二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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番外編『ラストナンバー』

第2章:動画投稿と反響

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第2章:動画投稿と反響



 ――三日後の午前4時。
 東京の片隅、誰もいないワンルームの室内で、戸川浩一は一人、ノートパソコンの画面と睨み合っていた。

 

 再生ボタンを押すと、スピーカーから彼女の声が流れる。

 

 「♪――」

 

 それは、舞が命を削って歌い上げた“あの曲”。
 滑走路で風を受けながら、白いワンピースを翻し、空に向かって放った魂の旋律だった。

 

 映像も音も、すでに完成している。
 テロップも最低限。
 「演者:非公開」
 「タイトル:Untitled」
 「Produced by Koichi T」

 

 彼女の希望通り、本名は伏せた。プロフィールも、背景も語らない。
 ただ“歌”だけをアップする、それが彼女の望んだ“姿勢”だった。

 

 「……行こうか」

 

 戸川は、マウスをクリックした。

 

 【投稿】

 

 その瞬間、彼女の“声”が、世界に解き放たれた。

 



 

 再生数が100を超えたのは、投稿から4時間後だった。
 コメントがついたのは、その直後。

 

「すごい……誰、この人」
「最初の一声で泣いた」
「名前がわからないけど、本物だってことだけはわかる」
「表に出てこないのが逆に不気味。でも惹かれる」

 

 拡散が始まったのは、翌日。
 音楽マニアがX(旧Twitter)で紹介し、YouTuberがリアクション動画を上げた。

 

 「これ聴いてみて。多分無名だけど……多分、ヤバい」
 「鳥肌って言葉、軽く使いたくないけど……これは、本物」

 

 やがて、ある有名音楽ブログが“謎の新人”として取り上げた。

『正体不明の女性ボーカル、たった1本のMVでリスナーの心を抉る』
『透き通る声質、極限まで削がれた映像演出――これは、現代における“純粋音楽の再定義”だ』

 

 再生数は一気に10万を突破。
 戸川の元には、音楽関係者からの問い合わせが相次いだ。

 

 「この“Koichi T”って、誰なんですか?」
 「彼女に会いたい。次の曲はいつですか?」
 「これは実在の人物? それともAI……?」

 

 けれど、戸川はすべてに同じ言葉で返した。

 

 「名前は非公開です。歌だけがすべてですから」

 



 

 一方、その頃。
 舞は、病室のベッドに座っていた。

 

 医師の許可で持ち込まれたタブレットを膝に置き、無数のコメントを眺めていた。

 

 「……ねぇ先生。人って、知らない人の声だけで、こんなに泣いたりできるんだね」

 

 「そうですね。でも、声って一番“心”が出る場所ですから」

 

 舞は小さく笑った。
 その笑みは、充実感と、少しの寂しさが入り混じっていた。

 

 「なんだか、変な気分。
  本当はここで寝てるだけの女の子なのに、みんなが“存在してる”って信じてくれてる」

 

 「舞さんは、ちゃんと存在してますよ。声を通して、皆さんの心の中に」

 

 「……だったら、もう少しだけ、頑張ってみようかな」

 

 その言葉には、確かな光が宿っていた。

 



 

 それからさらに一週間後。

 

 myという名前はまだ存在していなかった。
 “ラストナンバー”も、まだ生まれていなかった。

 

 だが、その歌声は、
 何のプロモーションもなく、
 たった一本の映像だけで、
 全国の人々の耳と心を打ち抜いた。

 

 “この歌は誰が歌ってるのか?”
 “なぜ、こんなにも人の心に残るのか?”
 “どうして姿を見せないのか?”

 

 人々は知りたがった。
 けれど、誰も知らなかった。

 

 病院の一室で、命を削りながら、
 彼女はこうつぶやいていた。

 

 「たとえ、名前を知られなくても。
  私の声が、誰かを救えるのなら――それで、いい」

 

 myという歌姫は、まだ“生まれていなかった”。

 

 だが、彼女の歌は、すでに人の心に“存在”していたのだった。

 

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