二世代の伝説の歌姫 〜ラストナンバーは終わらない〜

ふわふわ

文字の大きさ
34 / 37
番外編『ラストナンバー』

第5章:タイトルの誕生

しおりを挟む
第5章:タイトルの誕生

 契約が正式に決まったその翌日。
 舞の病室は、少しだけ慌ただしくなっていた。

 戸川は朝から訪れ、パソコンを開いて新曲のスケジュールや予算、演出プランなどを確認していた。
 舞はベッドに横たわったまま、譜面とノートを手に、自分の世界に入り込んでいた。

 

 「ねえ浩一。タイトルなんだけど、やっぱりこれでいこうと思うの」

 

 舞が、ふと顔を上げてそう言った。

 

 「ラストナンバー」

 

 戸川は手を止めて、ゆっくりと彼女の方を見た。

 

 「……やっぱり、その名前にするんだな」

 

 「うん。最初は、もっと希望のある言葉を考えてたの。たとえば“New Day”とか、“First Song”とか。
 でも、今の私が歌うなら、やっぱりこれしかないと思ったの」

 

 彼女は、病室の窓の外、青く澄んだ空を見上げながら、静かに続けた。

 

 「“ラストナンバー”って、終わりの歌って意味に聞こえるでしょ?
 でもね、それが“誰かの最初の一歩”になればいいなって思ったの。
 私の歌が、誰かの涙をぬぐって、背中を押せたら、それはただの終わりじゃない」

 

 戸川はゆっくりと頷いた。

 

 「……その気持ち、ちゃんと歌詞にも込めていこう。
 世界の誰が聴いても、“別れ”と“始まり”が重なるような。そんなメロディを一緒に作ろう」

 

 「ありがとう、浩一」

 

 舞は、小さく笑って頷いた。

 



 

 制作は、舞の病状を考慮しながら進められた。
 レコーディングは1日30分だけ。
 それ以上は、彼女の体に負担が大きすぎた。

 

 それでも舞は、1フレーズごとに魂を込めた。

 

 「もう一回だけ、サビの入りを録り直したい。感情が足りない気がするの」

 

 「いや、十分だって――」

 

 「だめ。絶対に伝えたいの。
 この瞬間の私を、ちゃんと音に残しておきたいの」

 

 彼女のその“わがまま”を、誰も止めることができなかった。
 スタッフたちは次第に理解していった。
 これはただの新人アーティストのデビューではない。
 一人の少女の命が燃えている現場なのだと。

 

 収録最終日。
 病室に併設された簡易ブースで、舞は最後のロングトーンを歌いきった。

 

 「♪――ラストナンバー……」

 

 その歌い終わりの瞬間、ブースの外でモニターを見ていた戸川は、静かに涙を流していた。

 

 (もう……これで、本当に……)

 

 彼は分かっていた。
 この収録が、舞にとって“歌としての生涯の終わり”になることを。

 

 舞がブースから出てくると、周囲のスタッフが自然と拍手を送った。
 誰も言葉はなかった。
 ただ、その場にいた全員が“音楽”の真実を見たような気がしていた。

 



 

 「CMは、民放全局同時放送でやりたいって、安藤さんが言ってたよ」

 「わ、また派手なことを……」

 

 「君が表に出られない分、音と映像だけで最大限のインパクトを与えたいって。
 その代わり、放送はたった一回。19時55分、すべてのテレビ局で同時に“ラストナンバー”を流すんだってさ」

 

 「一回だけ、か。……でも、それがいいのかも」

 

 舞はそう言って、ノートを開いた。
 そこには、自分の直筆で書かれた歌詞が並んでいた。

 

 「この歌、私の全部なんだよ。
 今まで生きてきた中で、感じたこと、言えなかったこと、願ったこと――
 それを全部詰め込んだ。
 この一曲で、私の人生ぜんぶ、言い切ったつもり」

 

 「……それじゃあ、このタイトルに相応しいな」

 「うん。**私の“ラストナンバー”**だから」

 

 舞は、静かにペンを置いた。
 小さく深呼吸し、窓の外に目をやる。

 

 桜が、少しだけ咲き始めていた。

 

 「最後に、春が見られてよかったなぁ」

 

 その一言に、戸川は何も言えなかった。

 

 “ラストナンバー”という言葉が、あまりにも重く響いたからだ。

 

 でも、彼は知っていた。
 この歌は、舞の“終わり”ではない。
 それは、これから“my”という存在が生まれ、誰かの希望になる始まりでもあるのだと。

 

 「必ず、届けるよ。君の“ラストナンバー”。世界中の心に」

 

 戸川のその言葉に、舞は微笑んでうなずいた。

 

 「うん。お願いね、浩一」

 

 それはまるで、
 静かな別れの挨拶のようだった――

 

(第6章へつづく)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...