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番外編『ラストナンバー』
第5章:タイトルの誕生
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第5章:タイトルの誕生
契約が正式に決まったその翌日。
舞の病室は、少しだけ慌ただしくなっていた。
戸川は朝から訪れ、パソコンを開いて新曲のスケジュールや予算、演出プランなどを確認していた。
舞はベッドに横たわったまま、譜面とノートを手に、自分の世界に入り込んでいた。
「ねえ浩一。タイトルなんだけど、やっぱりこれでいこうと思うの」
舞が、ふと顔を上げてそう言った。
「ラストナンバー」
戸川は手を止めて、ゆっくりと彼女の方を見た。
「……やっぱり、その名前にするんだな」
「うん。最初は、もっと希望のある言葉を考えてたの。たとえば“New Day”とか、“First Song”とか。
でも、今の私が歌うなら、やっぱりこれしかないと思ったの」
彼女は、病室の窓の外、青く澄んだ空を見上げながら、静かに続けた。
「“ラストナンバー”って、終わりの歌って意味に聞こえるでしょ?
でもね、それが“誰かの最初の一歩”になればいいなって思ったの。
私の歌が、誰かの涙をぬぐって、背中を押せたら、それはただの終わりじゃない」
戸川はゆっくりと頷いた。
「……その気持ち、ちゃんと歌詞にも込めていこう。
世界の誰が聴いても、“別れ”と“始まり”が重なるような。そんなメロディを一緒に作ろう」
「ありがとう、浩一」
舞は、小さく笑って頷いた。
*
制作は、舞の病状を考慮しながら進められた。
レコーディングは1日30分だけ。
それ以上は、彼女の体に負担が大きすぎた。
それでも舞は、1フレーズごとに魂を込めた。
「もう一回だけ、サビの入りを録り直したい。感情が足りない気がするの」
「いや、十分だって――」
「だめ。絶対に伝えたいの。
この瞬間の私を、ちゃんと音に残しておきたいの」
彼女のその“わがまま”を、誰も止めることができなかった。
スタッフたちは次第に理解していった。
これはただの新人アーティストのデビューではない。
一人の少女の命が燃えている現場なのだと。
収録最終日。
病室に併設された簡易ブースで、舞は最後のロングトーンを歌いきった。
「♪――ラストナンバー……」
その歌い終わりの瞬間、ブースの外でモニターを見ていた戸川は、静かに涙を流していた。
(もう……これで、本当に……)
彼は分かっていた。
この収録が、舞にとって“歌としての生涯の終わり”になることを。
舞がブースから出てくると、周囲のスタッフが自然と拍手を送った。
誰も言葉はなかった。
ただ、その場にいた全員が“音楽”の真実を見たような気がしていた。
*
「CMは、民放全局同時放送でやりたいって、安藤さんが言ってたよ」
「わ、また派手なことを……」
「君が表に出られない分、音と映像だけで最大限のインパクトを与えたいって。
その代わり、放送はたった一回。19時55分、すべてのテレビ局で同時に“ラストナンバー”を流すんだってさ」
「一回だけ、か。……でも、それがいいのかも」
舞はそう言って、ノートを開いた。
そこには、自分の直筆で書かれた歌詞が並んでいた。
「この歌、私の全部なんだよ。
今まで生きてきた中で、感じたこと、言えなかったこと、願ったこと――
それを全部詰め込んだ。
この一曲で、私の人生ぜんぶ、言い切ったつもり」
「……それじゃあ、このタイトルに相応しいな」
「うん。**私の“ラストナンバー”**だから」
舞は、静かにペンを置いた。
小さく深呼吸し、窓の外に目をやる。
桜が、少しだけ咲き始めていた。
「最後に、春が見られてよかったなぁ」
その一言に、戸川は何も言えなかった。
“ラストナンバー”という言葉が、あまりにも重く響いたからだ。
でも、彼は知っていた。
この歌は、舞の“終わり”ではない。
それは、これから“my”という存在が生まれ、誰かの希望になる始まりでもあるのだと。
「必ず、届けるよ。君の“ラストナンバー”。世界中の心に」
戸川のその言葉に、舞は微笑んでうなずいた。
「うん。お願いね、浩一」
それはまるで、
静かな別れの挨拶のようだった――
(第6章へつづく)
契約が正式に決まったその翌日。
舞の病室は、少しだけ慌ただしくなっていた。
戸川は朝から訪れ、パソコンを開いて新曲のスケジュールや予算、演出プランなどを確認していた。
舞はベッドに横たわったまま、譜面とノートを手に、自分の世界に入り込んでいた。
「ねえ浩一。タイトルなんだけど、やっぱりこれでいこうと思うの」
舞が、ふと顔を上げてそう言った。
「ラストナンバー」
戸川は手を止めて、ゆっくりと彼女の方を見た。
「……やっぱり、その名前にするんだな」
「うん。最初は、もっと希望のある言葉を考えてたの。たとえば“New Day”とか、“First Song”とか。
でも、今の私が歌うなら、やっぱりこれしかないと思ったの」
彼女は、病室の窓の外、青く澄んだ空を見上げながら、静かに続けた。
「“ラストナンバー”って、終わりの歌って意味に聞こえるでしょ?
でもね、それが“誰かの最初の一歩”になればいいなって思ったの。
私の歌が、誰かの涙をぬぐって、背中を押せたら、それはただの終わりじゃない」
戸川はゆっくりと頷いた。
「……その気持ち、ちゃんと歌詞にも込めていこう。
世界の誰が聴いても、“別れ”と“始まり”が重なるような。そんなメロディを一緒に作ろう」
「ありがとう、浩一」
舞は、小さく笑って頷いた。
*
制作は、舞の病状を考慮しながら進められた。
レコーディングは1日30分だけ。
それ以上は、彼女の体に負担が大きすぎた。
それでも舞は、1フレーズごとに魂を込めた。
「もう一回だけ、サビの入りを録り直したい。感情が足りない気がするの」
「いや、十分だって――」
「だめ。絶対に伝えたいの。
この瞬間の私を、ちゃんと音に残しておきたいの」
彼女のその“わがまま”を、誰も止めることができなかった。
スタッフたちは次第に理解していった。
これはただの新人アーティストのデビューではない。
一人の少女の命が燃えている現場なのだと。
収録最終日。
病室に併設された簡易ブースで、舞は最後のロングトーンを歌いきった。
「♪――ラストナンバー……」
その歌い終わりの瞬間、ブースの外でモニターを見ていた戸川は、静かに涙を流していた。
(もう……これで、本当に……)
彼は分かっていた。
この収録が、舞にとって“歌としての生涯の終わり”になることを。
舞がブースから出てくると、周囲のスタッフが自然と拍手を送った。
誰も言葉はなかった。
ただ、その場にいた全員が“音楽”の真実を見たような気がしていた。
*
「CMは、民放全局同時放送でやりたいって、安藤さんが言ってたよ」
「わ、また派手なことを……」
「君が表に出られない分、音と映像だけで最大限のインパクトを与えたいって。
その代わり、放送はたった一回。19時55分、すべてのテレビ局で同時に“ラストナンバー”を流すんだってさ」
「一回だけ、か。……でも、それがいいのかも」
舞はそう言って、ノートを開いた。
そこには、自分の直筆で書かれた歌詞が並んでいた。
「この歌、私の全部なんだよ。
今まで生きてきた中で、感じたこと、言えなかったこと、願ったこと――
それを全部詰め込んだ。
この一曲で、私の人生ぜんぶ、言い切ったつもり」
「……それじゃあ、このタイトルに相応しいな」
「うん。**私の“ラストナンバー”**だから」
舞は、静かにペンを置いた。
小さく深呼吸し、窓の外に目をやる。
桜が、少しだけ咲き始めていた。
「最後に、春が見られてよかったなぁ」
その一言に、戸川は何も言えなかった。
“ラストナンバー”という言葉が、あまりにも重く響いたからだ。
でも、彼は知っていた。
この歌は、舞の“終わり”ではない。
それは、これから“my”という存在が生まれ、誰かの希望になる始まりでもあるのだと。
「必ず、届けるよ。君の“ラストナンバー”。世界中の心に」
戸川のその言葉に、舞は微笑んでうなずいた。
「うん。お願いね、浩一」
それはまるで、
静かな別れの挨拶のようだった――
(第6章へつづく)
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