二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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第7章-3:ラストナンバー〈優エディション〉

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第7章-3:ラストナンバー〈優エディション〉

 イントロが流れ出した瞬間、講堂全体の空気が変わった。

 ピアノの旋律が、静かに、深く、空間を包み込む。
 ほんのわずかな音の重なりが、聴く者の心にそっと触れるような、そんな優しさと緊張感があった。

 ステージの中央で、白河優はマイクスタンドの前に立っていた。
 スポットライトに照らされたその姿は、普段の“地味子”とはまるで別人だった。

 けれど――それは、仮面をつけた“別人”などではない。
 そこにいたのは、まぎれもなく、“白河優”自身だった。

 

 前髪はきちんと分けられ、白のワンピースがやさしく光を反射する。
 その姿は、かつての三葉舞にそっくりだった。
 だが、違う。声が出る、その一瞬で誰もが気づく。

 

 「――」

 言葉ではなく、音楽として最初の息を吸い、優は歌い始めた。

 

 ♪ あの日 小さな光を 抱きしめたまま歩いた

 ♪ 消えそうなほど やわらかくて それでも確かに灯ってた

 

 その声は、澄んでいた。

 けっして力強くはない。張り上げるようなものでもない。
 だけど、静かに、真っ直ぐに、胸の奥に染み込んでくる。
 一音一音に込められた想いが、聴く者の心を震わせていく。

 

 客席にいた誰もが、息を呑んでその歌を聴いていた。

 ステージに立っているのは、テレビで流れていた「Yuu」――顔を隠した歌姫ではない。
 SNSで騒がれていた匿名の存在でもない。
 この学園に通う、同じ空気を吸い、同じ教室で学んでいた、あの“白河優”だった。

 

 だが、彼女の声は、確かに“本物”だった。

 

 ♪ この声が 届くなら

 ♪ 名前も知らない 誰かの 未来(あす)を照らせるように

 

 ステージ袖で見守っていた泉は、手を口元に当てながら、涙をこらえていた。
 隣の明は、腕を組んで黙っていたが、その目は潤んでいた。

 「……やっぱ、すげぇな……」

 明が小さく呟いた声に、泉は頷く。

 「優ちゃん……ちゃんと、自分の声で、ちゃんと、ここまで来たんだ……」

 

 そして、歌はサビへと向かう。

 

 ♪ ラストナンバー――終わりじゃない

 ♪ 私の中で 今も続いてる

 ♪ 願いを越えて 傷を抱いて

 ♪ それでも私は 歌い続ける

 

 “ラストナンバー”。
 かつて舞が命の最後に遺した曲。
 だが、今この歌は、“始まり”の曲になっていた。

 白河優が、歌い直すことで、過去の終わりが新たな意味を持ちはじめていた。

 

 観客席にいた生徒たちは、ただ驚いていた。
 教室では見たこともなかったその姿。あの静かな少女が、これほどまでに真っ直ぐな歌を持っていたこと。
 彼らの中で、優に対する印象は完全に覆されていた。

 「……まじかよ、すげぇ……」
 「泣きそうになった……声が……」
 「顔出しでこれ歌うって……すごすぎるだろ……」

 ざわつく声は、やがて拍手のリズムに変わり、ステージを支えるように響いていく。

 

 そして、最後のフレーズ。

 

 ♪ だから もう一度だけ

 ♪ この場所から 始めよう

 

 音が静かに、優しくフェードアウトしていく。

 彼女の瞳は、まっすぐ前を向いていた。
 マイクをゆっくりと下ろし、深く、深く一礼する。

 

 拍手が、爆発した。

 講堂いっぱいに響く音の洪水。
 誰もが、彼女に、彼女の歌に、彼女の覚悟に、心からの敬意を表していた。

 

 優は、ステージ上で顔を上げる。
 汗が額を伝っていたが、それを拭うこともせず、まっすぐにその拍手を受け止めていた。

 

 「……ありがとう」

 マイクを通さず、小さく口の中で呟いたその言葉は、誰にも届かない。
 でも、それは彼女自身が、自分に向けて言った“はじめての感謝”だった。

 

 袖に戻った優を、泉がぎゅっと抱きしめた。

 「優ちゃん、優ちゃん……すっごく、よかった……!」

 「……うん……でも、まだ震えてる……」

 「当たり前でしょ。あんな大舞台、よく頑張ったよ……!」

 

 明も、少し離れた場所で、そっぽを向きながら呟く。

 「上出来。……お疲れさん」

 

 その夜、SNSは再び騒然となる。
 “白河優”の名前と、“Yuuの正体”が一斉に広まり、文化祭動画の投稿には「本物だ」「泣いた」「ありがとう」「あの声、生で聴いた人がうらやましい」と、コメントが殺到する。

 

 だが、白河優にとって、それは単なる“バズ”ではなかった。

 彼女は、もう“顔を隠した歌姫”ではない。
 “誰かの代わり”でも、“伝説の続き”でもない。

 

 彼女は、自分の意志で、自分の声で、自分の名前で歌い、届けた。
 その第一歩を、確かにこの日、ステージの上で刻んだのだった。


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