二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

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番外編『ラストナンバー』

第3章:メジャースカウトと決断

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第3章:メジャースカウトと決断
  舞の動画投稿からおよそ二週間。
 再生数は50万回を超え、コメント欄は今も毎日更新されていた。
 「涙が止まらなかった」「この人、誰?」「声だけでこんなに心を揺さぶられるなんて初めてだ」

 メディアは注目し、ファンの考察も盛り上がっていたが――
 その一方で、舞は、病室の静かな光の中、何一つ変わらぬ生活を送っていた。

 

 そして、ついにその日が訪れる。

 

 「来ました。大手レコード会社から、正式なアプローチです」

 控え室で、戸川が手元の資料を舞に差し出す。
 封筒には有名レーベルのロゴが入っていた。

 

 舞は、少し驚いたように目を見開く。

 「わ、ほんとに来ちゃったんだ……!」

 「まあ、あれだけの反響があればな。むしろ遅いくらいだよ」

 

 舞は手のひらで資料を撫でるように触れた。
 そこにはこう記されていた。

 

『アーティスト様へ
あなたの歌声に感動しました。ぜひ一度、お話しの機会をいただければと思います』

 

 ただ――その宛名は、戸川ではなかった。
 **「出演者様へ」**とだけ、記されていた。

 

 「……なんだか、不思議な気分だね。私に向けられたオファーなのに、名前も書かれていない」

 「当然だ。向こうは“君”が誰か知らないんだからな」

 

 舞はしばらく黙っていたが、ふと笑顔を浮かべて言った。

 「じゃあ、行ってきて。私の代わりに」

 

 「え?」

 

 「戸川浩一として会ってきて。プロデューサーとして、話をして。
  そして、“そのプロデューサーであるなら”って条件で、オファーを受けたいって伝えて」

 

 舞の言葉には、どこか達観した優しさがあった。
 まるで、自分の未来が短いことを知っているかのように、他者の夢を優先するような微笑みだった。

 

 戸川は、その言葉をすぐには受け止められなかった。
 彼女の歌に支えられてきたのは、むしろ自分の方だ。
 今、自分が音楽を続けられているのは、彼女の声があるからだ。

 

 「……わかった。行ってくるよ。だけど、条件はひとつ」

 「うん?」

 「君と一緒じゃないと、その契約は意味がない。俺だけが成功しても、意味がないんだ」

 

 舞は、戸川の手を取った。

 

 「じゃあ、一緒に行こう。私もちゃんと、隣にいるよ」

 



 

 数日後――
 戸川は、都内のレコード会社オフィスへ向かった。

 応対したのは、重役らしき初老の男ではなく、スーツ姿の若きエグゼクティブディレクター。
 名刺には「安藤 真裕(あんどう まさひろ)」とあった。

 

 安藤は無駄のない口調で、事務的に切り出す。

 「お噂はかねがね。今回の投稿動画、大変感銘を受けました。あのような表現力を持つ若手は、非常に貴重です」

 

 戸川は深く頭を下げる。

 「ありがとうございます。彼女の歌が、誰かの心に届いたなら、それが一番の報酬です」

 

 「本日は、できればご本人にもお会いできればと思っていたのですが……」

 

 その言葉に、戸川は表情を曇らせる。
 だが、舞の意志に従って、事前に打ち合わせた通りの台詞を口にした。

 

 「申し訳ありません。彼女は、姿を出さないという前提で活動を望んでおります。
 ライブ・テレビ・イベント出演もなし。音源とMVのみで表現する。
 もし、そうした形での契約が難しいのであれば、今回はご縁がなかったということで――」

 

 言い終える前に、安藤は手を挙げて制した。

 

 「――いえ、我々は、可能性に投資する会社です。
 ルールを破る者が新しいものを創ると、私は信じています。
 ご本人に会えるのであれば、一度、直接お話を」

 

 戸川は、一拍置いてから頷いた。

 

 「……承知しました。ただし、彼女にとって無理のない形でお願いします。
 彼女は――少し、体が弱いんです」

 

 安藤はその言葉に、何かを悟ったように小さく目を細めた。

 

 「なるほど。では、場所や日時はお任せします。私の方からは、余計な詮索はいたしません。
 ただ――一つだけ。あの声は、嘘ではないと確認したい。
 本物であるかどうか、それだけを知りたいのです」

 



 

 帰り道。
 戸川は舞にすべてを報告した。

 

 「俺じゃなくて、やっぱり君の歌そのものを聴きたいって。音源だけじゃなく、生の声で」

 

 舞は、少しだけ口を閉じ、しばらく考えていた。
 そして、おもむろに言った。

 

 「……じゃあ、会ってもらおう。私の声で、私が歌ってるってこと、ちゃんと伝えたい」

 

 その目に宿る光は、恐れではなく――覚悟だった。

 
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