二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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第6章-4:継ぐ者としての決意

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第6章-4:継ぐ者としての決意

 夕食後の団らんもそこそこに、白河優は自室に戻った。
 机の上には、先ほど観た舞の未公開映像が入ったUSBメモリと、擦り切れたCDケース。
 そして、開きかけたノートのページには、少し前に書きかけたままの言葉があった。

 ――「私が歌いたい。私の名前で」

 その一文をじっと見つめながら、優は深く息を吐いた。

 

 “ラストナンバー”の映像。
 舞おばさんの最後のレコーディングの様子が、今も脳裏に焼きついている。

 歌い終えた後、誰にも悟らせまいと笑顔で振る舞い、そのまま力尽きるように倒れた姿。
 それはまさに、「最後まで歌に生きた人」だった。

 舞おばさんは、自分が“消えてしまう”ことを知っていて、それでも歌った。

 ――届けたかったんだ、きっと。
 ――その先に、誰かがいると信じて。

 

 「……それが、私だったなら」

 小さな声で、優は呟いた。

 母に「おばさんの曲よ」と教えられ、何度も聴いた。
 自分にそっくりな姿の女性が、画面の中で歌う姿に、いつしか憧れた。

 でもそれは、“ただの憧れ”ではなかった。
 知らず知らずのうちに、自分も同じように歌を届けたいと思うようになっていた。

 

 優は立ち上がり、部屋のクローゼットを開けた。
 奥のほうにしまってあった箱の中から、白くてやわらかな素材のワンピースを取り出す。

 それは、舞おばさんがインディーズ時代に着ていた衣装のレプリカ。
 母がこっそり保管していたものだった。

 そっと身体に当ててみる。

 「……ぴったり、かも」

 鏡の中の自分は、確かに舞に似ている。
 でも、舞ではない。そこにいるのは、“白河優”だった。

 

 そのとき、階段を上る母の足音が聞こえた。
 ノックの音とともに、愛の声がする。

 「優? お風呂先に入る?」

 「ううん、あとでいい。……ねえ、お母さん」

 「なあに?」

 「学園祭……ステージに出たいの。私の名前で。……“顔出し”して、“ラストナンバー”を歌う」

 

 愛は、しばらく沈黙した。

 けれど、やがてその扉の向こうで、穏やかに微笑む気配がした。

 「……そう。優がそうしたいなら、私は止めない。……いえ、応援する」

 

 優の目に、涙がにじむ。
 ずっと怖かった。誰かに見られるのが。
 誰かに知られることが。

 だけど今は、違った。

 「おばさんが、夢の途中で倒れたなら……私は、その続きをちゃんと歩きたい。
 “ラストナンバー”を、“終わりの歌”じゃなくて、“始まりの歌”にしたいの」

 

 その夜、優は自分のスマホを開き、明と泉にメッセージを送った。

> 優:学園祭、出ることにした。
優:ステージで歌う。“白河優”として。顔、出す。
優:……こわいけど、本気だから。



 

 数分後、明から返事が来た。

> 明:了解。お前なら、できる。



 続いて泉からも。

> 泉:リハ準備する! 演出もこっちで考えるね!
泉:ド派手にいこ、ね? 優ちゃんの“はじまり”だから。



 

 心の奥に、小さな火がともっていく。

 もう、“声だけ”の自分じゃない。
 もう、“おばさんの影”じゃない。

 私は、私の名前で、私の歌を歌う。

 

 その頃、Cobalt Soundの戸川も、優からの連絡を受け取っていた。
 彼のデスクには、舞の『ラストナンバー』の初回CDと、優が録音したスタジオ音源のメモリ。

 封筒に手を伸ばしながら、戸川はふっと笑った。

 「ようやく、ここまで来たか。……“Yuu”じゃない。今度は、“白河優”の番だな」

 

 翌朝、優は学園祭実行委員に提出する申請書を手に持ち、職員室の前で立ち止まっていた。
 緊張で膝が震える。けれど、逃げる理由はどこにもなかった。

 「“歌姫”なんかじゃない。私、ただ……歌いたいだけなんだ」

 小さく深呼吸し、ドアをノックする。

 その瞬間、静かに未来の扉が開いた。

 

 白河優の物語は、ここから“本当の第一章”を迎える。

 ――それは、かつての“ラストナンバー”を超えて、
 ――新たな“ファーストノート”を奏でる少女の、始まりの音だった。


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