最高のアクセス解析グラフが叩きつけられ、「今すぐサーバー増強」の指示が飛び交っている。さらに「SNSでYuuの居場所を特定した」という書き込みに、泉は顔色を変えた。

「や、やばい…これ、優ちゃんに知れたら…」
 泉の声に、明は慌ててスマホを取り上げ、状況を確認する。

「大丈夫だ。リハーサルスタジオの場所は秘密になってる。IP追跡もされてないはずだ」
 だが、その言葉は自分たちへの言い聞かせに過ぎなかった。究極の匿名性を武器にしつつも、ファンの暴走によって危険が及ぶ可能性は十分にあった。

 ──それでも、Yuuという歌姫を支えるためには止まることはできない。

 明は静かに桜の開花予想を示すカレンダーを指で押し、泉の肩に手を置いて言った。
「俺たちが守る。Yuuの声が正しく届くように、絶対に守るから」

 泉はうなずき、二人は決意を新たにした。
 破天荒すぎるファンの暴走の中でこそ、真摯に歌を届ける“プロジェクトチーム”の絆は深まっていったのだった。

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