二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

文字の大きさ
20 / 37

第5章‑4:新たな一歩──学校連れ戻し大作戦

しおりを挟む
第5章‑4:新たな一歩──学校連れ戻し大作戦

 翌朝、白河優の自室からは小鳥のさえずりだけが聞こえていた。昨夜の作戦会議で決めた「ステップ1:ヘアスタイル変更」を実行する日。優は目覚ましの音も聞かずに、ただパジャマのままベッドに座ったまま動けずにいた。長い前髪は布団にくっついたままで、まるで彼女自身を包み込む鎧のようだった。

 当麻明がそっと部屋のドアをノックし、入ってくる。
「優、起きて。今日は大事な日だよ」
 明の声はいつもより優しく、しかし決意が滲んでいた。佐々木泉も続いてドアを開け、手にスタイリング用のヘアピンとヘアスプレー、小さなハサミを持って立っていた。

「おはよう、優ちゃん。今日はね、ちょっとだけ前髪を切る練習をするんだよ」
 泉は膝まずくようにして優の目線まで寄り、「大丈夫、痛くないからね」と笑いかけた。

 優はマスクを外し、かぶっていたフードをそっと外すと、前髪越しの世界を見つめたまま小さくうなずく。やわらかな朝日がカーテン越しに差し込み、彼女の髪を淡く照らす。

 リビングへ移動し、三人は母・白河愛が用意した鏡の前に並んだ。愛は朝食の準備をしながらゆっくりと振り向き、「優、きれいよ。そのまま自分のペースでね」と声をかける。優は緊張しつつも、母の笑顔を見ると安心感を得た。

 スムーズに作業を進めるため、明がハサミとコームを優の前髪に当て、泉がハサミの使い方を説明する。
「まずは少しずつ、長さを切るよ。無理はしない。全体を見ながら、5ミリずつね」
 泉の指示に従い、優はコームで前髪をまとめ、二人が手際よく不要な毛束をカットしていく。その間、優は時折「痛くない?」と問いかけ、二人は微笑みながら「大丈夫だよ」と答える。切り取られた束は小さく、しかし確かな変化を示していた。

 仕上げに、前髪をリボンで軽く留め、束感を調整する。優の顔が初めてしっかりと見える幅が生まれ、三人は「かわいい!」とそろって歓声を上げた。優は恥ずかしそうに頬を染めつつも、鏡の中の自分をじっと見つめ、かすかに微笑んだ。

 登校時間。三人は自宅を出発し、駅前を経由して学校へ向かう。優の前髪はリボンで留められたまま、いつものように長く垂れているが、視界は完全に開通していた。初めは視線が落ち着かなかったが、明と泉がそっと肩を支え、安心感を与えてくれる。

 校門前に到着すると、既に数名の生徒が登校している。スマホをいじりながら話し込む姿、背伸びをしながら校門をくぐる姿──日常の光景だ。優は一瞬ためらったが、明の「行こう」という合図でゆっくりと一歩を踏み出し、泉が反対側から歩調を合わせる。

 すると、優の姿を見つけたクラスメイトがざわめき始めた。
「お、おはよう、白河さん……?」
「何か、髪変わった?」
 一瞬の緊張が三人を包むが、優は目線を落とさず、小さく「おはようございます」と返した。リボンの先端がゆらりと揺れ、周囲の視線を誘ったが、それでも優は歩き続ける。

 教室のドア前では、担任の先生がやさしく微笑んで待っていた。
「白河さん、待っていたよ。ゆっくりでいいから入室してね」
 先生のその一言は、優にとって何よりも大きな後押しとなった。

 椅子に腰かけると、教室中から小さな拍手が起こった。驚いたように目を見開きながらも、優は微かに頭を下げる。胸に広がる暖かさ、その拍手に込められた「おかえり」の意味を、彼女は全身で受け止めていた。

 授業が始まると、先生が黒板に問題を書きながら、「今日からテスト範囲の講義をしますが、質問があればいつでもどうぞ」と優に声をかける。優は前髪越しに先生を見つめ、小さく「はい」と答えた。

 放課後、教室を出るときに友人の一人がそっと声をかけた。
「前髪、ちょっとだけ見えたけど、かわいいね」
 優は驚きながらも、「ありがとう」と小声で返し、その言葉に背中を押された。

 帰り道、三人は無言で歩きながらも、心地よい疲労感に包まれていた。
「最初の一歩、成功だね」
 明が笑い、泉も「うん、よく頑張ったよ」と優を見つめた。優は前髪を触りながら、かすかに笑った。

 ──前髪の壁は、確かに壊れかけている。
 しかし、壊れた先にあったのは、“本当の私”としての小さな自信だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...